2-14
「ぐへっ、ぐへっ、ぐへへへ。先輩に介抱されちゃってるぅぅぅうひひ」
「じゃあ、俺あがります」
「はい。ご苦労様です詩乃くん。柚子さんの妹さんを宜しく頼みますね」
「絵留ちゃあん。人気の無い所に来たら、押し倒さないと却って失礼なのよおん」
「そうなの!? わかった。私がんばる!」
酔いどれ後輩に肩を貸したまま、からんころんと店をを後にする。
「ふふん。先輩、人気の無い所に来たら私……押し倒しちゃいますからね!」
「喉笛カッ切るぞ」
またいつぞやと同じく、絵留を引きずりながらの帰路。今回は一人の為、かかる負担が大きい。ええい、しゃんと歩きやがれ。重いんだよ。
「うふふ。せーんぱいっ?」
「何だよ」
「呼んでみただけです。ぶふ、ひっひっひ」
気味悪く笑いやがる。
何で酔うと、人間って奴は羞恥心が無くなってやりたい放題になるのか。普段から感情を抑制してるのは羞恥心なのか? じゃあよく感情を剥き出しにする輩ってのは、羞恥心が欠けているという事だろうか。
「せんぱあい。早く人気の無い所に行きましょうよぉ。私にそのイヤらしい陰棒を入れたくて仕方ないんでしょお?」
……いや、違うな。こいつは特例なのかも知れないけど、酒が入っても普段と言動があまり変わらないんだよなぁ。それもどうかと思うけど。
「……お前な、いい加減そのエロ思考やめろよな。もう高校生じゃないし、美術部でもないし」
「にゃあーに言ってんですか。私をこんなのにしたのは、先輩のくせに……」
やめろ。そこだけ聞くと俺最低じゃん。
絵留がこんな痴女みたいな言動をするようになったのは、正直に言えば俺のせいだ。いや、正確にはこいつが一人で勝手に突き進んでしまっただけなのだが、切っ掛けを作ったのは俺だったりする。
最初はただのおふざけだった。絵留もわかっていた筈だ。しかし、それはこの女の本性を開花させてしまったらしい。
美術部で、二年だった俺は入部したての絵留の教育係を任された。彼女はお世辞にも絵が上手いとは言えないほど画力がなく、誰かが付きっきりで教えないと上達する気配が無かったのだ。半分師匠、半分生け贄的な。
そんなある日、人の全体像を描けという課題が出た。当然に絵留はどう描けばいいのかよくわからないと言ってきたので、そのとき丁度コンビニにいた事もあり、アダルトな雑誌を買ってプレゼントしたやったのが始まりだった。……なんて事してしまったんだ、当時の俺。あの時、ちゃんと教えていれば彼女は全うな思考でいた筈なのに。
けれど絵留も絵留だ。顔を赤くしてなんてもの見せるんですか先輩、みたいな反応を期待していたんだが。こいつ、興味津々に、感銘を受けたように、周りの目も気にせずに食い付きやがった。
それ以来、絵の勉強そっちのけで自らエロ本を買い漁り、エロ思考の誕生……いや、爆誕したのであった、乙。
「お、ラッキー。すんなり捕まった。――すいません、酔っぱらいもいるんですけどいいですか? 車を汚さないようには気を付けますから」
「せんぱーい。誰と話してるんですかあ。私だけを見てっ、見てってば、見てようぅぅぅ」
「俺は飲んでないです。はい。……あっ、いいですか、ありがとうございます。よし乗れ酔っぱらい」
「…………ぎやあああ!! タクシーに乗せようとしてますか先輩! 嫌です! やめて! 押し倒させて!」
「阿呆か。この状態で歩いたらどんだけかかると思ってんだ」
cherryから駅前のバス停まで徒歩二十分。酔っぱらいを担いでるから五割増し。大学周辺までは反対方向へ徒歩四十分。酔っぱらいを担いでるから五割増し。寮は当然ながら大学の近くにあるので、そんな長い距離を肩を貸したままに歩きたくはない。駅前で屯するタクシー達に救援を頼もうと考えたけど、運良く目的地までに通りすがりと出会した。
「やだやだやだやだ。先輩と寄り添いながら歩くのお! 歩くったら歩くのお! 先輩、私にその肉棒をぶちこみたく」
「どっこいしょおおお!」
無視して力任せにタクシーの中に放り投げる。豪快に反対のドアに頭をぶつけた絵留はぎゃふ、と呻き声を上げてそのまま動かなくなった。
「んじゃお願いします。……ん、こいつですか。毎度の事なんで気にしなくて大丈夫ですよ。ははは」
さてと、絵留の手持ちの金は……うん、十分だな。安心しな。お前の金は寮までの分だけだから。俺のアパートまではちゃんと自分で……
「……」
……ちょっと貰うな。
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