3-3
少女は弾丸に撃たれて後ろへ。小さいその体は突風でも食らったかのように面白いくらい吹き飛ぶ。
零子は彼女だけを見据えて、弾が尽きるまで引き金から指を離さなかった。――――次弾装填。なんの躊躇いもなく再び撃ち尽くす。
……計六十発、鼻につく硝煙、落ち着かない静けさ、唐突に現れた華奢な少女に対する黒色零子の挨拶であった。
「あ、あんた、なにしてっ……!?」
警官の言葉など皆無。零子にとって彼程度の言葉はもうどうでもいい。
部屋から出る。壁にもたれ掛かり、手足に力は無く、全身から血を流す少女に近寄る。
間合いを一メートルに観察する。頭が垂れている為に顔は確認できないが、どのみち穴だらけなので見ても仕方ない。胴体手足も然り、穴だらけで血だらけで所々が欠けて何が何やら。
体格は平均的な中学生ほど、丈の長いワンピースを着て、髪の長さは身長の半分もありそう。事後ではあるが背格好だけでもわかる、ただの子供。学校が終わったら友達と一緒に自転車で帰宅するような少女が、人間を粉微塵に出来るほどの存在なのだと、零子の眼差しが告げる。
反応がないので脳天に数発撃ち込もうとしたが、後方の警官に止められた。
「動くな! てっ、手を上げろ!」
勇敢といえばいいのか真面目というのか、はたまた愚直か。こんな時でも彼は警察としての責務を全うする。しかし、黒色零子の存在は極秘である為にこんな反応は当たり前だ。いきなり現れた見ず知らずの乱射女を前にしたら、誰だろうと危険な存在だと認識してしまう。
「――――貴様にはコレが何に見える」
若干鬱陶しく思ったので訊ねてみた。
答えを求めてるつもりはなく、それは彼女なりの皮肉だった。
「なに、を……?」
「コレが何に見えると、言っている」
もう弾倉を準備していない短機関銃はこの時点で捨て、同時に腰からソードオフを抜く。少女に向けて発砲。爆発を思わせる音と同時に少女は消し飛ぶ。無論、散弾によるものではない。
「――――こっわ、なにこの人。いや、人?」
超反応による超高速回避により見えなかっただけ。少女は天井に指を突き刺して、零子を俯瞰していた。顔面は血と張り付いた髪で入り乱れている。
彼女の超人的な動きが見えなかったのは警官であり、予測と経験と単純な身体能力で黒色零子だけは目で追っていた。
ソードオフは一度の発砲の度にリロードをしなければならない。だが今の状況ではその時間が命取りになる。少女との距離は約三メートル。九ミリパラペラム六十発を体に撃ち込まれて平然とする相手ならこんな距離はとっくに間合い。ならば装填済みの武器を使いたかったが、やはり遅かった。
ホルスターに手をかけるまでは成功したが、抜くことは叶わない。壁を足蹴にこちらへ突進する少女の回避を優先。
零子を引き裂く為に構えていた筈の手はしかし、避けられたとわかれば後ろの警官を狙う。雑魚の排除が優先になった。当の本人である警官は何が起こっているのかわからず、ソードオフの爆音と相成って零子に質問された時の体勢と思考のまま。迫る少女に対して表情を作る事さえ出来ない。認識する間もなく命を奪われ、何がどうなったと気付いた時には眠るように息絶えるのだろう。
そんな惨めな未来を、零子が蹴りあげる。
「ゴ、お"ッッッ――――!?」
内臓を掻き乱す感覚。意思を持った物体が腹の中で暴れまわっているかのよう。女とも思えない呻き声をこぼし、少女は天井に打ち付けられる。背格好からして約四十数キロの重さを、零子は片足だけで難なく払い除けたのだった。
警官はまだ固まったままだが、少女が天井から降ってきた衝撃でやっと我に帰る。落ち着く間もなく、零子の退却しろとの命令に訳もわからないままに応じ、結局なにも理解出来ていない面持ちで走り去っていった。動転した思考回路とは実に従順である。
少女の顔は苦悶に満ちている。零子の靴には爪先から踵にかけて足裏を沿う鉄鋼が仕込まれており、彼女の脚力とその重さが合わされば破壊的な威力を生み出す。隙を利用してソードオフの弾を装填する。
本来ならば、このまま頭を撃ち抜いて終わりにすればいい。
やはり短機関銃では致命傷になっておらず、見れば流血はすでに止まっている。肉体強化は単純な筋力の増加だけでなく、治癒力も促進しているのだと零子は仮定する。けれど零距離で以て大口径の銃弾を頭蓋に放てば、目の前でうずくまるシンカも流石に堪えられないだろう。
しかし零子には、訊かねばならない事があった。
「……貴様、違うな。おい、貴様はここで何をしていた」
「――は、はぁ!? な、なに、がっ……!」
少女は息も絶え絶えに、苛立った様子で答えた。
「規模と実力が噛み合ってないんだよ。貴様程度ではな。さっさと答えろ」
「なんで、そんな事わざわざ……」
引き金を引く。少女の目の前の床は爆散し抉れる。
「――――――」
「貴様はここで何をしていた」
リロードしたソードオフを少女に向ける。
「――え、えぇぇ援交だよ! オッサンとデートして部屋でヤって調子に乗って中に出すからぶっ殺して部屋から出たら何か騒いでるから憂さ晴らしに暴れてただけっ!」
恐怖からか、少女は面白いように吐く。零子の実力を目の当たりにして、心が折れたのだろう。妙な抵抗は見えなかった。
「殺人は慣れているようだな」
「……ったり前でしょ。こんな体になって、どう生きてけってんだよ。てか……なんだよあんた。警察じゃないよね絶対」
「私の事はいい。それより取引をしたい」
「……は?」
「私の手伝いをすれば生かしてやる。それどころか貴様の望む暮らし方もできる限り提供しよう。どうだ」
相手に投げかけるような物言いは零子には珍しかった。普段なら強制強要だが、如何せん目の前に横たわる対象には殺害命令が出されている。
従わないなら即座に葬らなければならない為、相手の返答が必要なのだ。
「……いやいやいや、いきなりで意味わかんないから」
「安寧施設の事くらいは知っているだろう。あれの地下には更に施設が広がっていて、シンカを研究している。私にはある程度の権限があるから、貴様の生き死にを今ここで決めることが出来る。どうだ」
「……いやいやいや、だから意味わかんないって」
「因みにこの事を知ってしまった以上、貴様には従うか死ぬかの二択しかない。どうだ」
「意味わかんないって言ってんだろうがあ! しかも最後の納得できないってかあんたが勝手に喋っただけじゃん!」
けれど黒色零子、やはり彼女の言動には理不尽が付き纏っている。
「言っておくが全て本気だ。私から逃げられないのはもう理解しただろう。どちらに乗った方が自分の為かわかる筈だ」
「……なに、こいつマジで。意味わかんない……」
「顔の傷も治せるが」
「はぁ? 顔ってなんで……――――うひゃあ!? なんか穴だらけなんですけどぉ?!」
「撃ったからな」
少女の流血は既に収まっていた。しかし傷そのものの治癒は遅いのか、または叶わないのか、六十個の穴が空いたままなのだ。
「ふっざけんな! こんなんでどうやって過ごしていけってんだよ!」
「それは了承と捉えていいか」
「ちがっ、いや違わないけどっ、でも今はそうじゃなくて!」
「どっちだ」
「――――ッッッ! ああもぉぉ! わかった、わかったから……手伝うから絶対治して……」
「嗚呼、それは約束しよう」
うずくまる少女は悔しいのか、床を拳で何度も殴り続ける。
零子はどこ吹く風、辺りの警戒を再開した。
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