2-39

「――――あんた、なにもんだ」


 無遠慮。この人がなんなのか、先程の発言からだいたい理解できた。もう、そういうモノと認識する。


「凄むわりには食事を再開するんだな」


「まあ」


 真面目な目付きで相手を見据えながらもぐもぐ咀嚼。ステーキを平らげ口元を拭い、毅然とした態度で改めて向かい合う。


「いいか?」


「嗚呼」


「もうわかったみたいだが、僕はシンカだよ。詩乃くんに話がある訳だが……ああ、因みに下手な事はしない方がいい。君以外の人をバラバラにするなんて、一分もかからないから」


「……」


 つまりそのレベル。そして、さも当然といった面持ち。多分、A。

 隠す必要も無くなったのか、言葉がやや乱暴になってる。これが本性のようだ。


「黙ったな。やはり君は平和を望むたちみたいだ」


「あんたと一緒にすんなよ。ライターも、俺に近づく為の嘘か」


「まあね。でもシンカになる前は本当にライターだったぞ。売れちゃあいなかったがな」


 くはは、と上憑は笑う。


「……何が目的だよ」


「目的か? 何だと思う?」


 くふふ、と今度は愉しむように笑う。……どいつもこいつも人を馬鹿にした態度を取りやがって、シンカって奴は。


「早く言えよ」


「せっかちだなぁ。若いくせに。――詩乃くん、僕は君を勧誘しに来たんだ」


「――――は……?」


 勧誘……と言ったか?


「そっ。勧誘。君に仲間になってほしい」


「……コンビを組めってか」


「違うなぁ。そんなちゃっちいもんじゃない。僕たちって言ったじゃん?」


 自分のコーヒーを飲み干し、仰々しく息を吐いて俺を見つめ直す。


「組織だよ。テロリストって言えばわかるな?」


「テ……!?」


 その単語に言葉を失う。当たり前のように言うものだから、息が詰まった。


「うん。テロリスト。シンカだけで構成されていてね、旧人類を滅ぼしてやろうっていう目的で創られたんだよ。けれど、まだまだ人手が足りないんだ。だから、ね?」


 にやついて此方を指差す。

 何がそんなに可笑しいのか、とても不愉快な雰囲気だ。


「……ふざけんな。そんなの、嘘だ」


「嘘なもんか。仮に嘘をつくにしても、もっとマシな事いうね。残念、詩乃くん」


 心底、馬鹿にしたような笑みだ。ただこの笑みを見るだけなら、優しそうな印象しかない。しかしこれだけの言動をしておきながらの今は、俺には邪悪にしか映らなかった。


「無くはない話だと思うぜ? シンカやテイシ絡みの事件なんて、数は少なくても珍しいものじゃない。生き辛いこの世界では、みんな考える事は同じなんだよ。僕たちも所詮、その延長線だ」


「……ふざけんな。軽く言いやがって。そんなの、許される筈がないだろ」


「はは。そうだね。許される筈はない。――でも本当にそうなのかな?」


「は……?」


「詩乃くん、これは革命だよ」


 上憑は肘をつき、前のめりになって語り出す。


「この世界には様々な革命が起きた。奴隷、平民、貴族、王族。始めはそうだった。他にも白人、黒人。中には民族、部族。右翼、左翼でもいい。同じ種族でありながら、人間は見た目と価値観から様々な区別差別を要してきた。しかし今はどうだい? 少々の隔たりは残っていても、境界線はほぼ無くなっているだろう?」


 気づけば上憑は真面目な顔つきになっていた。妙な威圧感が眼球に突き刺さる。


「それは革命が起きたからなんだよ。争い、語り、働き、多種多様な頑張りを経て勝ち取ったものだ。意味も必要もないのに作り上げてしまったものが、正しい在り方へと回帰した。それらが無かったら、今の世の中は想像もできない程に荒んでいただろうね。――僕たちはな、“ソレ”をしようってんだ。現在をシンカ《ぼくたち》で統一して、新しい世界を創造したいんだよ。わかるね?」


 わからない。わかりたくない。


「今の世の中を見ろよ。シンカは否応なしに悪者扱い。化物、怪物。見たくないから管理所なりゴミ箱にポイ。悲しい話さ。先に進化した生き物、古来から続く間違いの無い過程を踏んだ存在を、世間は煙たがっている。おかしいと思わないかい。僕たちただ進んだだけなのに」


 進んだ。ああ、その表現は間違いじゃない。シンカとか人体の進化。そこにはなんの非もない、正しさも、間違いも。

 しかし、だからといって正義じゃない。上憑の誇った面に、頭蓋の中がもやもやする。


「進化の水は星が変革を望むが故の、人類に与えたチャンスであり選定の証。つまりシンカは星に選ばれ、星が夢描いた生物そのものなんだ。だとするなら、未だに進化の水に触れられていない者、またはテイシは、星に望まれていない生物だ。望まれていないならそんなの、生きている必要がない」


 ……狂ってる。


「でも君は、今の時点ではまだ早とちりしていると思う。だからと言って僕たちはシンカ以外を片っ端から根絶やしにしようとはまだ考えていない。選定を受けるべくしてまだ受けられていない者も中にはいる筈だ。だからまずは、水を世界中にばらまこうと計画しているんだ。人手が必要なのはそれが理由なんだが――」


「待て」


 そこで、俺はやっと口を開いた。聴きたくもない詭弁の続きが気になってはいたのだが、どうしても避けようのない発言が耳に入った。


「水を、ばらまく……?」


 それはつまり、こいつらは、水を保有していると意味に取れる。


 進化の水自体が未だに詳しく解明されていない理由。それは水の発見が難しい事と、採取できたとしてもすぐに消失してしまう事にあった。

 消失とは文字通り、どんなに強固に密封していようと、開封した時には姿形が消え失せているというそのまんまの意味。

 中が見える透明の容器に入れて観察してみれば、水は瞬く間に量を減らしていき、やがては綺麗さっぱりと無くなったという。まるで、幻覚でも見ていたかのように。


 過去に数回、採取した時の記録だ。水の研究は当然の如く計画された。しかしいざ行動に移してみれば、結果はこのザマ。新しい発見があったと言えば間違いではないが、根本的な解決は出来ないままである。

 未だに完全なる採取を成し遂げようと躍起になっている人もいるらしいが、成功したという報告はなく、また今となっては大して誰も期待していないのが現状である。国のホームページも水に関しては特に進展はない。


 ――なのに。こいつらは水をばらまくと言った。それを使用すると言った。自分達の資材を解き放つ、と。


「詩乃くんは何やらシンカに詳しそうだから、その反応も頷けるよ。そうだな、そうだよな、水はそう易々と手に入る訳でもなく、保管するのも不可能な代物。それを使う――使えるという事がどんなに不可解か、君ならわかるだろうね」


 わかる。わかる、が。

 俺の知識……母さんから教わった知識からすればそれがどんなに謎で恐ろしいものか、お前はわかっているのか。


 いや、そもそも。もしかしてお前は。


 ……“知っているのか”……?


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