2-13

「つー訳。それでね、私は突き放すように強い眼差しで、それでいてどことなく怪しい雰囲気で言ってやったのよ。――私にこれ以上関わったら、あなた、火傷するわよ。ってね。そう言い放った瞬間、男は微妙な顔をしてそそくさと逃げていったわ。ふふふ……超絶美人である私に恐れ多くも声をかけたのはオスとして仕方のない事だけど、覚悟が全然足りてなかったようね。私ほどの存在と会話したいのなら、世界を敵に回すくらいの度胸がないとね。……となると。やはり、やはりよ。やっぱり笑顔でいつも話をしてくれる帯臣さんでないと私の全てを許容できないであるからして帯臣さん今すぐに結婚しましょうそうしましょうきゃっふぉい!」


「うるせぇ」


 一喝。一言のもとに酔っ払いをバッサリ。あと人間違いだ馬鹿やろう。


 時刻、十時。cherryの常連、柚子さんが店にやってきてから三時間、もうこの言葉は何度目だろうか。ほんとうるせぇ。

 店前で客を確保しようとする居酒屋の店員に向かって何やってだよこの人。ただの商売ですから。ただの売上が目的ですから。そんな理由で声かけて、火傷するわよなんて言われたら誰だって微妙な顔して逃げるよ。あと謳い文句が古いにも程があるよ。世代か。世代だな。


「きゃああ! 柚姉ぇ格好いい! そこに痺れる憧れる濡れるぅぅ!」


 ……そしてこいつもうるせぇ。


 嗣原絵留と嗣原柚子。この姉妹が揃うと喧しさが二倍となり、酒が入れば更に倍となる。そんな阿鼻叫喚を相手するのは悲しいことに俺一人だけ。

 倣司さんは店の隅っこで訳ありと見える女性客と話している。探偵としての相談事だろう。なので、必然的にこいつらの相手は俺がしないといけないのであった、乙。


「絵留ちゃんはいい子ねぇ。あなたはどんな時もお姉ちゃんの味方でいてくれて嬉しいわぁ。もぉ抱きしめちゃうっ、我が愛する妹!」


「きゃん、抱きしめられちゃった、我が愛する姉!」


 なにこのテンション。


「柚ねぇの胸は大きくていつもふかふかのぷにぷにで気持ちいいよぉ」


「うふ。私を誰だと思ってるの。学生時代に牛女と呼ばれた私の胸はそんじょそこらのぱいおつより気持ちいいに決まってるじゃないの!」


 それは誉め言葉なのだろうか。

 あとぱいおつ言うな。


「それはそうと、絵留ちゃんまた大きくなったんじゃないのぉー。どれどれ」


「あっ、柚、ねぇ……先輩が見てるから、恥ずかしっ、あん!?」


「ふふふ、詩乃ちゃんはなにも考えていないように見えて実は重度の変態だから、心の中では嬉々としてこの光景を楽しんでいるのよ。ええ、そうに違いない。……そして絵留ちゃんも、本当は嫌じゃないんでしょお?」


「そ、そんな事、あ……ダメっ――柚ねぇえええ!」


「ホテルでやれてめぇら」


 目の前で女同士こねくりあってんじゃねぇよ。ちょっとだけ――いや、何でもない。……誰だ、やっぱり変態とか言った奴。


「もぅ詩乃ちゃんったら。相変わらず私たちには辛口よねぇ。でもわかってる、わかってるのよ詩乃ちゃん。それは愛するが故の好きな子ほどいじめたくなるっていう小学生的愛情表現だという事は!」


「違う」


「私もわかってますよ先輩。先輩が私たちを今すぐにでも犯したい程に好きで好きでたまらないという事が!」


「違う」


「安心しなさい。ちゃんと理解しているわ。だからひどい言葉を浴びせられようと、詩乃ちゃんを嫌いになんかなるもんですか。詩乃ちゃんと同じく、私たちもあなたが大好きだから!」


「そうです、大好きです先輩!」


「違うっつってんだろが!」


 水ぶっかけやろうかこいつら。


「それはそうと詩乃ちゃん。テキーラもう一杯」


「私はジンでお願いします」


「……はいよ」


 またかよ。何杯目だよ。姉妹揃って化物並の酒豪め。まぁた煩くなるよ、ちくしょう。


 ……日法のやつ、今頃なにやってんだろ……。この二人を相手してると、あんな奴でも恋しく思えてくる。


 何だかなぁ……はぁ……。














       














「――ふぅ」


 公園のベンチに座って落ち着き、ため息一つ。


 人だかりの中を歩き回るのは、やはり疲れるわね。皆が私の美貌を気になって痛いくらいに眼差しを向けてるものだから、とても居心地が悪い。ただでさえ息苦しいのだから、逆に腹が立ってそれで更に疲れる。もうこんな事はやめておこう。


『つかれた? ひのりつかれた?』


「ええ。日法は疲れた」


『きぶんわるい? きげんわるい? ぜんぶいや? きらい?』


「ええ。全て大嫌い」


『◆◆も? ◆◆も? ひのり、◆◆もきらい?』


「ええ。跡形も無くなったとしてもね」


『ぷくくくく。くけけけけけけ』


 ……何がおかしいのか。相変わらず笑いのツボがわからない。いや、元からそういう思考が成り立っていないのかも知れない。もしくは私たちとは異なる感性を持っているのか。


“この子”――私の頭の中だけで囁く、無邪気な少年と少女を合わせたような声との付き合いも早いことに二十年経つ。それなのに未だに、何一つ掴めない。器の大きさ故だろうか。


「今日、すれ違った人間の中にシンカはいたかしら」


『いた。ふたりいた』


「そう。増えたわね、この霊ヶ哉まちも」


『ふえたふえた。よかったよかった。◆◆はうれしい』


「嬉しい……か。わからないわね。そうまでして、何故人間にこだわるの? こんな汚いものに」


『にんげんはすごい。だからすき。にんげんは、とてもすぐれてるから』


「またそれなのね……相変わらず馬鹿っぽい」


“この子”から言わせると、地球上で最も進化を遂げた生き物は人間らしい。ぼんやりとした言い分だからしっくりこないけど、原始人の時代と現代を見比べると、確かにそうかも知れないと思える。石で食料を捕獲していた頃を考えると、この風景はもう別の世界。けれどこれは、その延長線上の間違いの無い世界。


 そこが“この子”をときめかせたらしい。だから水は人間にしか作用しない。


「人間好きなのは別に構わないのだけど、あまり増やさないでくれるかしら。この星の生き物は詩乃だけで十分だわ」


『ぷふふ。ひのりはアイツがすき』


「ええ。愛してる」


『でも◆◆、アイツだいっきらい。あんなの、のぞんでない。いたらだめ。だめったらだめ』


詩津しつさんの子供だから? でも、私だって似たようなものじゃない」


『ひのりはちがう。ひのりはちゃんとしたにんげんのこども。でもアイツ、ちがう。アイツは、ぜんぜんちがう』


 全然違う、ね。


 そうね。厳密には……というか根本的に違うわね、詩乃と詩雄ちゃんは。


『ちがうくせににんげんとおなじ。◆◆のだいすきなにんげんとおなじ。だからきらい。だから、はらだたしい』


「あら、貴方にしては珍しい物言いね。腹立たしいすら、貴方には喋れない言葉だったのに」


『ふふふ。ひのり、ほめてほめて』


「嫌よ。気持ち悪い」


『けけ、けけけけけけ』


 また笑った。本当、よくわからない……。


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