3-4

「で、結局なんなの。あんたって」


 零子の隣で階段を上る雑賀真子さいがまこは、顔の穴を指で確かめながら訊ねた。少々穴が小さくなっているようだったが、今の自分の顔を想像するだけで憂鬱になる。


「シンカ撃滅戦闘員と言われている。要は貴様らみたいなのを殺すためだけの集団だ」


「……そ、そッスか……。じゃあ、なんでウチは助かったわけ?」


「私の独断と権限で、見込みがある奴は保護することにしている。研究対象としてな」


「へぇー。それでウチは生かされたのか。……ん、研究対象つった?」


「嗚呼」


「聞いてないんだけど」


「迫った際、要所に用語は含ませたつもりだ。理解しろ」


「……マジで最悪、この人……」


 不快、その一言に尽きる。

 黒色零子の行動は自身の損得にしか非ず、他者への気遣いなど無い。誰一人として信用しない故の性分であった。今までの人生の中で例外は二人いたが、今では一人となっている。


「この階か」


「そっ。パニックになってる人が叫んでただけで、実際は知らないけど」


 二人は目的の、三十一階に着く。


 このホテルは、十階ごとの五階部分が娯楽施設となっている。二人がいる三十一階から三十五階までがそうだ。

 娯楽階層のみ設置された大きな螺旋階段で五階分が真ん中で繋がっている。移動の煩わしさを緩和する為の設計だ。最初の一階部分はゲームセンターとなっている。二十四時間止まることのない空間は電光色でギラギラと輝いていた。普段は陽気な雰囲気なのだろう。しかしこの時ばかりは、死体にいらぬ彩りを与えるだけで虚しかった。


「私は上りながら索敵する。貴様は念入りに探しながら上がってこい」


「――えっ! ウチ一人!?」


「何か問題か」


「いやだって、恐いじゃん。変態殺人鬼がいるかもしれないんでしょ……?」


「貴様もそうだろう」


「いやいや、ウチは殺したくて殺してる訳じゃないし。仕方無くだし」


「どちらも変わらん。行くぞ」


 ちょっ、という真子の訴えに零子は背を向けて行動を開始。目線を周りに向けながら足早に螺旋階段を上ってゆく。


「……はぇー。どんな足してんだあの人」


 蹴られた腹をさすりながら呟く。まだあの時の感触は残っていた。ついでに穴ボコの感触もあって憂鬱が増す。


「……てか弾、残ってんだよね、これ。やばくね?」


 近くに鏡はないかと探す。トイレがあったので、中に入り、手洗い場で顔の様子を窺った。


「軽いホラーなんだけど……。集合体恐怖症なら卒倒もんだわ」


 穴の中に爪を入れて奥を確認する。カリカリ、と硬い感触。骨の手前で止まっており、小さな銃弾では砕くのに不十分だったらしい。

 徐に真子は、むりやり顔に埋まった弾頭を抜き始めた。痛みには慣れている。血を流しながら一つ、一つと取り出していく。

 そのままの流れで前頭部に差し掛かり、重大な事に気付いて手が止まった。


「――えっ、生えるよね。……えっ、いや、生えるよね。ね?」


 血で真っ赤に染まっていたためにわからなかったが、洗い流してみれば、頭部の弾痕が特に酷かった。まともな部分よりも損傷を負った部分の方が多かったのである。生き残った毛髪も斑状に散らばり、却って気持ち悪い見映えになっている。


「最悪、ガッチで最悪。また腹が立ってきた。どっかのタイミングで不意打ちとかどうだろう。……でも勝てないだろうなぁぁぁぁ……はぁ」


 ある程度のイメージをして、諦めた。

 零子に敵う状況を想像できない。壮絶な出会いは勿論、粗暴な言動と行動からの苦手意識が芽生えてしまっていた。元々勝ち気な性格の持ち主である彼女だが、零子にはあまり逆らわない方がいいと思っていた。こいつは面倒くさい奴だ、と。


 しかしその実、真子自身は無意識の中で、黒色零子には絶対に勝てないと決定付けていた。圧倒的な力量差がしっかりと本能に刻まれているからだ。

 本能とは動物的感覚そのもの。繁殖、支配、そして生存。彼女は自分が死なないようにと、黒色零子の癇に障らないようにと、知覚しないままに逃避しているのだ。


「………………だる。もういいか」


 十五個の弾頭を抜いて、飽きる。掃除用具のホースを蛇口に着け、全身に水を浴びて血を洗い流す。

 トイレから出て、何か拭くものはないかと辺りを探索する。零子の言い付け通りにもなるので、目的は違うが問題は無いだろう。


 ぶらりぶらりと歩いていると、格闘ゲームの台に、誰かが座っているのを発見した。


「――――」


「お、ほ、おおっ来た、来たっ、ここでラスト……アー、ク――ぬあああぁぁ外したあああ!」


こいつだ。真子は思った。








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