第3話

 危険な行為は極力避けるようにしているけれど、凄いお宝を手にする瞬間を頭の隅で期待している。自分がこれほど欲深いとは思わなかった。ゴミ捨て場にあるものは基本的にゴミだ。宝などあるはずがない。実際は「ゴミより酷い」物の方が圧倒的に多い。汚染ゴミの山に埋もれて、笑顔で作業をしている自分は少し変だと思う。

 今まで二度当たりを引いていて、その感触が忘れられない。いつかは三度目という思いが強くある。でも三度目の正直で大ハズレを引いてしまったら? ようやく商売が軌道に乗り掛けているのに。自分を戒めたり励ましてみたり。ゴミの山を目の前にすると「さあ見つけてやるぞ」と思いを新たにする。毎日がこんな繰り返しだ。きわどいバランス。モチベーションは高い。


 その日、僕はいつものように地雷原に出勤した。入り口でIDを提示して医療廃棄物エリアへ進む。輸出用の薬剤はかなりストックが出来ているので焦る必要は無い。今日は調査に時間を当てようと思った。増えているゴミと減っているゴミ。大気や土壌の成分。データを集めながらゆっくりと進む。核エリアに新たな廃棄物が移送されてきた影響が医療エリアにも出ている。たぶん核燃料か原子炉だと思う。処理するのに時間が掛かりそうだとカクマルさんが言っていた。当分放射線の値から目が離せない。

 医療エリアに新しいゴミを見つけた。医療器具まるごと、病院設備一式という感じだ。物はかなり新しい。なんだか背中がゾワッとした。センサーにはまだ反応が無い。

 偵察用のロボットを上空へ飛ばす。念の為に僕は自分の肺にフィルターをかける。ロボットからデータが送られて来た。予感は的中だ。データベースに情報が無い未知のウイルスが、僅かだけれど検出された。病原体では無いようなので少し安心する。実験設備でバイオハザードが起こったのかも。それをまるごと捨てた。酷い事だけれどそんなに珍しいケースでもない。臭い物にはフタというコトワザがあるけれど、最近の人はフタをする事を忘れている。あえてフタをしていない時もあって救いようが無い。被害を被るのはスラムの住人だ。


 そんな酷い世界に人の姿が突然現れた。目の前を女の子が歩いている。普通の人間だ……たぶん。センサーの反応から言ってアンドロイドじゃない。

「大丈夫ですか」

 僕が訊くと、女の子がこちらを見て微笑んだ。こんな場所で大丈夫なわけがない。だけど、何て言ったらいいのか分からなかった。

「ここ、あまり気持ちのいい場所じゃないわね」

 妙に落ち着いてその女の子は言った。女の子と言っても僕と同じくらいの齢か。薄い下着のようなもの以外何も身につけていない。

「ここはスラムのゴミ捨て場です。生身で歩くのはちょっと危険過ぎるんです。もし良かったら僕の家で休みませんか。体の検査も出来ますが」

 面食らって僕は敬語で話しかけた。女の子がほんと、まるで草原を歩いているように自然体なのだ。危険だと言われて慌てる素振りも無い。

「本当に? お邪魔してもいいですか? 助かります! あ。でも私お金持ってないです。一ドル円も持ってない……」

 女の子が恥ずかしそうにして言った。すごい絵だよ。医療廃棄物を背景に、薄着の綺麗な女の子。まるで抽象画の世界だ。

「お金はいりません。とりあえずこの場所を離れましょう。一刻も早く。あなたを見てるとドキドキしてしまいます」

「え? 私に惚れちゃった?」

 素敵な笑顔で女の子が言った。どういう神経してるんだ。

「危険過ぎてドキドキしてるんですよ! あなたがあまりにも普通にしてるので。パッと見、まだ汚染はされてません。でも分からないです。早くチェックさせてください、早く……」

 僕は焦っている。女の子が不思議そうに笑ってこちらに近づいて来た。ハダシだよ……。

「とりあえずこの薬を飲んで下さい。単なる中和剤です。どうか信じてください。あと失礼ですが、これから移動する為にあなたを抱きかかえても良いでしょうか。戻る道もとても危ないんです」

 女の子は相変わらず落ち着いて、僕に渡された薬を口に放り込んだ。そして両腕をふんわりと僕の首にかけた。ドキドキする。そっと抱きかかえたらメチャクチャ軽い。たぶんパーツがほとんど入っていない体だ。どういうことだよ。


 家にたどり着くまでまるで夢を見ているようだった。フワフワとして落ち着かなかった。処理場のゲートを抜ける為に、女の子を車の格納スペースに入れた。滅多に荷物検査なんてされないけれど、今日ばかりは祈る気持ちになった。違反がバレてもお金で解決は出来る。ただ、相当面倒くさい事になりそうだ。結果、スキャンもされずにいつも通り外に出られた。冷や汗がどっと出た。

 ガレージに車を入れて格納スペースを開く。エアパッキンに包まれて女の子は眠っていた。寝るか? 普通。

「家に着きました。お待たせしました……」

 僕が声をかけると、女の子がゆっくりと目を開けた。

「おはよう」

 じっと見つめられる。

「おはようございます」

 どうすればいいんだ。

 

 地雷原で彼女が病原菌に侵されていたならば。もう遅すぎる。だけど一応すべて検査する。検査の前にシャワーを浴びたいと言われたのでバスルームを貸した。もういろいろと遅すぎる。僕の思考は停止している。ゴミ置き場で見つけた生き物を、報告も検査も無しに外へ出してしまった。生き物と言っても人間なんだけど。下手すると僕は刑務所行きだ。

「お嬢さん。検査の結果はクリーンでした。あなたのすぐそばには未知のウイルスもありました。二十キロ先は核廃棄物エリアで、放射線レベルがかなり高くなっていたんです。なのに何の汚染も無し。どういう事か分かりますか?」

 僕はぐったり疲れて、ソファーに横になって言った。

「お嬢さんじゃない。マリコ。私、マリコという名前」

「マリコさん。タグも無かったんだけど」

 市民はみんな、首の裏にIDタグのチップが埋め込まれている。それを外すことは重大な法令違反だ。まあスラムでは大した問題にはならない。だけどこの人は都市部の人間のように見える。

「タグは抜いてきたの。それと処理場のデータは一応取得していました。なるべく危険が少ないところに捨てられるようにしたの。それにしても運が良かったな。いきなりあなたに助けてもらえて。まさかあなた、誰かに頼まれたんじゃないでしょうね?」

 女の子。マリコさんが眉間にシワをよせて言った。

「頼まれても引き受けないですよ。地雷原から人を連れ帰るなんて。ちょっとビール飲んでもいいですか?」

「あ、私も飲みたい。お金無いですけど」

 マリコさんが笑顔で言った。なんか僕も笑えてきたぞ。この危機感の無さは凄い。僕は冷蔵庫から冷えたビールを二本取り出して、一本をマリコさんに手渡す。

「かんぱい!」

 マリコさんにつられて僕も乾杯してしまう。ビールのアルコールが疲れた脳にじんわり滲みた。

「事情は……。複雑な事情があるに決まってますよね。無理には聞かないですけど」

 僕は言った。

「言わなくてもいい?」

 茶目っ気たっぷりにマリコさんが言う。スゲー人だな。

「いいですよ。それでとりあえず、どうしましょうか。気が動転して、僕は頭が上手く回ってないです。僕の名はサイゾウと言います。ゴミの回収業者です。汚染物質を扱っています。アンダーグラウンドな仕事です。でも、裏組織とは距離があるし、平均的なスラムの人間だと思ってます」

「私はマリコです。えーと、都市部で暮らしてた。家出をしてきたの。タグは抜いてあるから当面はバレないと思う。だからサイゾウ、心配はご無用。サイゾウっていい名前だよね」

 弾むような声でマリコさんが言った。シャワーを浴びた長い髪が金色に光っている。お金持ちの家出娘か。謎が多すぎる。でも僕がこれ以上つっこむのも野暮だ。なんとなくそう思う。

「マリコさん。それでこのあと、どうされるおつもりですか? 何か僕に出来る事がありますか」

 拾ってきた物には責任がある。物じゃないけど。

「スラムで生活をしてみたいんだけど。サイゾウ、力を貸してくれる?」

 言葉は偉そうだが感じは悪くない。命令口調が似合っている。本当に金持ちのお嬢様っぽいな……。

「なんなりとおっしゃってください。この際やれることは何でもやります。あなたをこのまま、スラムに放り出すような事はしません。そんな事をしたら僕もただでは済まなくなります」

 ビールを飲み干して僕は言った。お嬢様の召使になったような気分だ。

「ありがとう、私は幸運ね。そういう予感はしてたのよ。だから家出したの。とりあえずサイゾウの家に居させて貰っても良い?」

 部屋の中を興味深そうに眺めながら、マリコさんが言った。

「好きなだけ居ていいですよ。そうだ、このビルの四階がまるごと空いているので、マリコさんのお部屋にしたらどうですか。とりあえずそこで新しい暮らしをスタートさせてみるとか」

 我ながらはじけ過ぎだ。でも、もう流れに乗るしか無いと思った。マリコさんのような綺麗な女の子と暮らすのも悪く無い。ヤケクソ。

「私お金無いんだけど……。もしかして、何か他のモノを期待してる?」

 マリコさんが顔を赤くして言った。物事を考える順序が、この人はかなり変則的のような。

「僕はフィーリングで動く人間です。マリコさんと地雷原で偶然に出会って、家に連れて来てしまいました。これは流れだと思います。僕は流れに逆らいたくない。ご家族にバレるまで、家出生活を楽しんでもらえたらいいと思います。僕も出来れば楽しみたい。いや、そういう意味じゃなくてですね。日々の暮らしを楽しむ、そういう意味です」

 テンションがおかしい。マリコさんの流れに巻き込まれている。

「そう? 嬉しい。じゃあ今日からよろしくね、サイゾウ君」

 マリコさんが右手を差し出した。それで僕達は握手をした。これでよかったのか。確かに魅力的な人ではある。でもどう考えてもリスキーだろう。流れに乗っているのか、ただ流されているだけなのか。いつの間にか新しい生活が始まってしまった。

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