第31話
日の出の時間が近いのか、次第に空が白み始めてきた。
早朝、森に足を踏み入れた時には森の外もまだ暗かった。
その時に比べれば、薄っすらと森の中にも日が差し込み始めたが、
恐らく天高く日が昇っても、眩しいほどの日光が注ぐ事は無いのだろう。
その証拠に、地面は湿気を帯び、木の根元や石には苔が生えていた。
そんな薄暗い森の中を、誰一人声を発することなく、黙々と目的地へと向かい歩き進めるリージェ国の兵士達。
そんな中、長い列にあからさまに兵士ではない人間が前、中、後方に数人ずつ混じっていた。
遠くから獣の遠吠えが聞こえ、周りの空気がざわりと揺れた気がした。
グルルル・・・・と森の奥から聞こえはじめる、獣の唸り声。
隊の後方が獣に狙われたのだ。
だが、兵士達は慌てることなく、シャツにズボンというあからさまに浮いた男二人を、最後尾へと連れて行った。
虚ろな目をした男は逆らうことなくその後を着いてく。
そして、兵士はおもむろに二人に向かって剣を振り下ろした。
当然、二人は血を流し絶命。兵士は彼等が死んだことを確認すると、あろうことか遺体を投げ捨てたのだ。
途端に獣たちがその遺体に群がり、貪り始める。
その間、兵士たちは距離をとる様に先へと進んでいった。
そう、兵士たちに交じっているその者達は、獣たちの餌として同行させていたのだ。
しかも、魔薬の実験体でもあり既に廃棄処分が決まっていた者達。
ガルドの「有効に使え」という一言で、この役割を与えられてしまったのだ。
そんな事を数度繰り返しながら、休憩もそこそこに先へと進んでいった。
ガルドも隊の中ほどで守られる様に進んでいく。
日の昇る前に国を出発してきた。
戴冠式などで時間を無駄にする事は無い。必要書類に名を書き、すぐに出発したのだ。
明日の日が昇る前には、帝国の門に着くはずだ。
その血につられ獣たちが群がるが、ガルドの発する殺気に
そんな群れの中に惨殺された獣を投げ入れると、何事もなかったかのように歩きはじめるガルド。
帝国に近づくにつれ、彼の頭の中はクロエで満たされていく。
そして、愛しいクロエとの未来に思いを馳せる事を止められない。
クロエを妻に迎え、結婚式と一緒に戴冠式を改めてすればいい。
後宮はすぐにでも閉めて、女たちは麻薬の施設で使えばいい。
本物が手に入るのだから、偽物はもういらない。
あぁ、早く彼女を抱きしめたい・・・・
決して叶う事のない思いを胸に、ガルドは帝国へ向けて歩き続けるのだった。
クロエが目覚めたのは夜も更け、本来であれば深い眠りについている時間帯だ。
既に隣にイサークは居らず、見慣れない室内にここは何処なのかと混乱したものの、ケイトに声を掛けられ天幕の中である事を思い出す。
そして眠る前までのイサークとの情交を思い出し、身体全体を朱に染めた。
下手をすれば戦になる事。それに対しての不安と興奮。そして、布一枚だけで隔たれただけの中と外。
そんな特殊な状況と、弱い心を誤魔化すかのように
どんな顔で周りの人達と顔を合わせたらいいのかと、思わず頭を抱えた。
だがそんな事など気にする様子もなく、いつも通り支度を整えていくケイトに、悩んでもしょうがないわね・・・と、諦めた様に息を吐いた。
「イサーク様は?」
「陛下は今、ジャスパー様達と打ち合わせ中です」
「そう・・・ケイト達はちゃんと休んでる?」
「えぇ、私は先に休ませてもらいましたわ。今は夫と娘が休んでます」
「そうなのね。騎士の皆さんも?」
「交代で仮眠をとってましたよ。ただ、ちゃんと休めたかはわかりませんけどね」
確かにそうだ。戦などない平和な時代。周りに居る騎士達に戦場を知る者はいない。
ただ、帝国内のいざこざや盗賊退治などのために剣を振るう事はある。が、対国という事が初めてだった。
一昔前の様に常に睨み合い、一触即発の時代は終わったのだ。
恐らくその時の様な戦にはならないとは思うが、初めての事に気持ちが昂りなかなか休むことが出来ないでいるようだ。
そんな状況の中で、自分は恥ずかしながらもぐっすりと休ませてもらった。
それに至るまでの過程が恥ずかしいが、熟睡できた分、頭の中はすっきりしている。
クロエは身支度を整えると、用意された軽食をつまんだ。
ほっと一息ついたところに、イサークが天幕に戻ってきた。
「クロエ、起きていたのか?」
「はい。すみません・・・寝過ごしてしまったようで・・・・」
「いや、もう少しゆっくりしていてくれても良かったんだ。気持ちを抑えきれず、その、少し無理をさせてしまったからな」
照れながらの言葉に、クロエも堪らず真っ赤になった。
「イサーク様・・・恥かしいですわ」
「あぁ、すまない」
数え切れないほど肌を重ねているというのに、未だ初々しく照れあう二人にケイトは、この幸せが長く続く事を祈らずにはいられない。
クロエは
そんな彼女を誰もが欲しがるのはわかる。だがその中でも、怖いほどの執着を見せるのがリージェ国のガルドだった。
クロエが十才を過ぎたあたりから、しつこいほどに求婚の手紙が届いていたのだ。
当時、既に目覚めていたクロエ。リージェ国からの求婚など、彼女の耳に入れないようルナティアと共に警戒していたのが、ケイトだった。
まさかこうして、直接会い
だが、彼はもう終わっている。戦う前から分かっている事だ。
リージェ国もあと少しでルナティア達に落され、彼が帰る場所は無くなるのだから。
ほんの少し憐みの気持が芽生えるが、それを払拭するように頭を振った。
自分達には逆行する力はない。だが、それを繰り返しもがいている主を助ける事が我々の使命なのだ。
改めて自分に言い聞かせながら、照れながらも互いに気遣い合うイサークとクロエを確認し、ケイトはそっと天幕から出ていった。
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