2-17
「ねぇ先輩。シンカの危険度って、エーとかビーとかあるじゃないですか。あれってどうなってるんですか?」
「……藪から棒に。どうしたよ、いきなり」
「いや、朝のめざめろニュースで言ってたんですよ。そいやなんだろうなぁこれって思って、先輩に聞いてみようかと」
大学のパソコン室。レポートの内容をウィキで調べてコピペしようという企みで入室したところ、偶々に絵留がいたので隣に座った。話によると彼女も同じ企みらしい。それでパソコンの電源を入れたと同時に、絵留はこんな事を問うてくる。
「俺じゃなくても、ネットで調べれば直ぐに出てくるぞ。公式のホームページにだって載ってるし。てかここパソコン室だろうがっ」
「いやぁ、先輩の話の方が分かりやすいかなぁって思ったんですよ。私、字よりも言葉の方が理解できるタイプだし」
馬鹿に限って天才肌みたいな部分があったりする。けれどそれ以外はからっきしなので、やはり馬鹿は馬鹿だったりする。
「まったく……仕方ないなぁ」
立ち上がったモニターに意識を向けながら、絵留へのシンカ講義第二弾を開始。でも、この危険度とやらに関する話は色々と細かい上限で決められている為、かなり省いてざっくりとした説明としよう。実のところ俺も完璧には理解していない。あと面倒くさい。
「超簡単にするとだな。シンカの能力と精神状態の事を言ってんだ、危険度ってのは」
「ほうほう」
絵留ちゃんキラキラとした眼差しで此方を見る。かけ算とわり算の存在に感銘を受けたかのよう。対して俺はぼうっとしながらマウス動かしてダブルクリック。
「Aが一番やばくて、それからアルファベット順にレベルが下がっていく。因みに最下位はEな」
続けて説明していく。箇条書きにしてみるとこんな感じ。
A。能力が危険、精神状態は不安定。
B。能力がやや危険、精神状態は不安定
C。能力に警戒、精神状態は不安定。
D。能力に警戒、精神状態は安定。
E。能力にやや警戒、精神状態は安定。
以上が絵留への説明。……滅茶苦茶にざっくり。
元々、これはあの施設で使われているものだ。ランク別に区域を作って、違うランカーと交ざらないようにする。そうする事で頭おかしい奴からの影響を避けて、もしもの時の暴動を防ぎたいのだとか。能力もそうだが、やはり精神状態の方が重要なのである。大人しくて虫も殺せないプロレスラーより、平気で相手を傷付ける一般人の方がそりゃ不安だわな。
EとDの隔たりは殆ど無いけど、Cは遠ざけられている。でも時間制限付きで交流は可能だ。Bは基本犯罪を犯している者なので牢屋の中。ごく一部の無犯罪者は安寧の方で誰とも接する事なく暮らす。Aは有無を言わず害悪と見なし即時抹殺。
うちの妹みたいに地下行きが年に一人いるかいないか。
どこかでざっくりの部分がメディアに伝わってしまったらしく、それが現在ではRPGのレベルの様に扱われる始末となった訳。まっ、そういうのって大衆は好きだしな。
「ざっくりですねぇ先輩」
「ざっくりですよぉ後輩」
「やっぱしAの人は、とんでもなくつおかったりするんですか?」
「ああ。まず警察じゃ無理だ。近付いた瞬間に死亡確定」
「おほほー、なんか、そういうのって格好いいですねぇ。厨二病の人にはたまんない感じ」
「バカやろう。面白おかしい話じゃないっつの」
ぽか、と小突く。きゃん、と言われる。
やべっ、ちょっと可愛いかった今の。
……まぁ、地下の研究員の間では、A判定の中でも更に特別なシンカを“カイム”と呼ぶらしい。もはや人間として見れない、という隠語。皆無――カイム、そのまんま。
ただでさえ人間かどうか疑ってしまうシンカを、率直にこいつは人間じゃねぇと諦めさせてしまう存在。第一の定義として、どんな太刀打ちも叶わないのだと云う。うちの妹が呼ばれつつあったりする。
……俺? 俺はそもそもシンカじゃありません。妹もね。そうだな……日法はそうかも知れない。間近で銃の発砲を受けても死なないだろうね、あいつは。
「判定って、誰がどういう風に決めるんです? 専門家的な人?」
「警察。最初に事に動くのはやっぱ警察の仕事だし。シンカの専門家なんていやしねぇよ」
「それじゃあ、判定を間違える時があるんじゃないですかぁ? 警察に専門知識があるなら別ですけど」
お、目的の文章発見。上手いことドラッグせねば。
「過去にはあったらしいな。まぁ、危険度が上がろうが下がろうが周りの見る目は変わらないんだけど。流石にA判定は間違えないがな」
「何故です?」
「何故って、だってA判定の奴は滅茶苦茶するからだよ。例えば……二年前の、亜蔵木市の中心部で起きた殺戮事件」
「あ、それ知ってます。ホテルで百人以上が撲殺された事件ですよね。いやぁ、それを聞いた時はゾッとしましたよぉー。正気の沙汰とは思えませんね本当」
ああ、ほんと、まともじゃねぇよな。しかも事を起こした理由は聞いて呆れるなんてもんじゃない。ホテルをダンジョンに見立てて何人始末できるかゲーム……あの馬鹿は確かにそう言っていた。
思えば彼女もまた、両親から真実を告げられて、俺と同じように考えが変わってしまったんだ。俺は日常を選び、妹は非日常を選んだ。我が身に宿る力を認めない者と、受け入れた者。
「……だろ。A判定される奴ってのはそういう奴なんだ。規模の大きさが違い過ぎるだけで、射殺許可が下ろされた普通の犯罪者と同じ扱いなんだよ」
とはいえ、射殺なんて簡単に許可されるものではなく、上層部では様々な意見が飛び交う。主に世間体があーだこーだのいざこざ。
だがA判定シンカに対する殺害許可は、判定をされた瞬間に決まる。奴はAだ、よし殺せ、終了。
全く同じ扱いかと言えばちょっと違う。結果は同じでも、過程には天と地ほどの差がある。シンカに優しいシステムとモラルは今のところ兆し無し。
そうこうしてる内に俺の用は済んだ。パソコンを閉じる。
絵留はシンカ講座第二段に集中していた為、画面が何一つ進んじゃいない。此方としてはどうでもいいので席を立つ。
「わかったな。んじゃ、俺は終わったから帰るな」
「はーい。ご苦労様でしたぁ」
「…………」
ご苦労様とは本来、目上が目下にかける言葉なのでカチンと来た。絵留がその事を知らないのかどうかわからないが、とりあえず彼女のパソコンに卑猥な言葉を入力してエンター。
「ちょちょ、先輩なにするんですか……あれ、これって……えっそんな……きゃ……!」
かなり食い付いている。駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
…………話をしてて思い出したのだが。詩雄がなりつつある……か。
何ヵ月か前にクロちゃんがぽろっとこぼしたのを聞いたが、そういえば、どの程度までアイツの妄想が進行しているのか、最近確かめてないな。別に興味がある訳ではないが、一応、知っておきたいという気持ちはある。兄として。民間人として
単純な運動能力はスーパーマンもといスーパーウーマンなのはわかってるが、精神面が全然把握できていない。見解が拡張すればするほど、概念が摩耗すればするほど、妹のスキルは増え続ける。……もしかして、再生能力とか身に付けてないだろうな……。どこぞの緑色の異星人みたいな。もしくは吸血鬼みたいな不死身の体とか。だとしたら、……うわぁ、なんか頭痛くなってきた。殺せない殺人鬼とかもう最悪じゃん。
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