3-2
―――なぁ零子。強さとはなんだと思う―――
不意に問われた。待ち伏せされて今現在、反乱軍との銃撃戦の真っ只中、彼は詩人のように語りかけてきた。
それどころではない私は敵に集中する。
―――筋力。知識。経験。年齢。時間。精神。環境。センス。財力。権力。無。まぁ、出せば出すほどキリがねぇ―――
廃屋の中。壁に背中を預け、自動小銃を恋人みたいに胸に抱いて、床に座る姿は売れない絵画を思わせる。しかし絵画として例えられると云うのは、物としての格好は存外悪いものでは無いのだろう。
それどころではない私は敵に銃口を向ける。
―――だがな零子。答えは簡単だ。強さに優劣も選択も要らない。強さとは己そのものだ―――
体勢そのままに腕だけを動かして彼は、窓から銃口を敵勢に向けて乱射。マガジン一つ分を撃ち尽くし、静かにまた銃を抱く。何も見ずに放った銃弾は五人の敵を貫いていた。身を隠しながらに相手方の配置を頭に叩き込んでいたのだろう。
それどころではない私は敵の様子を確認する。
―――何も考える必要などない。不純物もなければ純正もない。何もかもが自分だ。自身の強さとは自身に他ならない―――
リロードを終えた自動小銃を置く。懐から改造した愛用のベレッタを取り出す。両手に銃。海外版の大小とでも云おうか。彼は日本生まれだから、とても似合わない。
それどころではない私はもう何人撃破しただろうか。
―――全てを受け入れろ零子。この世界には色んな
軽快に窓から外に飛び出し、悠然と目の前に広がる世界を観察しながら、仰々しく歩を進め、余裕に満ちて攻勢に移り変わる彼。敵の弾が当たると思えた時は尋常でない速さで位置を変え、大丈夫だろうと判断した時はただただ歩き続ける。姿を視認された時点で敵は最後。彼の銃により絶命を確定される。
それどころではない私は、構わず敵を撃ち続けた――――。
―――――零子は上階を目指して、階段を駆け上がってゆく。被害者を窓から外へ投げ飛ばす所業が上っていってる情報から、シンカも上っていると判断しての事だ。今のところは二十六階がその行為の最後である為、まずはそこを捜索とする。
彼女が今回の現場に用意した銃火器は四つ。
手に持つのはドイツ製の短機関銃。屋内である事と軽さから選んだ。しかしシンカ相手に役に立つとは思っておらず、牽制程度にしか考えていない。
腰に携帯した水平二連ソードオフ。こちらは昔から使用している銃だ。アフリカの紛争で戦っていた時、手持ちの弾薬が尽きてしまい、民家を漁っていた時に見つけた猟銃を動きやすいように切り詰めたら、意外としっくりきたので戦闘員となった今でも使っている。
ショルダーホルスターのデザートイーグル二丁。こちらも昔から使っている。破壊力を増した特注の弾薬を装填しており、銃身をカスタムして跳ね上がりを特に抑えている。普通なら片手で持つと安定する訳ないのだが、彼女の腕力にとっては気にするものではない。
あとは左の太ももにナイフ。
ベルトに小型の投擲爆弾を三種類一つずつ。
本当なら対象に合わせて準備するのだが、今回はその情報が乏しかったので現場を重視して保険をかけるような武装となっていた。
そうこうする内に目的の階数に着いた。速度を変えずに二段飛ばしをしていたにもかかわらず、零子の息はあがってなどいない。廊下に出て機械的に辺りを確認していると、銃声が聞こえてきた。
「……まだ生きていたのか」
警察か自衛隊か、中からの報告が途絶えた者は何人もいるらしい。もうみんな殺されたと推測していたが、存外にしぶといと彼女は思った。
その方向へ足を進める。自分を目撃されては面倒なので、注意を払いながら近付いていく。途端にグジャリ。
「…………」
立ち止まる。
肉と骨が潰れる音。零子にとって聴き慣れた音だった。
そして次に届くは悲鳴。声が裏返った男たちの悲鳴だ。逃げろと、助けてくれと、やめろと、恐怖に打ちひしがれた阿鼻叫喚。しかしそれも束の間、潰す音と壊す音が鳴る度に悲鳴は弱まり、三分ほどで何も聞こえなくなった。
同時に零子は動き出す。
この階には客室しかない。全体の形は四角、北側と南側に階段とエレベーター、外周と十字の廊下、真ん中には丸い空間があり数種類の自販機などが置いてある。後は客室のみ。泊まるだけの階層は至ってシンプルな設計になっていた。
なので発見は早かった。南側の廊下の血みどろになった一画。人の部品が散らばる赤い通路。天井にまで張り付いた細かい臓物がピチャリピチャリと落ちている。見慣れている零子は冷静に状況を確認する。
生存者はいないだろう。気掛かりなのは殺人鬼の姿が見えない事。悲鳴が止んでから確認するまで時間はさほど経っていないのに、いない。警戒しながら零子は血溜まりへと踏み入る。
死体を観察する。真っ二つにされたもの、潰されたもの、撒かれたもの。力任せに破壊された印象だった。例えばとんでもない重量物が衝突して、肉が耐えきれずに吹き飛んだような。ここまで酷ければ被害者も痛みを感じる前にショックで死んだと思われる。苦しまずに逝けるというのは戦場に於いて極上の喜びだ。
――――ふと、声が聞こえた。すすり泣くような声。
赤い空間の中、扉が開いている部屋からその声がする。零子は銃を構えながら中へと入る。
部屋に入ってすぐ左には風呂とトイレ、右はクローゼット、奥に寝室という構造になっている。声は明らかに奥の部屋からだったが、念の為に左右の空間を確認してから更に中へと進む。
寝室に着く。声は隅の方、ベッドと壁の隙間から聴こえる。と言うより、そこには男性がいた。
おい、と零子が声をかけた瞬間、男性は引きつった悲鳴を上げる。
「…………ひ、人? あんた、な、何だ……?」
涙と鼻水でぐしょぐしょな顔面は更に恐怖で満たされていた。
声の主は間違いなくこの男性だ。警官服を着ていたので、恐らく先程の生き残りだろう。制服には血がべっとりと付いていた。顔もよく見れば赤黒い。
「特務だ。感想はもうやめろ。状況は」
簡潔に、簡素に済ませた。
「と、特務って……そんなの、聞いてないぞ……」
「早く答えろ。廊下のあれはなんだ」
「あ、あれは…………うっ!」
外の肉片達を思い出してしまったのか、男は吐いた。どうやらそれは初めてではなく、男の周りにはいくつもの吐瀉物があった。
「………………僕は、犯人を探している時に、れんっ、連絡が入ったから、この階に来たんだ。女の子、を保護して、その子が犯人がここにいるって言ったらしくて、それで合流したんだが…………うぅ……!」
男はまた吐く。中身を出し切ったようで、胃液しか出ていない。
「合流して、女の子だけでも外に出そうと、したのに……いきなり、みんながっ……飛びっ! 飛び散ってぇ……!」
今度は頭を抱えて、震えて縮こまる。絞り出すように泣き出してしまった。
すぐそばで仲間が殺されたようだ。男にこびりついた血痕はその時のものだろう。更に聞けば、男は仲間の爆散した衝撃でたまたま部屋の中に転がり込んだらしい。そして外に出ることも叶わず、悲鳴を聞きながらここに隠れていたという事だった。
シンカはその女の子、と零子は決める。状況的にその線が濃厚だ。A判定を受けている以上、見た目など気にしていられない。被害者を装って警官を集めて八つ裂きにしたに違いない。
――――しかしだ。
問題はそこではない。零子はすでに事に移っていた。
この男の証言と自分が耳にした事の始まり、時間差があまりにも無さすぎる。
振り返って銃口を向ける。部屋の入口に、眼球以外の全身真っ赤に染まった少女が佇んでいた。
「――――お願い、します。助けてくだ」
射撃。助けを求めていたようだったが、聞き入れる気もなく零子は引き金を引いた。
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