2-24
『――以上、現場からお伝えしました。……ほんとびっくりなのですっ。やだやだ、ようこ怖いよぅぅ。危ないからみんな近付いちゃ駄目だよん。それじゃ、まったねえーー』
ぶつん、と紫逆アナウンサーの実況映像は不快なものとして、テレビの電源ごと消される。おまけに死ね、という罵り。
「あたしあの女きらいだわぁ。三十路のくせにぶりっ子とかあり得ないんですけど。てか死ね」
「同感だわ。あの女を起用する放送局にも理解ができない。きっと立場が上の社員はあの女と寝たのでしょうね」
「……」
ちゃぶ台の両側で、汚い言葉が交差する。混ざる気はなく、混ざりたくもなく、俺は黙々と銀シャリをもきゅもきゅする。
いやまぁ……同性からの意見としてはわからなくもないが、けれど言い過ぎだと思う。相手を嫌悪する女の言葉って、どうしてこうも汚くなれるのだろう。
「それとして。あれが詩雄ちゃんが言ってたビルなのね、詩乃が惨めにリンチされてたっていう。結局、どういう状況だったの?」
詩雄は気を失っていた俺を抱えてアパートに着いた後、日法にあらかたの説明をしたのだろう。ついさっき目を覚まし、既に食事していた両者に加わったばかりの俺には、どんな事を言ったのかはわからない。でも結局とか言われてるあたり、雑な説明だったんだな。
……ていうかこの状況に若干の疑問を抱きつつも、当たり前に食事を始める俺って……。
まぁ、比劇の事を第一に聞けた事だけでもマシな思考だとしよう。話によれば詩雄は病院の前に放置してきたらしい。ぞんざいな扱いだが、住まいがわからないからそこら辺に捨てた、よりは安全だろう。
……男二人担ぐ少女……他人目についていないだろうな。心配だ。
「あたしは途中から乱入したから、詳しくはわかんない。でもなんつーか、雰囲気は最悪だったみたい。あたしが来る前から。あ、あとね、お兄ちゃんをいじめてた二人組シンカ」
特に不穏な空気も浮かばせず、平然と味噌汁を飲む妹。日常的、さも当たり前といった様子。
「そう。シンカが二人で行動してるなんて、面倒くさい事になりそうね。馬鹿な真似はしないでほしいわ。でないと、あの行き遅れ三十路がテレビに頻繁に映ってしまうから」
と言うより逝き遅れね、と訂正する。しなくていい。
「あー、確かにそだねぇ。それはやだなぁ。そうなったらテレビ何台も壊さないといけないじゃん。めんどっ」
冗談ではなく、これは本気の言葉である。うちのテレビだけは死守しなくては……それ以前にすぐ壊そうとするのをやめなさい。――ぐわっ、リモコンの電源ボタンがめり込んでやがる!
「戦闘になったのかしら。それでビルが壊れた?」
「いや、戦闘と呼べる程のものじゃないね。なんかひじょーにムカついたから、怒りに任せてぶちかましたの。グーで床をパコーンして、後はシュバババって脱出。そしたら面白いくらい崩れちゃてね、あーなっちゃったの。お兄ちゃんなんかぎぃやああとかキモい声で叫んでたんだよ?」
「あら、それは確かにキモいわね。キモい上にキモかったら、それはもう……ね?」
「うん。もう……ね?」
「今まで無視してたくせに唐突に俺を見るんじゃねぇ! そのやり取りは二人だけで交わして成立するお約束だろうが! なのに当人に向けちゃったらもう……ね!?」
ね!?
かくして。食後。
「じゃ、バイト行ってるから」
どっこいしょ、と席を立ってそう伝える。
倣司さんに遅れると連絡は入れてあるが、なるべく早く向かわねば。正直、今日は色々あって心がぐったりだったから休もうかと思ったが、そんな理由で休むほど俺だって落ちぶれちゃいない。怠惰な学生にだってちょっとしたプライドがあるのだ。
けれど俺の意志の強さは二人には通じず。何を言ってんだこいつ、みたいな顔を向けてきた。
日法は無表情だが、目がそう告げていた。
「なっ、何だよ……」
「お兄ちゃん……その発言は真面目を通り越して変態だわぁ……マゾかっつーの」
「同感ね」
「何でだよ。バイトに行くって言っただけじゃないか」
「言っただけ、では済まないわ。貴方、今日あのビルで、シンカ二人に襲われたんでしょう。経緯は知らないけれど、なのに外出だなんて、何を考えてるの」
ああ、そゆ事ね。
「現に、貴方を襲ったという二人らしき死体はまだ見つかってないみたいじゃない。重傷の通行人しか名前が出てなかったわ。シンカであるなら生き延びている可能性が高い。だからもし、同じ場にいた筈の貴方が冴えない顔して歩いている所を見られたら、今度は何をしてくる事か」
「冴えない顔はいらないと思うんだ。うん」
「でもでも日法ちゃん。お兄ちゃん死なないから別に大丈夫じゃない?」
「死ななきゃ何されてもオッケーじゃねぇんだよ! あとお前、盗聴器が無かったにしてもそういう発言やめろ!」
その類いの物が無いのは確認済みだが、それでも油断してはならない。クロちゃんがどこで息を潜めている事やら。
「まぁ、そうなのだけど」
「まぁ、そうなのだけど。じゃねぇよ!」
「でも、下手に知られるのが好ましくないのは確かね。詩乃は特に珍しいから、施設で何されるのやら」
「そだねー。お兄ちゃんなら判定軽くても地下行き濃厚だもんね」
「――わっ、馬鹿……!」
やりやがった……。
慌てる俺に対して、詩雄は何を慌てているんだと疑問符。
この馬鹿。日法には地下の研究所を教えてないのに、あっさりと怪しい言葉を漏らしやがった。知られると色々と問題が……
「……って、あれ?」
ところがどっこい。日法は特に訝しむ様子もなく、変わらず正座して茶碗を持ちながら米をもぐもぐしていた。聞こえていなかったのだろうか。
「……やはり、あるのね。そういった施設が」
そんな訳もなく、ばっちり聞こえていた。……それよか、やはり、と言ったか?
でも考えてみれば、詩雄が漏らす前から、こいつもそれっぽい事を言ってたような……。
「日法。お前、知ってたのか?」
「ある程度は予想してたわ。卑しい人間が考える事なんて単純だから。詩雄ちゃんがこの場にいる事とその言葉でもう確信した」
茶碗を置いて御馳走。そして無表情を俺に向けてくる。何か言いたげだった。
「えっ、なに……?」
「何故黙ってたのかは、後日きかせてもらうわ。今は詩雄ちゃんがいるからやめておいてあげる」
こいつにしては妙な気遣いだな。明日は雨かな。
「………………じゃ、そゆ事で」
「待ちなさい」
「待って」
やっぱり止められた。
「大丈夫だってば。現場からは離れてるし、あいつらだって無傷じゃないだろうし」
「駄目よ。今日はじっとしてなさい」
「そうそう。それに、せっかく可愛い妹が部屋に来てあげてんのにバイト行くとか、空気読めっつーの」
「………………あっ! 何だあれは!?」
ビシッ、と二人の後ろを指差す。
「え、なになに!?」
「…………」
「…………」
日法は冷めた目で俺を見つめる。詩雄は馬鹿だから引っ掛かった。むしろ引っ掛かからないでほしかった。
「………………戦略的撤退!」
という名の強行手段。埒が明かないと判断したので、靴はいて玄関から出て猛ダッシュ。
後ろからの詩雄の喚き声も無視して走る。
二人には悪いが、行くと決めたら行くんだよ俺は。ビクビクして引きこもるなんて柄じゃないし、と言うかあの二人と一緒に過ごすというのがそもそも嫌だったりする。
「――ぐおっ!?」
急に向かい風がっ……くそ、日法の仕業だな。
負けるかっ、こなくそ……っ!
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