第2話

 僕の仕事はリサイクルだ。と言ってもエコロジーとはほとんど関係が無い。スラムのゴミ捨て場から目ぼしいものを見つけてきて、修理や調整をして他人に販売する。同業者からガラクタの部品を買い取って、商品に仕上げて売るような事もやる。

 重要なのは目利き。スラムのゴミ捨て場は大昔から都市鉱山と呼ばれていて、貧しい人達が群がっている。ゴミの中から価値のある物を見つけ出すのは至難の業だ。知識と経験はもちろん重要。センスとかアイディアも必要かと思う。近年は汚染されたゴミに注目が集まっている。実を言うと僕も、最近は汚染ゴミをほぼ専門にしている。

 核廃棄物と医療系廃棄物。二大汚染ゴミと呼ばれている。扱うには非常な危険を伴う。リスクが大きい分競争もそれほど激しくない。そこが狙い目だ。

 全く自慢できないことだけど僕は生粋のスラムっ子だ。両親は組織の人間でいつもやたらと忙しそうだった。父も母もスラム育ちだけれど、割と優秀らしくて、都市部の組織から名指しで仕事を受けることもあったようだ。もちろん汚い仕事。つまり……殺しとか。母は今もやっている。

 組織の仕事はリスクが高くて対価が低い。両親は僕に跡を継がせたく無かったらしい。一緒に暮らしていたら、僕もゆくゆくは組織と関係せざるを得なくなる。そこで両親は僕を、スラムの町に解き放つ事に決めた。ビルを一つおまけに付けて。僕は十四歳で一人ぼっちになった。

 親が多忙だったせいで、幼い頃から一人の生活には慣れていた。両親が僕を自由にさせてくれた事にとても感謝している。僕は小さい頃から引っ込み思案で、裏の世界で生きていけるような素質は無かった。それを両親が早めに見抜いてくれたのだと思う。

 つまらない事をコツコツと続ける。そういう才能を僕は天から授かっている。母が笑って僕にそう言ってくれた。頭が良いわけではない。それほど器用でもない。だけど粘り強く集中して作業が出来る。ゴミの山を見るとワクワクする。何か使えるものはないか、工夫したら高く売れないか。考えるだけで楽しい。リサイクルという仕事は僕の天職だと思っている。

 

 汚染ゴミを扱う為に、僕は自分の体をいくらかいじる必要があった。母親には遠く及ばないけれど、だいたい体の十五%をパーツ化している。右腕は肩から下が全部機械。パッと見では分からないけれど、生身の手より力が出せるし、危ないモノに直接触れる事が出来る。万が一の時にはトカゲのシッポみたいに腕を切り離して逃げる事もできる。そんな状況は想像もしたくないけど。

 肺もパーツだ。スラムは基本的に空気が悪いので、肺をパーツにしないとまともに生きられない。僕も幼い頃に換装して、成長に合わせてサイズアップしてきた。汚染ゴミを本格的に扱う事に決めてから、肺のパーツはかなりカスタマイズしてある。スラムの街はゴミ捨て場に隣接している特別な地域だ。気管と肺のチューニングは丁寧にやっている。

 肺と一緒に心臓を人工の物にする人も多い。セット販売が最近の流れだ。でも僕の心臓はナマのまま。中途半端にロボ化に抵抗している。安全を考えれば心臓も人工の物に替えるべきだ。べきだけど、べきではない。割とリスキーなんだけどそこは譲れない。

 僕はロボ化とかパーツ化を否定している訳ではない。毎日のメンテナンスはほとんど僕の趣味みたいになっている。左手にビールのボトルを持ち、右腕の関節をギシギシ言わせて動きを細かく確かめて行く。その喜びと言ったら無い。とても楽しい時間だ。コンピューターの数値を見ながら、肺のチューニングもマニアックにやる。循環テスト。制御プログラムのバージョンアップ。いろいろやって、とても楽しい。でも全部機械にしてしまったら味気ないと思う。ツギハギな感じが好きだ。我ながら偏った趣味だと思います。

 

 ゴミは全国各地から集まってくる。種別や危険度に分けて集積場が定められているけれど、実際のところ管理は徹底されていない。都市部で扱いきれなかった物がスラムに流されて来るわけだ。元々ここには廃棄物処理場と分別施設しかなかった。価値のあるゴミに貧乏人達が群がって、いつの間にか街が出来てしまったらしい。ゴミ処理率は脅威の九十八%。世界にも負けない技術がスラムにはある。専門の職人が熟練の腕をふるう。スラムはゴミを飲み込む街なのだ。

 僕が通っているのは、第百十八から百二十地区のジャンクヤード。通称「地雷原」だ。スラムの人間は汚い物には慣れているけれど、この「地雷原」に近づこうとする人間は少ない。埋立するにもすぐには運べないような厄介な物が、一時的に地雷原に保管される。つまり汚染物質だ。居住区からはもちろん、他のゴミ捨て場からも隔離された地域にある。この「地雷原」を作るに当たって、都市部からスラムへかなりのお金が流れている。そのおかげでスラムの人間が食えている部分もあるので、表立って文句を言う人間はいない。ただ、本来は人が住む地域の近くに作っていい場所じゃない。

 地雷原の入口でIDを提示して中に入れてもらう。入り口は厳重に管理されているけれどそこはコネがある。僕の肩書きはゴミ処理の作業員だ。処理をするには違いない。自分が好きな物だけを処理する訳だけど。

 僕は十代の前半からリサイクルの仕事をしている。齢の割にはキャリアがある。でも地雷原では新顔だ。何十年もこの地域で生計を立てている人たちがいる。彼らには敬意を払う必要がある。危険地帯だからこそ、縄張り意識や規律、マナーといった物がハッキリとしている。スラムの居住区も組織が割と上手くまとめている。警察なんてほとんど機能していない。ある意味洗練された社会なのだ。治安はかなり悪いけれど。

 僕は非力だ。ハッタリをきかせる度胸もない。人と争いたくない。ゴミ置き場でゴミの奪い合いなんて、どう考えても惨めすぎる。ゴミを拾っている時点でもう惨めなんだろうけど、変なプライドを持っています。人と争わないで稼ぐにはどうすれば良いのか。その答えは簡単だ。他の人が行かない所へ行けばいい。僕は導かれるようにして地雷原へやって来た。

 核廃棄物のエリアには伝統がある。僕のような新顔が簡単に潜り込める場所じゃない。残っているのは医療廃棄物エリアだけだった。

 手術で廃棄された人間の腐った内臓。取り替えられた人工臓器。パーツ。この地域は見た目がグロい。必要以上に危険に見える。眼に見えないウィルスや菌、微生物が潜んでいる。この場所には「侵されている」という表現がふさわしい。わざわざ侵されに行く人間は普通はいない。おかげで僕は気兼ねなく宝探しをすることが出来る。


 僕は今までに二度当たりを引いた。一度目は完全なラッキー。価値のあるコンテナを引き当てた。コンテナは五十個以上あって、そのまま焼却処分される運命のようだった。そういうモノには普通触らない方がいい。コンテナはパンドラボックスだ。開けたら大変なことになる可能性がある。僕はかなり無理をしてコンテナの一つを抜いた。商売を始めたばかりで運試しの気持ちが強かった。今考えてもハイリスク過ぎる。

 コンテナの中身。シリンダー付きのミドルパワータイプ、右腕のパーツが五百本も入っていた。新品の人工パーツで半解凍状態だった。僕はとりあえず全部を再び冷凍して保管した。その中から一本、右腕を取り出してきてチェックしてみる。指が七本あった。小指のとなりに小さい指が二本くっついている。設計にミスがあったのか、製造途中に事故が起きたのか。大量にエラーパーツを生産してしまったらしい。それ以外は綺麗なものだった。

 指が二本多い腕を作ったというだけで会社が潰れることだってある。パーツ業界は競争が激しい。悪い噂は封じ込めなければならない。そこで企業はエラーパーツを焼却処分する事に決めた。コンテナの中身は誰にも見られたくない。裏ルートでスラムまで運ばれる。チェックがほとんどされてないコンテナは誰も開けたくない。それで、地雷原に保管されることになったらしい。

 手作業で指を五本に整形してみた。おまけの二本指を取り外すとまるで新品同様。しかも最新モデル。スラムの闇ルートへ流すことにした。金額は新品には遠く及ばないけれど、性能は折り紙つきだ。僕は売り込みの為に、拾った右腕を自分の右腕と換装してみせた。品物の実演販売だ。ちゃんと動きます。病原菌にも汚染されていません。今のところ僕は正常です。そういう感じ。

 あとで聞いた話だと、コンテナ五十個以上の中身全部が右腕だったらしい。あれを全部押さえていたら、僕は新築の二十階建てビルを持つことが出来ただろう。まあ一個抜けただけでも運が良かったのだ。コンテナを開けた途端に、得体のしれない物に出会っていた可能性もあった。怖くて二度と出来ない。あの頃僕は若かった。


 最初にラッキーを踏んだので、次は手堅く行こうと思った。本来僕は慎重な性格をしている。右腕の件は例外中の例外。相当運が良かったのだ。その事はベテランの先輩にも忠告された。ちなみに僕は右腕で大金を掴んだ事で、通称が「ミギウデ」になってしまった。処理場では基本的に「ミギウデ」と呼ばれている。酷いネーミングだと思う。

「一攫千金もいいけどな。そいつを狙ったら命がいくらあっても足らねえからな」

 カクマルさんが僕の顔を見て言った。渋い。

 カクマルさんは核廃棄物を専門に扱っている。この道六十年のベテラン。体のパーツ化率五十八%。地雷原の伝説だ。この人がなぜか僕のことを気にいってくれて、たびたび助言をして下さる。

「本当にラッキーだったと思います。危険を冒すつもりはなかったんですけど、あのコンテナに呼ばれた気がしたんです」

 僕はカクマルさんに答えて言った。

「確かにな。『インスピレーション』というモンも大切だよ。オメエはそれを持ってるんだろう。だがな、それはとんでもなく悪い物を掴むような、そういう運と紙一重かもしれないぜ」

 あくまで渋くカクマルさんが言った。渋いなあ。憧れてしまう。

 僕は右腕五百本でかなりの儲けを出した。そのお金を地雷原の人となるべく分かち合えるように使った。コネが大切な世界なので、そういう計らいが必要なのだ。独り勝ちしたらみんなが白ける。でかく稼いだ時は分け合う。その代わり、ピンチの時には助けてもらう。そういう業界の取り決めに僕は粋を感じていたので、誰に言われるまでもなく、自分から率先してルールに従うことにした。その結果、伝説のカクマルさんに声をかけてもらえたのだと思う。若いのになかなか分かってるじゃねえか、という感じで。

「今後は地道に行こうと思います。小さくコツコツと稼ぐつもりです。まだ基本も出来ていませんので」

 僕は言った。

「それでいいんだよ、長生きしたければな。まあがんばりな。困ったことがあったら俺に言って来い。腕を磨けよ、ミギウデ……」

 カクマルさんがタバコを投げ捨て、核廃棄物エリアの方へ歩いて行った。うわーカッコいい。ホント、言われた通りに地道に稼ごうと僕は思った。


 一度目の大当たりを引いたのが十七歳の時。商売を始めてからすぐの時だ。それで元手が出来たので後はコツコツとやった。でかい稼ぎは狙わずに、安定して収入を得られる方法を探した。これにはけっこう時間がかかった。なにしろゴミ置き場にはいろんな物が集まってくる。こちらが注文したものを置いて行ってくれる訳ではない。危険すぎて入れないエリアもたくさんある。初めの一年くらいはほとんど収入が無かった。落ちているゴミをかたっぱしからリサーチして、医療系ゴミの仕組みを勉強した。どこに何が捨てられる事が多いのか。企業系のゴミや工場系のゴミ。病院から直接来る物もある。運ばれてくるルートも様々だ。僕は地道にリストを作り、データを集めて行った。

 あるメーカーの薬剤サンプルが、一定間隔で大量に捨てられている事が分かった。通常この手の優良なゴミは、地雷原なんかに回ってくるハズがない。なにか理由があるはずだと思った。金になるからと簡単に手を出すと痛い目を見る事がある。情報収集に時間を掛けて、なんとか概要をつかんだ。

 メーカーの大株主に組織の人間がいて、サンプルを大量に譲り受けているらしい。使用期限切れの薬だ。おおっぴらには売れない。でもスラムの薬局とかでは普通に売られている。組織の人間が証拠隠滅の為に、余剰在庫を地雷原へ廃棄していたようだ。やはり調べて良かった。これをそのまま他に流していたら……僕がゴミになっていたかもしれない。

 錠剤や粒剤が多い。パーツ化した体の機能安定剤とか、精神系の薬まで多岐にわたっている。宝の山だ。しかし扱いを間違えると命を失いかねない。売り方のノウハウが僕には殆ど無い。そこでカクマルさんに相談する事にした。相談料はちゃんと払う。けっこう高い。

「まず全部粉にしな。あとは真空パックにして大陸方面に輸出だな。粉にした時点で組織の方は心配しなくていい。商品名がつかなけりゃあちらも口の出しようがねえからな。間違っても国内では流通させるなよ。無印の薬なんて日本じゃそうそう売れないとは思うが。オレか? オレはもちろんメーカーモンを買うよ。薬の金をケチったらとんでも無いことになることがある。おめえも覚えとけ。他人の薬を飲むなって事だ。ゴミ捨て場の薬なんて論外だろ」

 そう言ってカクマルさんがニヤリと笑った。頼りになるなあ。僕は手堅く行くために輸出の部分をカクマルさんに任せることにした。上がりは少なくなるけれど、これでいろいろ学べる。コネも広がる。カクマルさんにもお金が流れて、今後の仕事がやりやすくなる。我ながらあざとい。割と僕は商売に向いているのかもしれない。損して得取れという意識がある。当たりを引いたのはこれで二度目。運もいい。

 薬を流すルートが出来て、僕はなんとか暮らしていける目処が立った。薬の真空パックはほとんど手作業だ。そのおかげで薬にも詳しくなった。相変わらず貧乏なのは間違いない。でも食っていける。日帰りでサイクリングへ行けるぐらいの余裕はある。僕は十九歳になった。

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