あかねの話 1

 完全に相棒を失ってから約一週間。寂しくはなかった。それは強がりなんかではなく。

 あかねは自身のことを私に話した。毎日、毎日。

「私は柘柚さんのこと知ってるけれど、柘柚さんは私のことまだあまり知らないでしょう?そんなのは嫌、です」

 そう言って、好きな物事や生前のいろいろ、幽霊になった感想などを話した。

 そして、死に至るまでの過程も。


 ディスレクシアという症状を抱え、学校の課題一つ終わらせるのにも苦労した彼女。母親に教科書を読んでもらったりと、家族の協力も不可欠だった。

 あるとき父親が病に倒れ、生活は困窮する。母親は仕事に忙しくなり、あかねの手助けができなくなってしまった。

 困難な勉強に追われるあかね。理解のない学校。心ない生徒たち。人生という長い道。

 自分には理解の難しい線の塊を、周りは難なく読みそして書いた。自分だけが読めない。自分だけが書けない。それは、彼女に、とてつもない劣等感となって押し寄せた。

 どこへも行けない。何もできない。何もしたくない。外を出て歩くとき、すれ違う人全員があかねを蔑んでいるように彼女は感じていた。人間全員が、恐怖の対象に変化した。

 学校に行けなくなり、外も歩けなくなった。彼女は鬱病を発症していた。

 部屋の隅でただ座っているだけの日が続いた。何をする気も起きず、何もすることがなかった。

 母親はそんな彼女に気付きながらも、何もできなかった。何をしてあげたらいいのかわからなかった。ただひたすらに働き、生活費を稼いだ。

 ふとあかねは、このまま生き続けたらどうなるのかと考えた。中学二年生だった彼女はこの時点で既に高校には行かないと決めていた。否、行けないだろうとわかっていた。

 どこか、私を雇ってくれるところがあるだろうか。すぐに思い付くのは水っぽい商売だけだった。そんなところにいくなら死んだ方が良いと本気で思った。

 十年とそこらしか生きていない少女には、残りの人生は果てしなく長く続く地獄のように見えて恐ろしかった。

 中学三年生になって、あかねは一度も教室に足を踏み入れなかった。一度だけ校舎内に入ったが、相談室で意味のない三者面談を行っただけだった。

 彼女はいよいよ人生に絶望していた。周りの大人は彼女を助けるようなことをしてはくれなかった。

いつでも何でも相談してね、と口だけで、上辺うわべだけで言った。

 「良い人」や「優しい人」を演じる醜悪な人間のどの言葉も、彼女は決して信じなかった。彼女の前に現れる誰もが、信用に値しなかった。

 あかねは思い立って東京に出た。何か変わるかもしれないと思っていた。かすかではあったが、希望らしきものを胸に抱いて。

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