third.“Reaper”
3-1
――――嗚呼、みんな死ねばいいのに。
――――嗚呼、すべて消えればいいのに。
――――嗚呼、なにもかも無くなればいいのに。
――――嗚呼、お兄ちゃんに会いたい…………
――午前、一時二十分。肌寒さもまばらの五月の事。
阿倉木市の中心部に位置する都市、
中心に行くほど発展していく阿倉木市の性質上、一番に発展している都市。
最も低い物でさえ、百メートルは超えるであろう大小さまざまな建造物がひしめき合う。街路樹以外に自然な緑色は見当たらない。コンクリートで固めただけののっぺりとした建物もあれば、全面ガラス張りやら遊び心を通り越して悪意ある奇抜な造形やら、多種多様な人工物の巣窟。
それらの隙間から侵入した路地裏には、何かしらを扱う店舗が隠れ家の様に点在する。合法なり非合法なり、何の店なのかは店長か元締めの気の向くままに。
四方八方を巨大な塊に囲まれても、片側五車線の道路とその倍の幅を設けた歩道が解放感を与え、交差点では更に広がるため尚の事だ。しかし交通の流れを考えて信号の交代が早い為、早歩きをしなければ横断歩道は少々危ない。神之虚のちょっとした問題点である。
話は変わり、神之虚の東地区にある六十階建て宿泊ホテル。
数百を超える客室、十階ごとにある大浴場、映画にゲームセンターにサロンに飲み食い場など至れり尽くせりのホテルはいま現在、地獄と化していた。
ホテルを囲む赤い光とサイレンの音。
パトカー。救急車。人。人。人。人。人。人。人。人。人。
この辺りでは有名であるホテルの周りには、大型バスの往来を考慮した広い空間が設けてあるのだが、そのほとんどが警察車両と人で埋め尽くされている。
野次馬は混雑するほどは群がっていない。A判定を受けたシンカの巻き添えを食らいたくないからだろう。プロ根性剥き出しで現場に近付こうとするマスコミは人財なのやら生け贄なのやら。
事件の内容は単純で、ホテル内にシンカが侵入し殺戮の限りを尽くしているそう。窓から放り投げられたのか、血肉の花がちらほらと地面に咲いている。命辛々ホテルから脱出できた人々の話によれば、内部は更に悲惨であった。
シンカは肉体強化タイプ。人をゴミのように潰し、砕き、裂き、笑い声を上げて楽しんでいるらしい。女子供にも容赦なく、幼児をソフトボール程に固めて、投げ飛ばして遊んでいるような行為もあったと語られた。
何人もの証言から、人体を実験的に弄くり回して殺しているような節が見受けられ、その異常性から即座にA判定を受けたのは云うまでもない。
近くにいた者は片っ端から殺された為、姿に関する情報は誰も得ていなかった。
――――ヘリコプターの音が近づく。マスコミの空撮ではない。それは輸送に使われるような軍用のものだ。
ヘリを確認した警察は助かったと安堵の表情を浮かべる。着陸し、中から降りてきた隊員を敬礼で迎える。
自衛隊ではない。彼らは対シンカの為に存在する討伐隊だ。真っ黒なプロテクターと顔も見えないヘルメットに包まれた姿は、安心感と同時にどこか恐怖心も揺さぶられる。それは行動にも表れており、他の者には一切目もくれず総勢七人の彼らは機械的にホテルの入口へと向かってゆく。
無視される警察は特に何も思わない。彼らはそういうものだと、昔から語り継がれているから。
――――討伐隊はホテルのガラス扉をマシンガンで撃ち、そのままの歩調でぶち破り、中へと侵入。
周囲を警戒しつつエントランスを進み、外から此方を視認できない廊下まで来て、彼らは歩を止めた。
二人ずつ前方と後方を見張り、二人は連絡と荷物の準備、残りの一人は装備を外す。
その一人にとって、ただ姿を隠すためだけの装備でしかなかった。
硬さしか取り柄のない防具など、彼女には荷物でしかなかった。
部下からケースを受け取り支度する。彼女が仕事をする際に欠かせないロングコート、編み上げブーツ。そして、本気で事に取り組む時だけに付けるナックルグローブ。
銃器の確認も済ませる。部下の状況説明も丁度おわった。
「室長、お気をつけて」
その言葉に返事はしない。必要性が無い。
部下もそれは認識している。
「三時間以内に戻らなければ他の戦闘員に対処を頼め。事態が変われば連絡する」
建物の広さと情報不足を考慮しての時間だ。
了解、の返答も待たずに彼女は行動を開始。連絡事項があっただけのことで、相手の言葉など関係ない。
散らばる死体の間を縫い、黒色零子はホテルの奥へと消えてゆく。
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