第二章 翼
第7話 I'll turn it the way I want
かくして二セット目が始まるわけだが、その前に一度、両チームのラインナップを確認しておこう。まずアウェイの冷勢。メンバーは変更なしで4-2-3-1 (DF4枚、守備的MF2枚、攻撃的MF3枚、FW1枚)。後ろに引いて守ってからのカウンターが十八番だ。迎えるホーム弓川Bはメンバー、フォーメーションともに一新し、ミラーゲームを仕掛ける。2CBには勿論、菅木と司馬が。左サイド前線には葉霧も名を連ねている。
「ピッ!」
ボールがセンターサークルにセットされる。弓川のトップとトップ下の2枚がボールの両脇に並ぶ。二人の正面には、闘志剥き出しの戦士たちが待ち構える。
「ピーーーーーーッ!!」
笛の音で一気にボールを下げる。ボールはボランチ (守備的MF)を経由し、左CB司馬の足元へ。それでも、冷勢は決して前からプレスをかけようとはせず、テリトリーへの侵入を待ちわびていた。一方、ノンプレッシャーでボールを収めた司馬は、大胆にも右斜め前に大きく蹴り出す。本来なら絶対に奪いにいきたい場面ではあるが、敵校は動かない、いや、動けないのだ。それをいいことに司馬はゆっくりとした助走から素早く踏み込み、右足で低弾道のフィードを縦に送り込む。ギューンと伸びるボールはダブルボランチの間をぬけ、一気に敵陣ペナルティエリアへ。
トトッ。
右CBが身体の前に跳ぶ足を揃える。しかし、直後。ボールは自身から逃げるような軌道を描き、急降下する。その僅か先には葉霧の姿が。
「ラ、ラッキー。」
左サイドアタッカーの足元に到達するまでのコンマ数秒。軸足をねじ曲げて力を横に。
「ふんっ!」
届いた。ボールはサイド前にかき出される。捨て身のスーパープレーに歓声が沸く。
「オーケィ。ナイスガッツだ!戦うよ!」
ここで、矢守の一喝。黙り込む戸辺。LSB (レフトサイドバック) がボールをもつ。スローイン。葉霧が正面から裏にぬけ出す。しかし、前方で呆気なくボールは弾き返される。弓川Bの選手は、守備に切り替わったことを瞬時に悟り、出し手のLSB以外は下がろうとする。その瞬間。
「違う!囲め!
後方から司馬が叫ぶ。震えるほど。弓川Bのベクトルが変わった。直後に、ルーズボールを拾ってしまった冷勢RSB (ライトサイドバック)も色を失う。
「繋ぐよー。」
しかし、先が見当たらない。それでも、終わりは無情にやってくる。沼にはまった。ボールがエンドラインを割る。冷勢GKは吠える。ベンチは激昂する。地に足がつかなくなっていく。コーナーキックだ。
「ピッ!」
内巻きの中弾道。菅木の待ち構えるファーサイド目がけて。しかし、高さ・コースともに十分ではなかった。冷勢GKに干渉を受けてしまう。変化したボールは、ターゲットマンの背後をすりぬけ、サイドラインを割った。スローイン。RSBがボールをもつ。手前の3枚は張り付かれてしまった。その瞬間、右CBの裏をついて4枚目が同サイドペナルティエリア奥へ回りこむ。葉霧だ。ボールを受け取る。そのまま身体を旋回させ、遅れてきた右CBと一対一。しどろもどろになっては止められるはずもなく、いとも簡単に葉霧の切り返しが成功した。さらに連続して左足からシュート。枠内ファー方向へグラウンダー性のボールがとんだ。しかし、これにも手が伸びる。なんとか決定期は防いだものの、冷勢にとって急場は続いた。ペナルティエリアにボールは残っている。押し込みを狙う敵陣。かきだしたい自陣。自陣が勝った。ボールは空を飛び、一気に敵陣へ。
「えっ。」
戻りかけの菅木に飛来する。しかし、攻撃は空からだけではない。相手FWも迫ってきている。菅木は最終ラインの選手だ。突破されるわけにはいかない。脅迫観念から思考が停止する直前、
「おい馬鹿!とべ!」
誰かの怒鳴り声が耳に届いた。我に帰る。しかし、双方とも、もう目前にあり、時間などない。咄嗟に言われるがままに全力でとんだ。
"いける。はじき返せる。"
しかし、そう甘くはなかった。ボールは菅木の頭を僅かにすりぬけてしまう。被った。もう後にはGKしかいない。絶望のふちにたたされた、その時
「ナイス被り!」
菅木の背後から高笑い。司馬が立っていた。その足元には、きっちりボールも収められている。
「おい!菅木。何してる!繋ぐんだ!左にはけろ!」
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