2-51

 どがばきごしゃ。


「入るぞ」


 戸が開かれる。施錠が解錠されずに開かれる。


「おぃぃぃぃなにしてんだあんたぁあー! ノック知ってる? コンコンってやつ。ここ日本だけどノックの文化は根付いてると思うんですがどうなんでしょうかっ!」


「迎えに来たぞ。どうせここなのだろう」


「無視っ! わかってた!」


 ――時刻、八時半くらい。


 朝っぱらから頬を濡らす俺。そんな俺を枯れ木の枝みたいに軽く横に押し退けてずかずかと土足で入るクロちゃん。


「……ほう。貴様風情にも女がいるのか」


 クロちゃんは珍しそうな目つきで、実際は何一つ変わってないあの目つきで、朝ごはんを頬張る日法を見つめた。

 対して日法はクロちゃんを一瞥して、興味が無いかのように白米の咀嚼を再開する。


「粗暴で無作法な非常識さん。朝から何事かしら。人として会話が成り立つのかわからないけど、まぁ人の形はしているのだから一応尋ねてあげる」


 俺の中の哺乳類たる本能が悲鳴をあげていた。誰に対してなんという口の聞き方をしでかしてしまったのか日法さん。正直、逃げ出したかったが、そうしなかったのは彼女を守らねばという幼なじみとしての優しさからだ。本当はビビりまくって足が動かなかった訳ではない。……ないっ。


「…………」


「…………」


 ……部屋全体の空気が重い。この雰囲気が外に漏れているのか知らないが、先ほどまで外で鳴いていた小鳥の囀りが聞こえなくなっていた。

 何を考えているのか、クロちゃんは隅っこでいびきをかく妹ではなく、日法に集中している。


 毎度のこと憤怒を思わせるその目つきは、先程の言葉使いに対して死刑を宣告しているのか。もしくは俺に向けているものと同じように、人類最強の直感が訴えているのか。あとクロちゃん、真夏だというのに黒のロングコートは暑くないのか。


 日法は白菜の浅漬けぽりぽり。


「……ふん。まぁいい」


 そのまぁいいは何のまぁいいなのでしょう。


 クロちゃんは詩雄の頭を靴で小突く。しかし昨日、夜遅くに帰ってきた詩雄はその程度では起きない。

 何やら腹が立つ事があったらしく、しばらく都市部でハッスルしていたと帰宅時に言っていたから、まだまだ寝続けるだろう。朝のニュースには崩れてぐちゃぐちゃになった建物とか暴れまわる少女らしきぼやけた姿などの様々なスクープ映像が流れている。


「っ、面倒くさい」


 言って、妹を片手で持ち上げ、肩に担ぐクロちゃん。


「邪魔をした」


 そして早々に部屋から出ていこうとする。


 目的を達成する事しか考えていないクロちゃんは、いつも嵐みたいにやって来ては散らかして去っていく。他者への人権尊厳など関係なしの唯我独尊天上天下。傍迷惑極まりないがそこに痺れるぜクロちゃん。でも二度と来ないでくれクロちゃん。


「――ところで、一つ尋ねるが」


 玄関を出た所で、クロちゃんは肩越しからこちらを睨む。


「貴様、最近なにかあったか。目の色がいつもより気色悪くない」


「――――――……いや酷いわ、あんたそれ。いつもそんなこと思ってたんですか……。何もないですよ、何も」


 相変わらず洞察力が鋭いこって。嫌ってる筈の俺の事でさえ見逃さないんだもんなぁほんと。


 ……目の色が違うか。まぁ、仕方無いのかも知れない。無意識にまだ昂っているのだろうか。


 俺は自分の日常を守るためなら、害悪な存在は遠慮なく皆殺しにするつもりなのだから――――


















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