第32話

あと少しで帝国の門へ着く距離まで来た時、偵察に出ていた兵士が慌てたように走ってきた。

「陛下!大変です!帝国の門が!!」

束の間の休息をとっていたガルドは、すぐさま門に向かって走った。

そして其処で見たものに、愕然とする。


森から門まで約一㎞弱、木々が全て倒され視界が開けていたのだから。

開けた視界には、高さがバラバラに切り残された木の幹が行く手を阻む様に点在し、その身を隠してくれる事は無い。

そして、門を囲む塀の上のは松明が掲げられ、人影が現れた。


「これはこれは、リージェ国ガルド殿下。ご無沙汰しております」


かなりの距離ではあるが、全ての人々が寝静まり静寂が世界を包み込むこの時間帯。さほど大きな声でなくてもガルドには十分届いた。

木の根を除ける様に、ゆっくりと門へと進んでいくガルド。

「イサーク皇帝陛下、わざわざ出迎えてくださるとは、光栄にございます。それと、一つ訂正させていただきたい」

少しだけ広い空間に立ち、優雅にお辞儀をした。

「この度、私、ガルド・スタン・リージェは王位を譲渡され、新たな国王となりました」

「ほう・・・だが、我が帝国にはその様な知らせは受けてはいないようだが」

「とても急な事だった故、まだ何処にも知らせは出していないのです」

「成程・・・めでたい、と言ってもいいのかな?」

「えぇ、有難うございます」

一見、穏やかそうな会話ではあるが、周りの人間達はピリピリとした緊張感に包まれていた。

「して、このような時間帯に、我が帝国に何用か」

「我が妻となる人を迎えに来た次第です」

「妻・・・か。私の知っている者か?」

「それは勿論。何時もイサーク殿の側に置いている方ですよ」

「私の側に?私の側に居るのは妻であるクロエしかいないがね」

「その、クロエ姫を返していただきに来たのです」

「返す?異な事を申すのだな。クロエは名実ともに我が妻であり国母である」

「いいえ、姫は元々私の妻となる予定でした。今までは帝国に預けていただけなのですよ」

「面白い事を言う。何故、そう思うのだ」

「思うのではなく、事実です。私は姫が幼い頃から求婚の申し入れをしておりましたので、彼女を娶るのは私で間違いないのです」

「成程。ガルド殿の言い分はわかった。だが、それはあくまでそちらの言い分。我が妻はそうは思っていないようだ」

そう言って、後方に手を伸ばせば、その手に掴まる様にイサークの隣にクロエが立った。

初めて見る軍服姿のクロエに、ガルドの目が歓喜に彩られる。

「お初にお目にかかります、ガルド陛下。クロエ・フェルノアと申します」

「おぉ・・・クロエ姫!お会いしたかった。さぁ、私と共に帰りましょう!」

興奮を隠せないのか、右手をクロエに伸ばしながら一歩、一歩と門へと近づいてくる。

そんなガルドを見下ろしながら「申し訳ありません」とクロエが頭を下げた。

「私はガルド様と共に行くことはありません」

「何故ですか!」

「私の今世は、イサーク様の妻になる為に生まれてきたのですから」

『今世』・・・と言うよりは、『この世界』と言った方が正しいのかもしれないが、ガルドに詳しく説明する理由はない。

そんなクロエの事情など分かるわけもないガルドは、ショックを隠し切れず大きく目を見開いた。

「何故、その様な事をおっしゃるのです!私はずっと、ずっと・・・貴女だけを想って此処まできたというのに!貴女の為にこの世界を手に入れようとしたのに!!」

「私の、ため?」

ガルドの意外な言葉に、クロエは驚き声を上げる。

「えぇ、そうです。私がこの世界の覇者となれば、その妻であるあなたは祖国であるフルール国を含む全ての国の国母となるのですから」

まるで舞台俳優にでもなったかのように、自分に酔いしれる様な芝居じみた科白を吐いた。

美しい顔と相まって、本来であれば見惚れる者もでてくるのだろうが、クロエにはそれどころではなかった。


私の為に世界の覇者になろうとして・・・私は殺され、世界が征服されたというの?!

沢山の人が・・・イサーク様がエドリード様が・・・ルドおじ様が殺されたというの?!

私の所為でっ・・・・


逆行し目覚めた時、何故リージェ国が世界を征服しようとしたのか、その理由までには辿りつけなかった。

それはルナティア達もで、単に己の権力を誇示したいが為なのだと思っていたのだ。

だが真実はそんな単純なものではなかった。いや、ある意味単純で明快な欲望。


クロエを手に入れるだけの為に、世界を征服した。


その言葉の意味が余りにも重くグルグルと頭の中で渦巻き、思わず大きく身体が揺れた。よろけるクロエの身体を、当然のようにイサークが支える。

「ガルド殿、我が妻を苛めないでいただきたい」

「苛める?何を言っておられる。それよりも、早くクロエ姫をこちらに渡していただきたいのだが。我が愛しい人に、他の男が触れているのを見るのは良い気持ちがしませんからね」

「ふぅ・・・何を言っても無駄なようだな」

恐らくどんなに言葉を重ねても、この件に関しては埒が明かないと判断したイサークは、クロエを腕に抱きながら剣呑な眼差しでガルドを見下ろした。

「ガルド殿、このまま退却するのであれば、見逃してやろう」

「見逃す?」

「あぁ。貴方は先ほど自分が世界の覇者になると言った。という事は、我が帝国をも侵略しようとしているのではないのか?」

「ふふふ・・もし、そうだと言ったなら?」

「お前は今とても不利な立場にある事を、わかっているのか?」

言葉が通じない苛立ちが、徐々にイサークの言葉遣いを乱していく。

「いいえ、不利だとは思っていませんよ」

そう言って手を挙げれば、兵士が一斉にガルドの後ろに整列した。

何処までも自分が有利だと疑わないガルドに、イサークも右手を挙げると、ざっと弓を持った兵士が並んだ。

ガルドも盾を持った兵士を前に配列させ、これから起きるであろう事に備えたのだった。

「まぁ、見逃すと言っても国に返す気はさらさら無いがね」

「捕虜とするということか?国との交渉に使う気なのか?」

「いや、既にリージェ国は落ちているからだ」

その言葉にガルドは何を言っているのだと、虚を突かれた表情になるが、すぐさま不敵な笑みを浮かべた。

「それはあり得ない。一体どこの国が我が国を落とすというのだ」

「連合軍だよ」

「連合軍?」

「そうだ。シェルーラ国を筆頭に我が国、そしてリージェ国と隣接する国々だ。お前が我が国を侵略しようとしていた事は知っていた。だからお前が国を空けたと同時に攻め込む手はずとなっている」

その言葉に意味を理解するや否や、憤怒の形相となり声を荒げた。

「ならば、尚更ここから引けん!帝国を手に入れ私が新たなる覇者となるのだ!!皆の者、我に続け!!」


おぉぉ!!という、雄叫びと共に門を破ろうと大筒を持ったリージェ国の兵士たちが、勢いよく走り出したのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る