第10話 トラッカー VS 国家権力

 ストレートに訊ねてきた追っ手の男に、巽は首を捻ってみせる。


「女性と子供ねぇ。母子連れなら割と見ますけどね」

「子供の方が特徴的なんですよ。かなり明るい茶髪で」

「うーん……いや、覚えがないですね。そんな子、見たら忘れないと思うんだけど」


 男たちは再び視線を交わし合った。そしてやはり、小デブが口を開く。


「我々は『ふくしま特別研究都市』の者です」


 そう言って、揃って腕時計端末から空中に名刺を投影させる。

 『ふくしま特別研究都市 特殊警備部』という所属名の下に、それぞれ名前が続く。

 小デブの方が『太巻』、ヒョロヒョロの方が『長屋ナガヤ』とあった。


「ふとまき?」

「ウズマキです」


 即座に訂正される。よく間違えられるのだろう。無理もない。


「巽運送さん。我々の『街』へ出入りのある業者さんとお見受けします」

「え? そうだけど……」

「重要機密を『外』へ持ち出した者が、このトラックを利用した可能性が高いんです」

「はぁ……」


 冷たい汗が、背筋を滑り落ちていく。

 しかし、『機密を』者?


「失礼ですが、ちょっと荷台を見せていただいてもよろしいですか?」

「は? 荷台を? なぜ?」

「実はですね、その人物の所持品の発信信号が、この中から出てるんですよ」

「はぁ……?」


 巽は更に首を傾げる。今度は演技ではない。本当に何のことだか分からなかった。

 荷台の中にあるもの……と考えを巡らせて、ようやく思い出す。

 アトリの入っていたスーツケースだ。


 なぜ、あれから発信信号が出ているのか。

 その重要機密とやらが、あの中にあるのだろうか。

 サイカから聞いた話と違う。アトリが殺されるということではなかったのか。


 何にせよ、今あのケースが見つかったら不味いだろう。


「いや、申し訳ないが、それはちょっと難しいですね」


 言いつつ頭をフル回転させ、それらしい理由を組み上げる。


「荷主さんから預かった大事な荷物を積んでるんだ。運送契約上のことなんで、誰から何を依頼されたか、守秘義務があるんです。だからどんな理由があっても、荷台の中身を他の人に見せたりしちゃ不味いんですよ」


 決して嘘は言っていない。先代社長である父親に繰り返し聞かされたことだ。荷物と一緒に信頼を運んでいるのだ、と。

 しかし、相手の次の言葉は、巽の心を揺るがすに足り得るものだった。


「こちらは国家機密に関わることなのです。もし何か隠し立てするようならば、あなたも罪に問われることになりますが」


 国家機密。罪。

 その重苦しい響きに、ぎくりとする。


 つまり、巽が二人を匿っているのではないかと、暗に疑っているということだ。

 こんなふうに怪しまれるのは、紛れもなく昼間のフードコートでの一件のせいだろう。巽がこの男たちの行く手を阻む動きをしたから。


「そう言われてもな……」


 サイカは、いったい何を仕出かしたのか。

 嘘をついているようには見えなかった。だが同時に、真意も素顔もよく見えないままなのだ。

 もしも重罪となるようなことをしているのならば、それに協力した自分はどうなるのだろう。


「犯人を庇っているのなら、その必要はありません。あなたはうまく言いくるめられて、利用されているだけです」


 そうかもしれない。何しろサイカは初めから巽のトラックを狙っていたのだから。

 かと言って、この男たちを信用していいのだろうか。


 即座に判断できない。今ここで、自分は何を選択すべきなのか。


「いや、さっぱり分かんねぇな……」


 思わず漏れ出た本心はしかし、シラを切っていると捉えられたらしい。

 ウズマキが泰然と言う。


「我々はただ、あなたを犯人の手からお助けしたいと思っているだけなんですよ」


 恩着せがましいと思ったが、どう応じるべきかも分からない。

 戸惑いの中、ゴンゴンという音が耳を衝く。見れば、ナガヤが荷台をノックしている。


「は?」


 シンプルにカチンときた。仮にも大事な商売道具だ。


「おい……何してんだ」

「この中に犯人が隠れている可能性もありますので」

「そんなとこに人なんか乗せるわけねぇだろ。そういう車じゃねぇんだ」


 いや、子供載ってたけど。結果的に。


「少し中を見せていただくだけで良いんですよ。何も無理を言っているわけでは」

「だから無理だっつってんだろ」


 ウズマキがギョロリとした目をすがめた。


「巽運送さん。我々は国家の委託を受けて任務を行なっているのです。ご協力いただけないのなら、少々お仕事がしづらくなるかもしれませんよ」

「何だそれ。あんたら、役人か何かなのか?」

「そう思っていただいて構いません。我々には機密を守る責務があるのです」


 慇懃な態度。こちらを軽んじる目つきだ。たかが小さな運送会社だと。

 この瞬間、迷いが吹き飛んだ。


「じゃあ尚更だ。国がそんな横暴働いていいのかよ。何が責務だ。こちとら自分の会社の看板背負って走ってんだ。ちょっと粗い運転しただけでもSNSに動画アップされて炎上すんだぞ。こんな公衆の面前で積荷晒して、契約不履行が荷主にバレて仕事切られでもしたら、いったいどう落とし前付けてくれるってんだよ! 運送屋トラッカーなめんなコラ」


 ドスの効いた声で捲し立て、腕時計型端末を相手方に向けて、撮影機能をオンにする。


「正当な手続きもなく勝手なことしてみろよ。俺があんたらをSNSに晒すぞ。『ふくしま特別研究都市』警備部のウズマキとナガヤ。覚えたからな」

「くっ……」


 男たちが尻込んだのが分かった。国家機密だと言うなら、不特定多数の目に触れることを何より恐れるはずだ。

 もっと人出の多い時間帯だったら良かったのに。残念なことに、一人二人とこちらを遠巻きにしつつ通り過ぎていくだけである。


 しばしの間の後、またウズマキが一歩前へ出た。


「……そちらの言い分は分かりました。要するに、今この荷台に積まれている荷物は、我々とは関係のないものということですね」

「あぁ、そうだよ。中身は機械部品だ。元請けからもらってる仕事だから、何かあったらそっちにも迷惑かかるんだよ」

「分かりました。ならば荷台の確認はいたしません」


 内心、ほっと息をつく。

 だが。


「しかし、我々の追っている者が何らかの痕跡を残している可能性があるので、運転席を見せていただきたい」

「……は? 運転席?」

「えぇ、万が一ということもありますので」

「いや、だから、何もねぇって」

「何もないならば、そのことを確認したいのです」


 まずい。今、運転席のシートではアトリが眠っているのに。

 両ドアの窓にはカーテンが敷かれており、横たわるアトリの姿は角度的にフロントからも見えない。

 だが当然、ドアを開けられたら最後、一発でバレる。


 巽はキャビンの方へ回ろうとするウズマキを押し留める。


「いや、ちょっと、中めちゃくちゃ散らかってて、見せられる状態じゃねぇんだ」

「問題ありません」

「あるある、問題あるって。もうほんと、ゴミだらけでさ」

「大丈夫です。それとも何か見られたら都合の悪いものでも?」

「いや……」


 そう問われては、黙るしかない。


「じゃあ、よろしいですね」


 ウズマキが運転席側、ナガヤが助手席側のドアの前に立つ。に対して、出口を塞ぐ格好である。

 どうすればいいのか。焦ったところで、もはや何の言い訳も思い浮かばなかった。

 ドアが開いた瞬間この男を突き飛ばし、眠っているアトリを抱えて走り去るか。上手く逃げ切れる保証はないが、とりあえずそれ以外の方法はないだろう。


 ウズマキの手が、ドアノブにかかる。

 巽は息を詰めて身構える。心臓が派手な音を立てて早鐘を打つ。

 そしていよいよ、ゆっくりとドアが開けられた。

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