3-5

「――――――」


 なんと言ったものか。こんなにも早く呆気なく、ドラマティックな展開も無しに見つかってしまうとは。気構えていた訳ではないが、あまりにも唐突だったのと、ゲームを楽しむ相手の自然さに真子の心は呆けてしまった。

 歳は自分と同じくらい。ダボダボの上下スウェット。栗色のショートヘアー。注視間違いなしの整った顔立ち。全体的に小さくてお人形のよう。


 別段、見た目のレベルが高い少女がゲームに熱中しているだけの、さしておかしな光景ではない。しかし当然のことながら、周りに死体が転がっている中での其れは正気の沙汰では無く、少女の手元もよくよく見れば赤黒く染まっていた。

 真子が感じた自然とはある意味、自然であればあるほど不自然といえる。


「……ねぇ」


 零子を待とうかと思ったが、けれど好奇心から声をかける。自分も一般人ではないし、相手は此方より小さい。抵抗されても何とかなるだろうと単純に思った。


「――んー?」


「――――」


 か、可愛い……、と真子は今を忘れて心の中でときめいた。

 見開く、猫のように大きな眼。幼さが残る屈託のない表情。小動物を発見した感覚だった。


「……うぎゃああああ! 穴だらけキモッキモッキモッ!」


 そして小動物よろしく、そそくさと逃げられてしまった。


「あ、待って。てか超キズ付く……」


 内心泣きながらに真子はゲーム機の横を駆け回り、縫うように後を追う。僅かに後ろ姿が見えては消え、また見えては消え、の繰り返し。


「ねぇ。待ってって……、え」


「隙ありいいい――っ!!」


 その過程、五度目に角を曲がった瞬間、拳が顔面に激突してきた。言わずもがなそれは少女の物だった。

 鋼鉄の球がコンクリートにぶつかった様な音――走っていた慣性と相成って真子の頭蓋は激しく揺さぶられ、視界は否応なくチカチカと点滅。困惑する意識で自分が浮遊していることを感じとるが、それを理解した頃にはUFOキャッチャーに衝突し、意識は再び途切れてだらんとぼろ切れのようにくたびれる。


「――――」


 なんだ、何が……。予想だにしない唐突な暴力に真子は未だに困惑している。確か自分は探し物をしていて、それが見つかったから追いかけて、そしたら殴られ――ああ、殴られたのか。

 虚ろな思考で順を追った答えに、不思議と落ち着いていた。脳が揺れすぎたのか、理解が追い付かないのか、周囲がぼやけてスロー再生であり音さえも聞こえない。


「ぐわっはっはっは。ちょいぐだぐだだけど、追い詰めたと思ったら仕返しされたの図、こういう時って大抵びーじーえむ一瞬途切れるよね。あの演出マジ最高。……って、ありゃ、おっかしぃなあ、なんで首繋がってんだろ……いや、つか今更ながらお姉さんシンカじゃね? そんな姿で生きてられる奴なんかいるわけ無いしー?」


 焦点も合っていない涎を垂らした真子をよそに、少女はのらりくらりと近寄る。砕け散らばったプラスチックもアクリルも素足で踏み潰し、珍しいものでも見るように中腰で下から覗き見る。


「ほぇー、本当に会えるもんなんだね。お母さんの言った通りだ。水に触れた者達は同じ故にお互いが引き合う――こうして考えると、あたしの周りってお兄ちゃん以外にも何人かいたのかも」


 しゃがみ、そして正座して少女は真子と向かい合う。感慨深く真子を眺めては、察するようにふーん、と呟く。


「――でも、やっぱ違うんだ。うん、なんか違う、あたしらとは。どちらかと言えばお姉さんの方が純正なんだよねぇー本当は。あたしらは紛い物。でもところがどっこい、そんなあたしらはその上をいく。特にお兄ちゃん――アレはもう次元が違いすぎるわー。羨ましい悔しい格好いい結婚したい」


 シンカ繋がりからか身の上話しを始める少女。真子の事を脅威とも思わず、中空を見つめながら懐かしむように淡々と語る。


「ここだけの話し。お母さんもお兄ちゃんがあんな力を持つとは思わなかったみたい。初めての妊娠だったから気持ち込めすぎたのがきっかけらしいけどそれでも行き過ぎだ、って。まるでお兄ちゃんがそう望んだみたいとか何とか。実際お兄ちゃんを産んだ後、お母さん疲れ果てて一年間寝込んでたってゆーし。人間でもないくせに」


 つらつらと出てくる秘密話し。相手が親戚シンカからなのか、弱っているからなのか、そもそも敵として認識していないのか。もう真子にさえ目線は非ず、遠い昔、とは云っても数年前からの記憶の旅行を楽しんでいる。


「そんで、あたしよ。あたしの場合は気を付けたらしいけど、なんかそれもどうかなーなんてさ。確かにこの力も魅力的だけど、お兄ちゃんのより劣るっつーかなんつーか。あたしのはあたし次第だけど、お兄ちゃんのは何か違うものが混ざってるもん。うわっマジかっけぇぇ…」


 へらへらしてもう真子程度はどうでもいい。真子自身もまだ意識は混濁のままに、夢でも見ているかのよう。

 その実、真子の顔面の損傷は悲惨なものだった。鼻骨を真正面から打ち砕かれ、その骨の欠片に加えて数発の弾丸が中身を通過して後頭部の皮で止まっている。それはつまり、真子の顔の中心は皮で隠れているだけで、その下には穴が空いているのと大差は無い状態だった。

 真子自身もそんな事はわかり得ない。元より、脳幹さえも傷付いてしまった意識にまともな判断など皆無。未だ死に絶えていないのは、彼女がシンカであるからだけだった。回復など見込めずただただぼうっと、虚ろにうなだれ、遅い死を迎えるだけの人形となってしまった。


 このまま無様に追い討ちを待つだけか。そんな状況を打破するは、やはり第三者が必要であろう。少女の後頭部に銃口を突きつける、黒色零子の様に。


「――!?」


 少女は喫驚して振り返った。思い出に浸っていたとはいえ全く気配を感じなかった。

 零子は対面してなお脅威を感じ取らず、そのままに問いただす。


「貴様か。この騒動の発端は」


 しかし問いというよりは決めに近い。実に彼女らしい。


「――……で? だから何?」


 気配が無かったことに慌てたが、けれど此方の優位性は揺るがなかった。傲慢、それがまかり通ってしまうほどの暴力を、少女は確かに身に付けている。


「てかてかぁー、その位置的に撃ったら、お仲間……さん? にも当たっちゃうと思うんだけどー?」


 しかし黒色零子は唯我独尊。小娘ごときの戯言に付き合う気はなく、またもや躊躇いなく引き金を引く――。


























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