2-37

 ……誰にだって、言いたくない事、話にしたくない事がある。苦い、恥ずかしい、悲しい、など。大抵はネガティブな方向性。


 そんな話題がこぼれてしまった時、決まってその場の雰囲気はどんより。口に出した当人も聴いた周りもどんより。気を遣い遣われの気まずいムード。

 けれど中には、気を落とすよりも先に怒りを燃焼し始める者もいる。例えば、黒色零子とか。


「……はぁ」


 ――用は済んだ。帰っていいぞ――


 ……そう言われ、商店街から離れて取り合えず大学へと歩く、現在の俺。

 許可を得てからの行動は我ながら素早かったと思う。席を立ち失礼しましたと告げて店から出るまでにかかった時間、およそ四秒。あのしんみり空気を発生させてしまった元凶である故に、一刻も早く退出もとい逃走せねばならなかった。


 店を出てからも商店街を足早に去る。気が変わって俺を叩きのめす為に、追いかけてくるかも知れないクロちゃんに捕まりたくないからだ。まぁ、流石にそこまではいかなかったようだけど。


 そして、特に用事は無くなり。

 他にやる事もなく、仕方がないので大学のパソコンでてきとうに何かしてようと決め、今に至る。マンガ喫茶? そんな勿体ない事しません。


 ……ともあれ、二人の意外な過去を聞いてしまった。あんなの、雰囲気が落ち込んで当たり前だ。悪い事したな。


 ――吸血鬼事件によって遺族、また知人を無くしたという者は、大雑把に見ても被害者の何倍にも膨れ上がる。元々の数が数な訳で、その人数は計り知れない。

 それも、吸血鬼の恐怖が世界規模で伝播している要因の一つだ。まるで空気感染していく病原菌みたいに。


 最初は違った。当初は大半が怒りに身を任せて、政府や警察にもっと頑張れと詰め寄ったり、業を煮やして個人的に捜査したりメディアに駆け寄ったりと、様々な運動があった。討伐隊なんて自警団も結成されてたっけ。

 でもそれが続いたのは三年くらい。何一つ手懸かりなく、犠牲者だけが増えていく中、蜂起しておきながら無責任にも市民の怒りは冷えていく。

 ゴールの見えない正義に疲れたのもあるが、やはり結局は恐怖が勝ってしまった。


 あまりにも多すぎる死人を前にして、脆弱な人間に抗い続ける心は無い。――自分たちに意味はあるのか、いつかは自分たちが――。

 不安が怒りを覆い尽くし、やがて恐怖に変わり、元の鞘に収まる。そして事件の内容を、ただただ見つめるだけの視聴者と成り果てましたとさ、まる。


 でもいいんだ。誰も何も悪くない。

 触らぬ神に祟りなし。どうしようもないものは、否応無しにどうしようもない。ならば自身の心配こそが第一。危険物は刺激しない方がいいのさ。


 ……それにしても、吸血鬼なんて単語を聞くのは本当に久しぶりだな。今や報道さえ規制されているご時世って事もあるけど、他愛ない笑い話にもされないから。


「…………」


 ――同族を殺し続けるって、一体どんな心境なんだろうね。


 例えば獣。彼らは縄張り争い、種の保存の為に同族を殺す。

 しかしそれは、彼らにとって必要な行いだ。縄張りを持たなければ安定して食料にありつけない、力無しと判断されれば孤立する。己の遺伝子を残したいのは生き物としての理、故に邪魔するものを許してはならない。そうしなければ、生きていけない。


 例えば虫。彼らも同族を食い殺す。

 カマキリが一番よく聞く話だと思う。メスがパコパコしたオスをパクパクしちゃうあの話。でもやはり、理由はある。メスは子供の為に、子孫の為に、オスを栄養素とする。そしてオスもそれは理解しており、種の為に黙って受け入れる。自分カマキリという存在を残し続けようとする、彼らにしかわからない彼らだけの本望。テクニックが気に入らなくて腹が立った訳じゃない。


 そして人間。この種族はどうにもならない。

 俺たち人間が同族を殺す時の理由、こればっかりは納得の仕様がなく。金に困った、ムカついた、一生一緒に、なんとなく。理由はあるよ、理由はね。でも人間の場合はちょいと歪んでる。

 殺す程の必要性が無く、真っ当な解決策を見てみぬふりして煩悩に任せるまま、己がストレスを抱く相手を亡き者とし、自己の救済と成す。これが殺人の本質的な理由。簡単に言えば――殺したいから殺す。

 戦争には大義名分が有るようだけど、それは後付けで正当化しているだけ。何より開戦の理由なんて結局、気に入らないだの報復だのおまえ黙れだの、学生同士の喧嘩となんら変わり無い。


 そこに至るまでの過程なんて知った事ではない。そんな結果を生み出す以上、思考回路にはただ殺すの電気しか流れていない。


 理由なんか関係無い。だって、そうしたいのだから。


 高い知能と豊かな感情を身に付けてしまった所為だろうか。人間の同族殺しには信念が無く、意味も無ければ価値もない。……いや、有ればいいという訳ではないんだけど。


 話を戻して。そう考えるならば、吸血鬼はただ殺したいがままに、数百という命を奪い去っている。おまけに血を吸い取るなんて凶行ときたもんだ。

 何を考え何を思い、殺人を行い続けるのか。少なくともイカれてはない、じゃなきゃ何年も影一つ掴ませずに逃げ延びるなんて不可能だ。ならば思考は安定している。その上で、人の血を吸い続ける。――くそったれだ。


 ああ……なんかクロちゃんを応援したくなってきた。まずは見つけないと駄目だけど、あの人と詩雄が組めば、吸血鬼といえど敵わないだろう。俺が知る限りの最強コンビだ。なんだったら国一つ落とせるんじゃ……いやいや言い過ぎ……言い過ぎ、かなぁ……?


 うう、なんか頭痛くなってきた。あまり冗談に出来ないんだよな、あの二人は……。






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