2-25
「それでね詩乃ちゃん。会場に着いてみると、高校三年の時のクラスメイトがみんな揃っていたの。全員が集まるって何気に奇跡よね。まぁ別にどうでもいいけど。みんな、当たり前だけど見た目が大人びていたわ。一皮剥けた感じ。剥けてない奴はやっぱり剥けてない感じなのだけど、あらやだっ、下ネタじゃないわよぉ。でもやっぱり中身は変わっていなくてね、私も自然と昔に帰った気持ちで友達と近況を語り合ったわ。結婚しやがった奴とはえっあーそぅみたいなぞんざい且つ雑な口しか利いてやらなかったんだけどちくしょう思い出しただけでも腹が立ってきた……勝ち組オーラ出しやがってあのビッチ……!死ね!死んでしまえ!転んだら打ち所悪くてポックリ逝ってしまえ!だーっはっはっは!そして、喋り疲れちゃった私は休憩がてら輪から外れて、独りになってワイングラスを片手に壁にもたれて黄昏ていたの。その様子はこの美貌と相成って、近寄りがたいミステリアスに満ちた絶世の美女と表現しても過言ではないわね。火曜サスペンスどころかハリウッドにも通用すること間違いなしね。ちょっと詩乃ちゃん、死んだ魚みたいな目になってるわよ、大丈夫?あした眼科に行く事を勧めるわ。話を戻すと。ここからが本題なんだけど……なんとっ!何となくふらふらーっと目を泳がせていたら、高校時代に私が片想いしていたシュウジ君と目が合ったの!合っちゃったの!どんな奴だろうと分け隔てなく明るく接する男女ともに人気ナンバーワンだった彼、イケメン国の貴公子やら神々の申し子やらライトニングスプラッシュハリケーンやら後半わけのわからない渾名を付けられていた彼、シュウジ君とまるで運命の再会のように見つめ合っちゃったの。しかもしかも、高校時代ろくに言葉も交わしていない筈なのに、シュウジ君は私だって気が付いてくれて笑顔でこっちに向かってきたのよ!その時の私の心を表現するとキャーーシュウジ君がこっちに来ぅえ、ぶ、っ……ぉぇ、喉まで上って来ちゃった。酸っぱ。まあいいや、兎に角舞い上がった訳よ。興奮という名の興奮よ。正直に言っちゃうと濡れちゃったわよ。もうびしょびしょのびちょびちょよ。ミステリアスが痴女で台無しになったけど女はみんなこんなもんよ、覚えときな小僧。そして私は目の前まで来たシュウジ君と会話を楽しんだのだけど……いやぁ、やっぱその前の女どもとの会話よりも充実していたわ。あの頃の、若かりし頃の、青春を謳歌した日々の如く、淡く清らかなひととき。いつまでもこの時が続けばいいと、私は切に願った…………………………………………………………が。それが……それがよ……なんと、ななっなんと、シュウジ君が最後に、なんと言ったか。ぅ、ぐぇ、おしぼりよこせクソガキ。……今でも私の耳と鼓膜と脳髄と記憶にへばり付いて絶望の淵へと引きずり込もうとするあの言葉。――今度、うちの家内を紹介するよ――――伴侶みつけてやがったちくしょおおおおおおおおお!!!妊娠4ヶ月とかふざけんなああああああああ!!!でもそうですよね、そうなっちゃいますよね。卒業して六年も経ってれば大抵の同級生は結婚しますよね。ですよね。ですよねぇぇぇじゃねぇんだよゴルゥラァアアアア!!!!もうなんだってんだどうなってんだ。やっぱこんな世界クソゲーだ。バグもチートも裏技もスキルも必殺奥義も武器も防具も無いうえに難易度はYMD(柚子マストダイ)ときてやがる。どちくしょうが。こんちくしょうが。詩乃ちゃん、この悲しみにうちひしがれた悲劇の超絶美人ヒロイン中のヒロインをチョコレートケーキみたいにほろ苦く甘く慰めてっ!むしろ慰めろ!ほらっ、ほらどうした、慰めろよコラ。優しく抱き締めてそのまま激しく犯さんかいワレェ!?」
「知らねぇよ! なげぇよ! うるせぇよ!」
もう何なんだこの人。
店に来て早々、同窓会の話を始めたかと思えばこの長話。無駄に長いどうでもいい話。内容が内容なので酒癖いつもより割増になってやがる。途中まで隣にいた筈の倣司さんもいつの間にかいなくなってるし……あの人もなんだかんだで柚子さんの扱いがぞんざいである。
「ほんとやっかましいなぁあんたは。片想いしてた相手なら祝福してやれよ。どっちにしろ連絡取り合ってた訳じゃないんでしょう?」
「ぅぅぅ……そうだけどぉ……そうなんだけどぉ……別にそのまま番号交換なくてもいいんだけどぉ………………結婚って何なんだよ馬鹿野郎ぉおお!!」
予想通りの怒号が返ってきた。いちいち叫ぶ姿に腹が立ったので反射的に殴る。
「いたぁ!? ちょっ、詩乃ちゃん、仮にも私は客だよ!?」
「営業妨害です。通報しないだけ有り難く思ってください」
「他に客なんていないのに……。うわあぁん! 詩乃ちゃんまでも私を苛めるよぉぉぉ!」
今度はカウンターに顔をうずめ、大声でマジ泣き始めやがった。生計的に宜しくはないのだが、今日は本当に柚子さん以外に客がいなくてよかった。この狂乱ぶりは流石に見られたくない。こんなのの相手してるとか、とても恥ずかしい。
「…………」
まぁ、取り敢えず放っておいて。
てきぱきと酒をシェーカーに注いでシェイク。グラスに注いでそっと柚子さんの前に差し出す。この一連の流れ、我ながら中々に板についてきたものである。
「ふぐぅぅ…………う?」
「俺からの奢り。それでも飲んで大人しくしてください」
グラスを磨きながら余所を向いて言ってみる。ドラマのワンシーンみたいなただの格好つけである。
「……にがぁい……」
ガクッ、と今度はバラエティーみたいによろけてしまった。
「っとと。あれぇ、分量は合ってる筈だけど……。上手く出来たと思ったんだけどなぁ」
やはりまだまだバイトという事か。と言うよりバイトが奢るとか烏滸がましいな。倣司さんがいなくてよかった。てかあの人どこに行ったんだ?
「……うふふ」
「落ち着きました?」
「うん。ありがとう、詩乃ちゃん」
「どういたしまして」
静かにしてれば、美人と言えなくもないんだよな、柚子さんは。本人には絶対に教えてやらないけど。
何はともあれ、落ち着きを取り戻した柚子さんは先ほどよりも静かになった。それでも口の悪さは戻っちゃいないが、まぁ良しとしよう。
こうして平穏となったcherry。
今日もバイトと常連の会話を孕み、長い夜を過ごして行くのだった、まる。
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