2-35
「どうだ。お前も感付くのだろ」
「ん、何がヨ?」
「この嘘つきだよ」
ぞんざいにタバコで俺を指す。臭いし失礼だからやめて。
「どこが嘘つきネ」
「初めて顔を合わせた時から思ったが、こいつの雰囲気は妙だ。ガキのくせに達観している。反応も他とは違う。いまお前が感じたのと同じだよ」
げっ、しまった……そこまで思われていたか。母さんのせいで見方が変わってるから、シンカやテイシが絡んでいてもああそうですかで終わってしまう。これからは気を付けねば。
……思えば、初めてクロちゃんに会った時に言われたな。
――貴様、どういうつもりだ――。
初対面の相手に開口一番、それだよ。年下のガキであれ、礼接のなっちゃいないダメな大人の見本みたい。いやそれ以前に人として如何なものだろうか。いきなりそんな事言われたら絶句しかないよ。
けれど、彼女は顔を合わせた瞬間から感じ取っていたようだ。俺が普通じゃない事を。
「はじめはそだったけど、考えてみれば全部ゼロ子が悪いネ。ゼロ子一緒にいれば誰だって危機感なくすネ」
「……どういう意味だ」
「第一位様は違うという事アル」
ですよねー、と取り敢えず乗っかる。そして睨まれたので急いで顔を逸らし防御態勢。
クロちゃん、貴方の立場が仇となったな。
撃滅戦闘員にはランクがあり、その人物の戦闘能力から数字で順位を決めている。
全世界共通、百数人いる戦闘員の中で定員は十位まで。シンカにも使われている判定と同じものと考えていい。
わざわざ付ける必要があるのかという此方はゲーム感覚を否めないが、だがその実……ゲーム感覚そのものである。
このランク付けは非公式……非公式の組織内で更に非公式とか訳わからないが、これは戦闘員と国の上層部の間で広まる遊びなのだとか。
戦闘員の仕事は国内だけに留まらず、応援要請があれば国外にも及ぶ。公の場で暴れる者の処理、隠れ潜む者の捜索ならびに処理。大概は後者だ。
大人の事情により自国の中だけで済ませたい働きはあるらしいが、シンカの狂暴性や能力から考えてどうしても手を借りたい状況が出てくる。
つまりそれだけ有名という意味に繋がり、その点に関しても反映が為される。何より実力がなければ国外要請はかからない。
そこで我が国が誇るべき第一位様、黒色零子。彼女は全戦闘員中最強であり、一番の働き者である。
頻繁に海外からお呼ばれされてる訳ではないが、そもそもそういった事態が僅かなのだけど、でもその時は必ずクロちゃんの名前が上がる程。
実際に見た事はないけど、彼女の戦闘は苛烈らしい。詩雄曰く、強烈で無慈悲、戦略的で狡猾、人間らしく人間らしからぬ闘いなのだという。……格好よく言ってるつもりが、聴いてる此方にとってはちんぷんかんぷん。なんのこっちゃだ。
でも、実力は確かであるのは間違いない。詩雄を完膚なきにまで叩き伏せた事実が、俺にとっては十分すぎる証明だ。
「貴様らが勝手に付けただけだろう。私には関係ない」
「ゼロ子がそうでも、周りの目は違うネ」
自身の評価は他人が付けるもの。自分で自分を評価しても、それはただ救いを求めるだけの慰め。ストイックな発言は誉められたいという無意識な、または意識的な自己満足。根源から見れば虚しくてイタイタしいだけの行為。
クロちゃんは本当にどうでもいいんだろうけど、その周りはそうはいかない。彼女という存在を、俺たちは軽く見れない。
「強い人がそばにいると、じぶんも強くなった気になるネ。なんだっけ……虎の威を借るキツネ、ってやつカ?」
ロンさん、ある意味それは俺への嫌みにも取れるんですけど……。あと、その虎が一番狙ってるのは狐なんですけど……。
「ふんっ……もう勝手にしろ」
呆れた面持ちでタバコを消すクロちゃん。ちらりと俺を見ながら、タバコを灰皿にぐりぐり。まるで、覚えていろいつかこうやって潰してやる、とでも伝えているかのよう。……冷や汗一つ。いや、三つ。
「そ、それでは黒色さん。そろそろ話の本題に戻ろうでは御座いませんか!」
「言われなくてもそのつもりだ」
ぶちゅん、タバコは潰された。
「小娘に手伝わせているのは、奴の成長具合を見たいからだ」
「成長って……いつも研究所で見てるじゃないですか」
「内での成果が外で伴うかを見たいんだよ。元より、そうでなければ生かす意味が無い」
妹に対してとんでもない事を言われる兄こと俺。しかし、やはり特になんとも思わない。むしろあの場で殺してほしかった気もする。
「ほぼ放任しているが、これも歴とした研究だ。妙な邪魔や影響を与えるのは、くれぐれも控えるように」
「邪魔も何も。俺はあいつと関わりたくないんで、喜んでシカトさせてもらいます。あ、でも流石に俺の身辺に被害が被りそうだったら、ある程度は事に運びますからね」
「その点に関しては此方も留意している。もし手に負えないと感じたら私を呼べばいい。こいつにも話は付けてある」
「はいナ」
ロンさんはぴょんと跳ねて手を真上に伸ばす。同業者ならば彼女も戦闘員。ちっこい体には似合わない力を秘めているに違いない。片方に中華鍋、片方にお玉、相対するシンカはマーボーの辛みに泣き喚く事だろう。……違うか。
「因みに、ロンさんの実力はどの程度で?」
「第三位アル」
「えっ!?」
驚愕する俺に向けて元気よくえっへんの姿勢。見た目にとてもマッチしていた。
「すげぇ……黒色さんと二つしか違うじゃないですか」
「ニャハハ。なんかテキトーにはしゃいでたらこうなってたアル。むしろ料理の方に専念してたんだがナー」
マーボーだ。間違いない。知らぬ間にマーボーで敵をやっつけてたんだ。四川、恐るべし。
「……シノ、なんだその微妙な顔」
「いえ、別に」
「侮らん方がいいぞ。こいつの実力は本物だ」
と、横からまさかの称賛。クロちゃんが他人を誉めるところ初めて見た。いつもゴミ虫みてるような眼差しなのに……あ、俺だけか。
「話を戻すが。もう一つ。奴は最近調子に乗っているのでな。下手に刺激を与えるな」
「それはわかってます。よぅくわかってます」
一応は兄ですから。あの狂った殺人鬼の性格は嫌でも理解できる。
「……それにしても、あんな奴まで使って吸血鬼を追うなんてなぁ。黒色さん、何か怨みでもあるんですか?」
「…………」
「…………」
あれ、何でか急に黙りムード。ロンさんまでも何故か真剣な面持ちになってる。
「……私は師を殺された。こいつは友を殺された。それだけだ」
やべ、地雷踏んだ……。
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