恋人に誘われた食事会、ちょっと高めのレストランの席で、そこかしこに見え隠れする違和感の正体を探る女性のお話。
シリアスかつハードコアな現代ドラマです。うまいというか面白いというか、とても「よかった……」となったお話なのですけれど、でもどこからどう触れていけばいいのか少し悩みます。
好きなところやいいところの印象が、スパッと綺麗に整理できない感じ。逆に言うなら全体を通じての完成度というか、文章や物語やキャラクター、それぞれの要素がそつなく綺麗に噛み合っているような感覚。安心感、と言ってはおかしいのですけれど、読んでいてものすごく「安定している感じ」がしたんです。スピードのある奇襲でなく、火力や物量で殴ってくるでもなく、一歩一歩真っ直ぐ歩いてきてきっちり詰めて殺すような作品。平たく言うなら巧みさを感じました。
まず文章がうまい。物の見方や思考法など、主人公の主観を反映した硬質な文章。おかげで冒頭から撒かれた「作戦」「戦場」という単語が、どうやら比喩でなく文字通りの意味だと早々に察しがつきます。ストーリーの流れは淀みなく、急だったり停滞するような箇所がないため集中を切らさず読める。途中に何度かカットインのように挟まってくる過去の回想も、普通は流れが途切れるとか混乱の元になるとかしそうなものを、でもごく自然なままに描き通していて、いや本当ため息の出る思いです。うまい……個人的に一番「すごい」と思ったのが登場人物の多さで、この短い分量にこれだけの人数を出して、でも誰が誰だか混乱することなく、しかもそれにきっちり意味がある。すごい。なんでしょう、なぜか「もう許して!」ってなりました。技巧の見事さもそうですけれど、それを丁寧に組み立てる仕事の細やかさがすごい。
以下はネタバレを含みます。ちなみにネタバレが致命的なダメージになるお話ではないと思うのですけれど、でもどうせならネタバレなしで読むのが一番だというのが個人的な感想ですので、もし未読の方がこの文を読んでいたならご注意を。
お話を通じて書かれていることそのもの、主題(テーマ)の部分がめちゃくちゃ最高でした。『ハッピーエンド』。本当にそれしか書いてない。「ハッピーエンドとは何か」という問いを立て、それを物語でじっくり追って、最後には明確な答えを叩きつけてみせる。問いと解法と答え。この物語のやっていることがはっきりわかるばかりか、そこに一切の雑味やごまかしがない、この気持ちよさといったらもう! いや個人的には最後の大暴れ、いわゆる『単純にわるものが始末されてうれしい』的な気持ちよさもあるので、その辺「気持ちよさ」の意味が紛らわしいのですけれど(あれがスカッとしちゃうのはしょうがない)。もっと大きな意味での、作品のスタンス自体が持つ気持ちよさ。
加えて、その答えの内容も好きです。ハッピーエンドの条件。ぶっちゃけタイトルや章題にゴリゴリ表されていた正解。なるほど、と思わされる以上に、あまりにも逆説的というか意外というか、なんだか皮肉のようですらある結論。だってこれが正解なのだとしたら、場合によっては「最初からハッピーエンドに至る道がどこにもない」ことだってあり得るような気がして、なのに、というかにもかかわらず、あの結び。最後一行の、投げやりな「あーあ」という嘆息の裏の、それでもスタートラインに再び立っている、という事実。ああもう好き……こんな事実だけで意味が分厚いのずるい……最高でした。もう正直何も言葉が見つからないのですけれど、とにかく巧みさと丁寧さの光る作品でした。ハードさが良い!