ヒャクリ亭

ヒアカとクレイの案内で<番屋>の近くまで行くと、さっきの剽賊ひょうぞくの男達が縄に繋がれて番屋の前に並ばされているのが見えた。その男達を、今度は黒い羽織を着た男達が取り囲んでいる。


「あれは、検非違使か……?」


別に問い掛けるつもりもなく何となく口にしてしまったのを、


「おう、そんな古い言葉、よく知ってるな。まあ、要するに昔の検非違使みたいなもんだが、今は<番衆ばんしゅう>って呼ばれてる。


俺達<自身番>は基本的に町人だが、番衆は<役人>だ。ああやって不埒者を捕らえると番衆に引き渡して、奉行が裁くってことだな」


ヒアカが丁寧に説明してくれるものの、正直、僕にはどうでもいい話だった。


剽賊ひょうぞくの男達は、ヒアカが番屋に近付いてきたのに気付くと恨めしそうに睨み付けたけど、さすがに縄で縛られた上に検非違使…じゃなかった番衆らに取り囲まれていては何もできなかったけどね。


そして、ヒアカとクレイは、二言三言、番衆と何か言葉を交わして小さく頭を下げて番屋に入っていった。すると番衆も剽賊ひょうぞくの男達を繋いだ縄を強引に引っ張り、馬に繋いだ荷車に乗せて、立ち去っていく。二人が番屋から出てきた時にはもう見えなくなっていた。


あの剽賊ひょうぞくの男達がこれからどうなるか僕は知らないし興味もない。人間のことは人間で後始末してくれればいい。


ただ……


『なんでわざわざ自分から不幸になろうとするんだろうな……』


とは思ったけどね……




「悪い、待たせたな」


「じゃあ、行きましょうか」


番屋から出てきたヒアカとクレイは、それぞれ、身軽で動きやすそうな身なりになっていた。これが普段の格好ということか。


あの<さすまた>も持ってない。あれは自身番としての道具だろうから、当然だろうけどね。


「ああ」


僕は短く応えて、二人の後に続く。


しばらく歩くと、二人が振り向いて、


「ここだ」


「ようこそ、私達の宿屋、<ヒャクリ亭>へ」


と僕を案内する。


それは、他の建物よりは少し大きいけれど、でもそんなに『立派な』とは言い難い、年季を感じさせる石造りの建物だった。入り口に掲げられた看板には、<ヒャクリ亭>と書かれてる。でも、看板そのものは建物に比べると新しい。割と最近、架け替えられたものかもしれない。


と、


「おかえり! おとう! おかあ!」


扉が開いて、中から子供が飛び出してきた。黒髪を頭の上で団子みたいにまとめた、五歳くらいの元気そうな女の子だった。


するとヒアカがその女の子を抱き上げて、


「ただいま、ヒャク! いい子にしてたか?」


相貌を崩して満面の笑顔でヒアカが言う。それを受けて女の子も、


「うん! お客さんの相手もできたよ! えらい?」


大輪の花のような華やかな笑顔を見せる。


「ああ、偉いな! ヒャクは本当に偉い子だ!!」


剽賊ひょうぞくの男達を打ちのめした時の険しさなど欠片もないとろけきった表情で返すヒアカと女の子を、クレイが嬉しそうに見詰めていたのだった。


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