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 帯臣おびおみ探偵事務所。

 ここ、新しい物と古い物が存在し、けれど最高と最低が無い、阿倉木市の中心から南東に進んだ中間の町、霊ヶ哉。俺が通う大学があるこの町に、その胡散臭い事務所はあった。


 探偵――人の秘密や情報を探る、見方によってはとても嫌らしい仕事。中には違法か合法かってだけの、ストーカーと同じような業務。誇れるかどうか怪しい、そんな職業。

 しかし、そんなものでも、ちゃんと世間には役に立てていたりする。


 旦那様が奥様を、または奥様が旦那様を。困った顔もあれば、悲しむ顔、怒った顔、稀に笑う顔、多彩な表情で頼まれる。――うん、浮気は良くないよね、浮気は悪いよね。どんな理由であれ、破ってはいけない誓約を破っているのだから。まぁ、笑う顔に関しては、始めからそのつもりだったんだろうね。かなりの確率で近いうち、その依頼主が殺人容疑で逮捕されるのはここだけの秘密。


 事務所に来る客の依頼はほとんどがソレら。皆さん信頼のねぇこって。

 あと因みにだが、探偵といえば浮気調査というイメージしかないが、でもその本分は、警察では対処できない民事問題を巧い事運ぶものらしい。ドロドロした人間関係を暴くだけではないのだ。

 しかし正直な話、情けない話、俺はバイトなので詳しい事はよく知らない。所長に言われた事をその通りに実行するだけ。犬と呼ばれても構わんさ。


 でも、それでも偶に、一部の警察から解決困難な事件の情報を求められたりもする。仕事柄人脈が広いので、そこに漬け込まれているのだろう。シンカ担当課の刑事さんは大変だね。


 詰まる所、探偵という職業とは格好いい響きであるのだが、結局はただの情報屋なのだ。当人たちが目立ちたくないのか面倒なのか、代わりに調べて教えてくれという、体のいい代行者のようなもの。


 そして今、俺はその帯臣探偵事務所に向かっている。そこが俺のバイト先だから。


 普通、そんな所でバイトなんてしないよね。というか思わないよね。探偵自体ありふれている訳じゃないし、バイト募集の広告なんて見た事がない。テレビで時々紹介されたりするが、あのような、理想をぶち壊した現実の探偵像を見せられたら、誰だって興味を失う。


 だが、そんな所で俺は働いている。名探偵になりたいという夢があるのではない。真犯人を突き止めてキザな台詞を決めてあばよと立ち去りたいのではない。

 ただ単に街を歩いていたら声をかけられただけ。始めは断ろうとしたけど、意外と時給が良かったので手のひら返し。世の中金だよ金、ははははは。


 …………まっ、そんなこんなで、目的の場所に着いた。『cherry』という看板がかかったBAR。まだ昼過ぎなので、ネオンは怪しく光っていない。何で事務所に向かっていたのにBARに辿り着いたのかといえば、帯臣探偵事務所は、探偵とバーテンダーの二足のわらじだからである。


 朝から夕方までは探偵、夕方から深夜までは酒飲み場。所長曰く、BARが元々やりたかった事で、探偵はただ肩書きがほしかっただけとの事。大切な探し物があるらしく、探偵という名は何かと都合が良いそうだ。


「ちわー」


 スモークの入ったガラスの扉を開くと、カランコロン、と喫茶店みたいな音が鳴った。かねがね思うが店の雰囲気と合わねぇ。


「――ああ。こんにちは、詩乃くん。わざわざご足労申し訳ありません」


「いやいやいや。倣司ならしさん、俺はバイトなんですから、貴方が畏まる必要ないっていつも言ってるじゃないですか」


「あはは。毎度の事ながら申し訳ありません。私もそれはわかってはいるのですが、やはり悪い気がしますので、どうしても言っておきたいのです」


「はぁ……本当に礼儀正しいというかなんというか、優し過ぎですよ、倣司さんは。ここの主なんだからもっとこう、偉そうに構えていればいいんですよ」


「偉そうにですか……成る程、わかりました。では次に呼び出した時は期待していて下さい。詩乃くんに認められるように偉そうな態度で迎えて見せます」


 ……意気込むのはいいが既に下手になっちゃってるよ。

 本当に根っこから誠実というか、優しいんだよなぁこの人は。

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