2-40
「気になる? 気になっちゃう? だよなぁ。一体どんな方法で、って思うよなぁ」
可笑しかったのか、再びにやけ面になりだした上憑。こちらの表情を確認しての事だろう。きっと、今の俺の顔は、相当に焦っていたに違いない。
「でも、それは教えられないなぁ。仲間になるってんなら、話は別だが」
「…………じゃ」
「付け加えるが、余計な計画立てて上っ面だけで仲間になっても駄目だぜ。うちにはそういうの感知できる奴がいるからね。嘘ついたら、わかるな?」
被せて言い放ってきた。……読まれていたようだ。
「……あんたら、自分達が何をしようとしてるのか、その意味が、本当にわかってるのか。だいたい根拠は。星が望むなんて何故いいきれる」
「言えちゃうんだよ詩乃君。僕たちはちゃんと、意志を聞いたんだ」
「――意志を、聞いた……?」
「そうさ。言っとくが狂言なんかじゃないぞ。ちゃんとそういう“存在”から聞いたんだよ」
「ア゛――!?」
発してから思わず口を手で隠す。
奇声に似た俺の反応に、周りの客が此方に何事かと目を向けてきた。心配して駆けつけて来た店員に、上憑は何でもないと言って誤魔化す。
「……びっくりしたなぁ。いきなり変な声だすんだもんなぁ」
「――――!」
「くひひ。ねえ、詩乃君。きみ、なにか知ってるんじゃないか?」
……初めてだった。今まで、こんなにも踏み込まれた事はなかった。
それ以前に、自分だけの秘匿に近付かれた時の態度とはこうも容易く瓦解してしまうのかと、現実逃避じみて思考を優先してしまう。今の俺には肯定も否定もありはせず、ただただ子供のように黙るしかなかった。
……いや、口を開く事自体に、恐怖していた。下手な言葉によって知られてしまうかも知れないという想像が、とても恐ろしく感じた。しかし。
「図星かい?」
たとえ黙った所で、今はそれさえも返答になってしまう。
上憑は極上のしたり顔。思わぬ収穫に悦ぶ詐欺師のよう。
「君さぁ、やっぱりただの人間じゃないよね。廃ビルの時から違和感はあったんだ。こいつは妙だな、てさ。ねぇ、君はシンカなのかな?」
「――――」
「あの時はそれらしい仕草が見れなかっただけかも知れないが、もしシンカじゃないのなら、そっちの方がとても不可解になるなぁ。ねぇ、どうなの?」
「――――」
「ははは。もう喋れないか。ああ、いいよ、それでもいいさ。僕たちの計画には時間に限りを付けちゃいないからね。ゆっくりじっくり、させてもらおうか」
そう告げ、上憑は席を立つ。
「じゃ、これ以上は無意味だろうから、僕は失礼させてもらうよ。一応、僕はよくこの辺りにいるから、話がしたかったらぶらつくといい。此方も君を逃すつもりはないから、簡単に会えるだろう」
にこり、と彼は初めて会った時の微笑みを浮かべる。――見たくない。もう、見れない。
「今の時点での支払いは済ませておくよ。悪いが追加を頼むなら、それは自分で払ってくれ。――じゃあね、詩乃君。また会おう」
ひらひらと手を振り、上憑は軽い足取りで店から出て行った。
残された俺は未だに口を隠し、微動だにする事も出来ず、彫刻めいて固まり続けている。周囲の様子が理解できていても、今は何も視えない、何も聴こえない。自分という殻に閉じ籠るように、俺の思考は己以外を断絶していた。
……情けない。そう思った。
俺だけの、俺の家族だけのものを、相手も知っている。一から十までを知っているかはわからない。しかし口ぶりからして、殆どをわかっているようだった。
決して有り得ないと勝手に信じこんでいた。こんな事は自分たちだけだろうと、自分たちにしか起こりえない出来事だと。
それがどうだ。
見ず知らずの男が
……動揺を抑えきれなかった。誤魔化すなんて、微塵も考えられなかった。自分だけしか許していない領域を踏みにじられた気分。ここまで隠し通してきた自分が、馬鹿馬鹿しく思えてしまう。びくびくする事もなく自分なりに送ってきた日常が、全くもって普通ではなかった事が再確認されてしまった。
その事に対しての……今の状況。俺って、こんなにも脆かったのか。
「――……」
………………しかし、切り替えろ。悩んでも意味は無い。俺がやるべき事はいつもと変わりなく、対象を逃さない事。あいつの組織はまた別として、俺の顔を知った上憑斗真には、消えてもらわなければならない。
こんなにも必要性を感じたのは初めてだ。使命感に近い。俺が俺としての日常を守る為にも、あいつには死んでもらわないといけない。
だがその前に、どこまで知っているのか詳しい話をさせねば。ここが一番重要だ。
「…………っ!」
最初に思った。上憑の言葉から始めに連想され、そして動揺が出てしまった理由はやはり、母さんだ。彼女が関係していると、思ったからだ。
二年前に姿を消した、母さんが。
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