2-18
「はぁ……」
「んだよさっきから。ため息ばかりで辛気くせぇ奴だな」
食堂で席に着いてから、こんなんばっかり。対面する比劇がうんざりする気持ちもわかるが、今は許してほしい。
詩雄の事を思い出してから、何やら先が思いやられる感じ。あんなのでも実の妹、家族な訳で、それがどんどん人間離れしていく事実に憂鬱だ。あいつの立場を考えての、というお兄ちゃん的心配ではなく純粋に俺の気持ちの問題。身内が大罪人であるのもさながら、不死身までも手に入れようとしている事に、何だかなやるせない感じ。ただでさえ俺の平穏に仇なす目の上のたんこぶのくせして、どんどん大きくなっていきやがる。
「はぁ……」
「まぁたかよ。なんだぁ、詩乃が思い詰めるなんて珍し……くもねぇか。お前って何かと問題抱えてるみたいだよな」
ええ、ええ、抱えてますとも。
自分に妹に幼馴染みに目つき悪いお姉さんに母親に、最後にそれら全てに気を付けながらの人生に。……意外と大変じゃないか、俺って。この状態で就職なんてしたらきっと死ぬ。代表的なストレス促進剤である社会のしがらみが追加されてしまっては、頭がおかしくなって死ぬ事間違いなし。むしろ死なせてください俺。
「これでも何かと日々に気ぃ使ってんだよ。大学生選んで正解だったかも」
「それ以前にお前は何も計画立ててねぇけどな」
「うるせぇやい。それは比劇だって同じだろ。俺が大学に進むって言ったらじゃあ俺も、って付いてきただけじゃん」
「んな事ねぇよ。俺にはちゃんと目的があんだぜ?」
高校生時代の比劇の素行はあまり誉められたものではない。バイクで暴走やら他校との争いやら、中学でもそうだったらしい。停学させられるのも珍しくないような奴だった。そんな奴が大学に進んだのだから、当時の担任は感激の涙をこれでもかと流していたものだ。
けれど、勉学に目覚めて大きな夢を追いかけるようになった不良、というドラマ要素は微塵も無い。
「俺が面白そうだから近くで見ていたい、だろ。ゲイかお前は。ゲイだお前は。近づくな、しっしっ」
「だってお前おもしれぇんだもん。他とは考え方違うっていうか、天然ってわけでもないし、なんか可笑しいんだよな詩乃って」
中学卒業に両親から打ち明けられたものだから、高校時代は特に気持ちが揺らいでいただろうな。悪い事以外では比劇と失注つるんでいたから、こいつが一番に俺の事を見ていた故の感想だろう。
「すんごい失礼だからな、お前。そういうところ期待しちゃいないけど」
「まあまあ、いいじゃねぇか。けどまっ、なんだ。上手く言えないが、あまり抱え込み過ぎんなよな。話したかったら遠慮無く相談しろよ」
「なに急に……気持ち悪っ」
不良って仲間には何かと仁義に熱かったりする。まぁ、そこがまたこいつの良いところなんだけど。
「気持ち悪いとはなんだ気持ち悪いとは。心配してやってんだからありがたく思え」
「なにその唐突な上から目線……うざっ。……まぁ、気にしてないって言ったら嘘になるけど、疲れるってだけで後は何も無いよ。心配してくれてありがと」
「はいよ。それならそれでいいんだ。でも、変な事する前にはちゃんと言えよー?」
他人事みたいに頬杖ついてる割には妙に気にかけてくるな。と言うか……。
「…………」
「……な、何だよ。真顔で見つめて」
妙とはもう一つ。さっきから気になっていた事がある。
「比劇。言葉を返すようだけど、何か困ってる?」
「は?」
面食らった顔。図星だったに違いない。
さっきから、比劇の本体……もといアホ毛が、元気を無くしたように萎びている。下の毛は艶々してるのに、その毛だけが枯れ木のよう。こういう時、比劇は何かしらに悩んでいる可能性が高い。
……今更だけど、シンカ云々よりもこいつの方がよっぽど不可思議だと思う。
「……まぁ……無くはねぇ、けどよ。でも詩乃には関係ねぇ」
「おいおい。俺には話せって言っといて自分は黙りかよ」
げっ、と今度はバツが悪そうな顔。格好よく決めといて自分の言葉に嵌まってやんの、はっはっはっ。
「っ、んあー……そうだな、確かにそうだ。――あーはいはい、言やぁいんだろ言やぁ。……まあ話したところで別にどうもしねぇんだし」
「勿体ぶんなよ。いいから話せ、ほら話せ」
「わかったって……なあ詩乃、最近のニュースで、喧嘩ばっかり取り上げられてるの知ってるか?」
「ああ、知ってるよ。血気盛んな少年達の青春物語だろ」
「茶化すな。……実はそれ、中学の後輩の仕業なんだわ」
「……えっマジ? そうなの?」
ああ、と比劇は元気の無い声で応える。それもそうだろう、自分の中学の後輩がそんな事をしていては……ちょっと待て。
思い当たる節が見つかった瞬間、俺は固まる。昨日の、倣司さんとの会話が甦る。
「目撃した別の後輩がケータイで撮った画像を俺に送ってきたんだ。俺とよく遊んでた奴等だから一応、ってな。あ、悪いがこれ、誰にも言わないでくれな」
事件にまで発展し、しかもその張本人たちが自分の身内である為に、比劇は言いたくなかったのだろう。そして何を考えているのか、誰にも言うなという。
つまりはこいつ――。
「警察に捕まる前に、俺の方から説得しようと思ってんだ。いやほら、やっぱ可愛がってた後輩だからさ。だから話して……何とかやめさせてぇんだ」
――会いに行くつもりなんだ。口振りからして知らないらしい。彼らがもう、比劇の知る彼らでない事を。――普通でない事を。
「やめとけ」
反射的に出た。しかし比劇の捉え方は俺が望むものではない。
「……はは。詩乃が心配してくれるなんてな。明日は雨かあ?」
「いいから、やめとけ」
「わかってる。でも、俺は言い出したら聞かない奴だって、知ってんだろ?」
「違う……俺が言いたいのは――!」
そいつらは、水に――
「――……!」
言えない。こんな事、言える訳がない。
周りの目もある、けれどこの問題は、おいそれと言ってはならない。何故ならそのレッテルだけで、人種差別など比較にならない程の迫害を受けてしまうから。……それだけ敏感なんだ、今の世の中は。
そして何よりも、比劇に知ってほしくない。自ら血に染まるような輩でも、彼にとっては大事な存在。それが普通でなくなった違うものになっているだなんて……言えない。
「詩乃?」
「っ……やめとけよ。先輩後輩なんて、そんなの関係ねぇよ……。下手すればお前がやられるかもしれないんだぞ」
「まぁ、それは俺も考えちゃいたが……安心しろ。まだまだ腕は鈍っちゃいねぇさ、多分」
「そうじゃない……そうじゃ……」
くそっ。何とかにして言いくるめる言葉が見つからない。
「……はは、悪かったな、変な話して。んじゃ、行ってくるわ」
「なっ――おい、待てよ!」
「待たねぇ。実はさっき、情報をくれた後輩からまた連絡が来たんだ。いいから心配すんなって」
言って、比劇は足早に去ろうとする。引き止める俺から逃げるように。これ以上俺を困らせないように。
バッグも持たずに比劇を追いかける。周りの皆は何事かと、俺達に眼差しを向ける。
「待てって!」
「悪ぃ詩乃。片付いたら連絡すっからよお!」
俺に捕まらないよう走りやがる。此方も走るが、比劇との距離は縮まらない。情けない話、元々運動できる奴に、運動が苦手な俺が敵う筈もない。
構内を二人して慌ただしく走る中、そのまま差は開き続け、敷地の入口に着く頃には、比劇の姿は見えなくなってしまった。
自分が情けなくて、憤りを地面に向けて蹴りつける。
「っ……っ……、くそっ……!」
何やってんだ……俺は……。
考えてみれば、場所を変えて真実を教えても良かったんだ。倣司さんとの関係は比劇も知ってる。俺がそいつらの情報を持ってたって変な話じゃない。ちゃんと教えていれば……。
「それでも……行くだろうな、あいつは……!」
そういう奴だ。止めるなら縛り付けるくらいしないと駄目だろう。かくいうあいつだって、気ままに暴れまわるような奴だったんだから。
期待できないけどケータイで比劇の番号にかける。……案の定、呼び出し音が虚しくなり続けるだけだった……。
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