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「ニャハハハ。なるほどなるほど。シノも大変アル。ゼロ子に目をつけられたら、星の裏側に逃げても意味ないネ」


「笑い事じゃないですよ……。黒色さん、いい加減、俺まで疑うのやめてもらえません?」


「何故だ」


「いや、真顔でそんな……」


「貴様は十分に疑わしい。ならば見逃す訳が無いだろう」


「いやでも、もう二年も経つんだし……」


「たった二年、だ。何より、疑いを持たれた者とは死してやっと容疑が晴れるものだよ」


 その考え方は絶対違うと思います。なにその天秤の役割を無視してぶっ壊す勢いの偏り。偏見にも程がありませんか。

 て言うか、容疑が晴れても本人死んでんじゃん。いや、言いたいことはわかるよ。


 死んで何もかも無くなってしまえば手の出しようがない、真相を突き止めたとしても当人は存在しない、いないものを疑っても無意味。むしろ猜疑心の意義が失われている。だから死亡したその時点で晴れて無罪放免と云いたいんでしょうねきっと。


 ……ひっでぇ。

 つまりそれって、証拠と動機が無くアリバイも成立して推理小説的な展開さえ一切無くとも、黒色零子に睨まれた者は生涯を終えるその時まで、彼女だけの容疑者という訳だ。その対象になってしまった者には御愁傷様としか言いようがない。無論、俺の事。


「でも、ゼロ子の感は侮れないネ。そうやって暴いたシンカもいるネ」


 かくして、当たり前に話に混ざるロンさん。


 彼女の素性、詩雄と俺の関係、クロちゃんの俺を見る目、互いに知らなかった部分を教え合った今では、気がねない会話が発生している。……この人もこの人で緩いな。俺、国の秘密いくつも見たり聞いたりしちゃってるんですよ?


 そんな、良くも悪くも人の良いロンさん。腕は立つのに売れない料理人だとばかり認識していた彼女は、実はクロちゃんと同業者だった。


 ――手に負えないと判断されたシンカを抹殺する為の、か弱い霊長類の守り手。各々が自国に管轄を置かれた、対A判定シンカ撃滅戦闘員。けれど対象がA判定で無くても、被害拡大が予想されるならばそちらに対しても要請はかかる、謂わば人類の用心棒。


 特に大きな組織図でもなく。戦闘員と連絡を取る国家の幹部が数人いて、頼まれたクロちゃんたちがいて、サポート役の人たちがいて、という簡単な仕組み。電話一本で始まり、電話一本で終わる。こうやって言うとデリバリーみたいだな。


 極秘機関という割にはとてもしょぼいかも知れないが、けれどそれでよいのだ。

 基本的に戦闘員は最終手段であり、現場の事は警察か自衛隊が解決する。と言うかそうでなければならない。彼女らは世間に正体を知られる訳にはいかない、秘密のスーパーヒロイン並びにヒーローなのだから。


 ……と言えば聞こえはいいが、実際は殺し屋と言った方がいいだろう。実際、殺すのが役目だし。相手が魅力的なシンカならば、誘拐犯になったりもする。

 国を守る為に戦うクロちゃんたちが秘密にされるのは単純に、シンカに顔を知られると警戒されてしまうからである。――が、大半の理由はもう一つの方。


 研究施設。自動的にその存在を見せられてしまう戦闘員にも機密保持を強要され、その流れで彼女らの本職も隠されるのだ。

 捕縛に大掛かりな機材を使うには他人目がつき、殺すにしても町中にミサイルを撃ち込む訳にはいかない。そうして出された案が、単体で対抗できる闘争に秀でた人間の行使というわけ。

 ……軍でも手を焼く存在に人間一人ぶつけるのは色々と矛盾、むしろ無茶無謀だが、過去に完遂させちゃう人がいたのだから困ったものだ。その歴史が続き、今に至る。


 戦闘員として雇われる要因は三つ。強い、身寄りが無い、口が固い、単純でしょ?


 中でも重要視されるのは、やはり強さだ。戦闘員と称されるのだから、当然に戦闘が出来なければならない。

 しかし、求められる強さはただの軍人程度では足りず、まさに百戦錬磨の猛者である必要がある。


 俺個人の考えではあるが、人外としか形容できない力量と技量を有していなければならない筈だ。クロちゃんを見ているとそんな気がしてならない。なにせ相手はシンカ、現代の常識を覆す存在なのだから、対抗する力も常識に収まっていては元も子も無い。

 非常識には非常識を。ライオンを徒手空拳で殺せるくらいが望ましい。まぁ、それでも足りないけど。


「けどゼロ子。シノは違うネ。シノはただの学生ネ。見ててもそんな感じしかしないアル」


 ナイス、ロンさん。もっと言ってやって。


「貴様の考えも、他の意見もいらん。私がそう思った時点で完結している」


 しかしクロちゃん。唯我独尊。他人など知ったこっちゃない。けれど傲慢や過信からきているのではなく、自分を中心とするそれはもはや信仰に近い。……一体何がどうなって、こんなにやさぐれてしまったのか。


「……はぁ」


「たいへんネ。シノ」


 ニシシ、と悪戯に笑うロンさん。恐らく俺よりも彼女を知ってる故に、此方がどのような状況に立たされているのか理解してのものだろう。笑えねぇよ、ほんと……。


「無駄話はもういいだろ。本題に入るぞ」


 あんたが掻き乱してんだよ。隣の席に座る俺は心の中で呟いた。表面の姿勢は、はいはい勝手にどうぞ。


「あの小娘から、目的は聞いたか?」


「ええ。確か、吸血鬼の手がかり探しですよね?」


 吸血鬼――。世界で一番有名とされる犯罪者の渾名。日本だけでなく外国にまで恐怖を植え付け、影さえ掴めない謎の殺人鬼。


 殺した人間の数は聞いて驚け、実に三百五十八人。殺人に於いて馬鹿みたいなインフレ。快楽殺人か知らないが、それにしたって度が過ぎている。しかしこの数は未だに増える一方であり、そしてあくまで――これは発見された死体の数だ。もし本当の人数なんて答えがあるならば、想像するだけでも恐ろしい。


「黒色さんが吸血鬼を探してるのは知ってたけど、だからって詩雄はないでしょう。犯罪者を探すために犯罪者を使うなんて……。てか、吸血鬼っていま、日本にいるんですか?」


「ひと月経ってはいるが、ほぼ間違いないだろう」


「うげぇ、また戻って来たのかよ」


 事の始まりは日本。目立った外傷も見当たらない死体が発見され、調べた所、死因は失血死。その体からは血が抜かれており、そして首筋には噛み付かれたような二つの牙の痕。

 月日が流れて次々と同じ被害者が上がっていく中、いつしか吸血鬼なんて呼ばれるようになっていった。


 その凶行はこの国だけに留まらず、奴はあらゆる国々に渡って同じ事を繰り返す。けれど何故か、日本だけは滞在期間が長い。日本人の血がお気に入りなのか知らないが。


 でもだからといって、吸血鬼は日本人という訳ではないと広まる風評は、外国からの目を気にした役人たちの健気な働きによるものだ。政治の事はわからないが、日本を何かしら不利にしたくなかったらしい。

 けれど実際、吸血鬼の詳細は誰も何一つ得ていないので、そんな根拠の無い嘘っぱちでさえ自然と受け入れられた。それほどまでに謎すぎる犯罪者。


 ……いや待てよ。そういえば、一つだけわかってる事があるんだった。


 吸血鬼はシンカ、と断定されている。証拠も無いのに、断定、されている。普通ならあり得ない不当な判断だが、それも仕方ない。数百もしくは数千もの人間を吸血しているような輩、誰だってそのように決め付けてしまう。


「発見された遺体は今のところ一つ。混乱を避ける為、世間に公表はしていない」


「でしょうね。そんなのばらまいたら、日本中真っ青だ」


 被害者には悪いけど、その方がいい。下手に刺激して過剰に反応した人間は何するかわからない。しかもそれが国民規模。政府としては面倒くさいだろうよ。


「……シノは以外と物分かりいいネ。吸血鬼こわくないカ?」


「へっ――いや、恐いですよそりゃ。血ぃ吸われて殺されるなんて気色悪いったらありゃしない」


「フムフム、そう……。なんか、妙に落ち着いてるアル」


「黒色さんとつるんでれば、嫌でも肝は座りますもん」


「あー、たしかにそうアルネ。なんだなんだ、それだけカ」


 ……あぶねぇ。クロちゃんと同業者という事で、彼女程ではないにしろ、ロンさんもそれなりに鋭い所があるようだ。


 吸血鬼問題……うちの家族問題に比べたら脅威ではないんだよなぁ。

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