second.“overwhelming”

2-1

 ――お母さん、なにしてるの――。


 ――お母さん、またよふかしさんなの――。


 ――お母さん、なんでいつもおみずをのんでるの――。


 ――お母さん、なんで――


















   


















「――あっちぃ……」


「ああ……今年は例年より暑いんだと……」


「マジかよ……。これじゃあチーズになっちまうぜ……」


「そうか……。じゃあ比劇チーズとして商品化して、その儲けで豪華な墓たててやるよ……」


「いや、意味わかんねぇ……どうせなら友人として泣きながらに食ってくれよ……」


「やだよ……」


「断るなよ……」


「いや、だって、おま…………やだよ……」


 七月中旬。太陽が無駄に地球を、燃えてしまえと言わんばかりに照らしやがるこの季節――夏。


 今年も痛いくらいまばゆい日光がギラギラと地上に降り注ぎ、気温を上昇させると同時に物体の温度も高めてゆく。その熱気による暑苦しさは何もしていないのに身体を疲労困憊にして、脳みそを真面目に働かせてくれず、今の俺たちのようにとろけた会話を生み出してしまうのだった。


 ……暑い。いや……暑すぎる……。


 現在、俺と比劇は大学の中庭に設けられたベンチに腰掛けている。お互いに両端で液状化しかけているかの如くだらーんとした体勢。

 後ろに並んで植えられた木々が日陰を作ってくれてはいるが、それでもサウナの中にいるみたいだ。この位置でこんな暑さなのだから、目の前の日向に出てしまえば恐らく、俺たちは帰らぬ人になってしまう事だろう。大学構内にて二人の焼死体を発見、乙。


 学内でエアコンの恩恵に預かろうと考えはしたが、なるだけ日向の中を歩きたくなかった。とにかく体が怠い。それに、下手にエアコンでひんやりすっきりの状態から外に出てダメージを倍加させたくもない。それで俺と比劇は今の道を選択して、後悔しても後戻りさせてくれない倦怠感にやられていたのであった、まる。

 因みに俺の体はそんなもの通用しない。しかし暑さは感じる。心はとろける。暑いには暑い、水分補給無しで運動を続けても日射病や熱中症にかからないが、暑いのは暑い。そんな塩梅。


「おぉい、嗣原はまだかよ……。忘れ物取りに行くのでちょっと待ってて下さいから三十分も経ってるぞ」


 比劇は受けるつもりだった講義があったのに、面倒くさくなったのでサボるとの事。それで俺たちを遊びに誘ったのだが、クソ絵留のせいでクソ暑い中でクソ待たなければならなくなったのだ。真琴からは別の予定があるのでまた今度と連絡が来ている。……寂しいなぁ。


「悪いな。割と強めのグーパンで躾とくから許してくれ」


「いやいや、女にそれはないだろ……。嗣原にはほんと容赦ないな、お前……」


 いや、これは俺なりの愛である。鉄拳制裁ほど出来の悪い子に効くものはない。その言葉から、暑さを紛らわせる話題を思い付いた。


「――時に比劇よ。教育に必要なのは何だと思う?」


「いきなり来たな。……んー……相手の立ち位置を知る、とか?」


「立場じゃなく立ち位置ってのがいい線いってるな。それも正解なんだが、一番大事なのは恐怖だ」


「……恐怖?」


「ああ。まあ、これは俺の持論なんだが。恐い目に遭うってのは誰だって嫌だろ?」


「まぁ……好きではないわな、普通」


「そう。真性のマゾはどうなのか知らないけど、誰だってそんなもの好き好んだりしない。それでさ、そんな目に遭いたくないって思ったら、どうすれば回避できるのかって考えない?」


「……無くはない、かな。人それぞれだけど」


「人ってのは、自分の身を守る時には我武者羅になるものなんだよ。本能に訴えかけられたら尚更だ。だからそれを利用して、逃げられる方法を此方が教え込ませたいものに仕向ければ、必死になった相手は知らない内に学習して身に付くって訳だ」


「怖い先輩を怒らせない為に、失敗しないよう作業の内容を頭に叩き込む、的な?」


「そうそう。名付けて、ちょっと頭つかった体育会系式教育法」


 誉めているつもりなのに不快な思いを抱かせるネーミングだった。全国の体育会系さんごめんなさい。


「……ご都合主義満載。でも、ありっちゃありかもな、それ。結果が伴えば、だがな」


 お互いに目も合わさず、ぼんやりと中空を見つめながら語り合う。少しだけ頭を使った会話のおかげで、僅かながらに暑さが紛れた気がする。……まぁ、終わったあとには現実が襲ってくるのでプラスマイナスゼロな訳だが。


 ――と、そんな俺たちの前に、ようやく例の後輩が到着したのであった。ハンカチを団扇代わりにぱたぱたしているが、学内にいた彼女はさぞかし涼しい思いをした事だろう。互いに同じことを考えたと思う。だから自然と俺と比劇は二人揃って、


「待たせてすいません先輩方。忘れ物したと思ったら何も忘れてませんでしたぁ。仕方ないのでついでに涼んできました、てへぺろ」


「てめぇ嗣原ぁああ!! その舌引き千切ってやろうかゴルァア!!!」


「絵留ぅぅぅぅぅ!!! 生きて帰れると思うなよぉぉぉぉぉ!!!」


「ひっひゃあああ!!? ごめんなさいごめんなさいっこれからは気をつけますからあ!」


 厳つい顔つきで彼女を頭上から罵倒して教育したのだった。


 それから絵留は、忘れ物はないかと震えながら確認するようになったとさ。めでたしめでたし。






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