第11話

 山を当てた。確率から言って、当たらないほうがおかしかった。僕の言う山は相当小さな山だ。一気に大金持ちになって都市部に引っ越そうとか、セレブの仲間入りをしようという話ではない。三百万ドル円を目指して稼げばいい。簡単な事ではないけれど、やれる自信はある。パーツ化した両腕と、心臓の機能を僕は過小評価していた。それらは予想以上に仕事を効率化してくれた。

 汚染が高い区域を重点的に回って、放置されていたコンテナを次々に開けた。汚染が酷いだけあって、持ち出す事が不可能なものもたくさんあった。持ち出されないように、敢えて汚染を施していると思われる物さえある。

 例えば最新式の人工心臓。有機的なタイプ。機械のパーツがほとんど含まれていない。次世代の技術として、多くの企業が開発にやっきになっているけど、なかなか実用化されない。自分の細胞を培養しない限り、ナマの臓器移植には困難が伴う。それは大昔から変わらない。誰にでも使えるナマの臓器は、未だ夢の技術だ。

 実験の失敗作が大量に捨てられていた。焼却処分するよりも、捨てた方がコストがかからない。臓器は完全に殺されていた。グチャグチャにミンチにして捨てられている。腐敗を促進させる物質が大量に注入されており、それがかなりタチの悪い汚染物質だ。生身では触れない。その肉が元は心臓だったと分かったのは、僕の経験によるところが大きい。メーカーも想像は出来る。専門家ならもっと特定できるだろう。今時モラルの高いメーカーを探すほうが難しい。

 ナマのパーツなんて金になるはずがない。僕が目をつけたのはいつも通り機械のパーツだ。コンテナから今度は足のパーツが出てきた。ミギウデの次は足。笑ってしまう。

 医療エリアにはパーツの残骸が多い。拘らずに集めれば、人形が何体も出来上がりそうだ。脳をすげ替えれば、極端な話それが人間になる。組織関係でそういう商売もあるらしい。人形屋。ジャンクパーツのセット販売。かなりリスキーでオススメ出来ない。スラムの貧しい人には割と需要がある。体を賭けた博打だ。運が良ければロボットになれる。それで金も稼げる。だが、下手をすればエラーパーツを掴まされて、人が人形になってしまう。ゾッとする話だ。

 僕が見つけた足のパーツ。数は少ないけど一個のサイズが大きい。僻地作業用の四脚タイプだ。これをつけると完全に人に見えなくなる。足を折りたたんで二脚のように見せる事もできるけど、不恰好だしバランスも悪くなる。むしろ肉体労働の勲章のようにして、四脚で街を闊歩しているオジサンとかを、スラムで時々見かける。割とかっこいいと僕は思う。周りの人には物凄く邪魔だ。生活の自由度も低くなる。単価は高いけれど、こいつは売り方が難しい。

「四脚か……。国外に出すにしても、輸送コストがかかるな。でもよ、医療エリアに捨てられてたってことは、何か問題があるんだろ? 使い物になるのか」

 例によって僕は、カクマルさんに相談をしている。

「精密検査はこれからやるんですけど。重大な汚染は無いみたいです。ただ、関節が全部逆にハマってました。笑いましたけどね。一旦ハメると簡単には外せない機構で、メーカーが廃棄処分にしたみたいです」

「関節が逆? どこのメーカーだ、そんな馬鹿な事やったのは」

 カクマルさんが大笑いした。

「一応一流メーカーなんですよ。高級ブランドと安売りブランドの二面展開をしてます。今回の四脚はもちろん安売りの方ですが。スラムにも仕事が回って来てますよね。低賃金で大量生産。パーツに詳しくない町工場とかでも扱うから、不良品もたくさんできるみたいです。不良品は修理するより捨てるほうが安上がり。そういう事みたいです」

 僕は説明した。

「それを修理するのか。お前さんが」

 カクマルさんがニヤニヤ笑って言った。

「はい。ついでにチューンナップして性能を上げるつもりです。傷物ですけど、基本性能は悪く無いですから。そこら辺を受け止めてくれるスジに売ってみたいです。プレゼンの自信はあります」

「いいだろう。モノが上がったらもう一度俺に声を掛けてみな。少し探してみるよ。なに、肉体労働とか工事関係のコネは腐るほどあるからな。たぶんハケるよ。安心しな」

 カクマルさんが真面目な顔で言った。さすが。頼りになる。僕はいつものように紹介料を多めに払う。カクマルさんが任せとけ、と言って僕の背中をバシッと叩いた。


 医療エリアから四脚を、少しづつ家に運んで行く。一台ずつ丁寧に分解、修理をする。パーツの調整はとても細かい作業だけれど、僕は楽しんで出来る。ほとんど趣味の領域だ。ただし、あまりマニアックにやり過ぎるとどれだけ時間があっても足りない。どこまでヤルか。これをいくらで売るのか。よく考えながら作業をしなければならない。

 四脚のパーツは二脚と比べて機構が複雑だ。制御プログラムを解析するのに時間がかかる。そこで僕は、マリコさんに協力してもらうことにした。で、コンピューターに触ってもらったら仕事が恐ろしく速い。基本的に頭がいい人だとは思っていたけれど、これほどまでとは思わなかった。

「まるでパーツの専門家じゃないですか。どうして? と聞かざるを得ないんですけど」

 僕は唖然とした。もっと早くマリコさんに仕事を手伝ってもらうんだった。

「前にも言ったでしょう? 偏っているけど、医療の勉強をしていたって。パーツの知識は、サイゾウの素晴らしいデータベースのおかげよ。アレすごいわね。マニアックで面白いし。後は応用」

 マリコさんが作業を続けながら言った。手の動きが尋常じゃない。生身の手なのに。

「都市部の人はやっぱりスゴイですね。ちゃんと教育を受けた人は違うなあ。圧倒されてます」

 僕は言った。マリコさんの手がピタっと止まる。

「あのね。私は都市部でもかなり優秀な人材よ? 自慢だけど。学校の成績で言えば上位五パーセントぐらい。だから、サイゾウが自信を無くす必要は全くありません。私から見てもサイゾウはかなり優秀よ。お世辞抜きで」

 偉そうな感じでマリコさんが言う。

「僕が優秀? そうは思えないなあ。スラムの学校でも成績は良くなかったし。経済的な事もありますけど、結局高校も卒業出来なかった」

「そうね。頭の良さは並ねサイゾウ。そこがまた可愛いところ」

 マリコさんが笑って言った。僕はガクッとなって足元を見つめる。

「私の知識も偏ってるけど、サイゾウはさらに偏り具合が酷い。ゴミを拾ってパーツを調整して。その狭いジャンルで恐ろしく洗練されてる。研究ではなくて、商売ベースなのが強いわよ。まさにスラムの星」

 マリコさんが褒めてくれた。僕の劣等感を払拭しようとしてくれているのだろう。その試みは大成功だ。僕は急激に元気を取り戻す。

「偏っている二人で、想像以上に稼げそうですね」

 乗せられた僕は気分よく言った。

「そうよ稼ぐわよ、荒稼ぎ」

 マリコさんが僕にウィンクした。そしてモニターに目を移して仕事を再開する。画面の動きが早い。どうやって見ているのだろう。眼球も生身でしかも近眼だ。メガネが超似合っている。可愛い。僕も頑張らないと。フワフワした足取りで僕はガレージに向かう。でっかい四脚を目の前にして、マニアックな情熱の炎が燃える。今僕が出来る、最高のモノに仕上げてみせましょう。


 パーツの修理をした後、制御プログラムを作成して組み込む。余った時間でさらに細かい調整をする。調整でどれだけ追い込めるか、そこがポイントだと思っていた。

 ところが、マリコさんが制御プログラムをあっという間に解析してしまった。そして新制御プログラム「マリコ一号」完成。予定が大幅に繰り上がる。

 時間が余ったからと言って、スケジュールを緩める必要は無い。頑張った分だけお客さんに喜んでいただける。小さな努力が次の商売につながる。それが僕の貧乏哲学なのです。その貧しい哲学を、マリコさんに説明する必要は全くなかった。

 五十脚全部を修理し終えて、「マリコ一号」のプログラムを組み込んだ。個別に僕は調整を加えていく。その段階で、なんとマリコさんがプログラムのバージョンアップ版を持ってきた。「マリコ二号」見参。見た所、たぶん高級機のプログラムからコードを盗んでいる。危ないなあ。どうやって盗んだかは、怖いから聞かないことにした。マリコさんのアイディアもふんだんに盛り込まれ、至れり尽くせりの内容。そういうわけで全部やり直しになりました……。僕は死ぬほど頑張って、なんとかすべての調整を終えた。

 元々が廉価版のパーツなのだ。限界はある。だけどパーツの性能は、必ずしも値段では決まらない。結局は使い易さだと僕は思っている。気持ちよく動くか。故障した時に、対応策をどれだけ準備できるか。工事現場で使われる事を想定して、タフネス仕様で僕は調整を続けた。四脚の現場実証データは、趣味で大量に集めてある。変な趣味だよな……。

 

 最高の出来だ。これを買うことの出来るお客さんは幸せ者だろう。廉価版の値段以下で、高級機並みの性能。「マリコ二号」と僕の調整の組み合わせは、ほとんど芸術の域に達している。現場での使いやすさで言えば、宇宙空間向けの、超ハイエンド機にも負けないと思う。ガレージに並べたパーツを見つめて、僕は感慨にふけっていた。あとは商談を済ませるだけだ。

 階段をマリコさんが降りてきた。両手にコーヒーのマグカップを持っている。

「僕の調整もやっと終わりました。マリコさんのプログラムは凄まじかったです。いっそのこと、プログラマになりますか」

 僕は笑った。マリコさんからマグカップを受け取る。

「面白い世界よね。ところでサイゾウ、トータルで調整にどれだけ時間がかかった? 私がマリコ二号を作った後に」

 マリコさんが四脚を眺めて、コーヒーを啜りながら言った。

「だいたい一週間ですね。マリコ二号がすごかったので、燃えました。時々負けそうになりましたけど。久しぶりに徹夜しました」

 僕は四脚を触って言う。記念に一組、ガレージに残して置こうかな。

「納品までに、どれだけ時間が残ってるの?」

 マリコさんが目をパチパチさせて聞いてくる。商売の話に絡んでくるなんて珍しい。

「五日後に地雷原で商談する予定です。カクマルさんのお知り合いで、かなり資本を持っている人物と話します。組織にも関係している人ですけど、でも安心してください。真っ当な取引ですよ」

 僕は微笑んで言った。

「……あのね。サイゾウが寝てないのに、私がグウグウ寝てるわけには行かないでしょう? だから作っちゃった」

 そう言ってマリコさんが、僕に一枚のチップを手渡した。これは。

「『マリコ三号』でーす!」

 マグカップを頭上に上げて、嬉しそうにマリコさんが言い放った。

「え? 嘘でしょう」

 嘘に違いない。僕はチップをコンピューターに入れて、中身をチェックする。……チクショー。すごい洗練されてる。もう限界だと思ってたのに。というか、なんで「三号」が存在するんだよ。あと五日あれば、ギリギリ間に合ってしまうじゃないか。

「……マリコさん。僕は三十時間以上寝ていないんです。達成感に包まれて、今まさにベッドに向かう所でした。コーヒー一杯飲んだくらいでは、どうにもならない程強力で、素晴らしい眠りが僕を待っていたんです。たぶん夢も見ないでぐっすりと眠れたはずです」

 僕の手は震えている。

「ゴメンちゃい」

 マリコさんが可愛らしくふざけて言った。ぐは、可愛らしい。もう調整したくない。だけどこの「マリコ三号」を無駄にすることは出来ない。僕の哲学に反する。それほどマリコ三号は魅力的だった。

「脳をパーツにしたら、眠らないで済むのかな」

 血の気の失せた冷たい手で、僕は四脚にケーブルをつなげ始める。天国のような地獄。

「マリコ四号は作らないでくださいね」

 本気で僕はマリコさんを睨む。

「大丈夫。私も二日寝てないの。これから寝ます。じゃあオヤスミ!」

 そう言って、マリコさんが逃げるように階段を駆け登って行った。

 クソ! 負けねえぞ! でもマリコさん頑張ってくれたんだなあ……。トホホ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る