眠たげな彼女(恋愛)
隣の家のおばさんがうちの呼び鈴を鳴らした。今年もついにこの季節がやってきたようだ。肌寒くなってくると寒がりな俺の幼馴染は、布団にこもりっきりになり出てこようとしなくなるので、俺は毎年恒例行事のように彼女の親に連れ出すように頼まれるのだ。俺としてはそれが億劫なので、どうして俺が起こさないといけないのかおばさんに訊ねると、決まって彼女は"あなたじゃないと起きてくれないのよ"と答えた。
玄関を開けて靴を脱いで廊下に上がり、そのまま進んで階段を踏みしめ二階に上がると、目の前に幼馴染の部屋がある。俺はドアノブをガチャリと回し手前に引っ張って、ネームプレートがカランと揺れる音と共に中に入る。小五から現在高一まで、ずっと冬はこんな調子なのだが、彼女はこのままで大丈夫なのだろうか。
電気のついていない薄暗い部屋で、彼女は布団にくるまっていた。無邪気で素直なその寝姿を見ると、少し起こし辛くなるが、頼まれた以上、仕方ないだろう。俺は彼女の肩を前後左右にゆらゆらと揺らした。そうすると彼女はすんなりと眼が覚めるのだが、面倒くさいのはここからだ。
「起きましたか。早く学校行く用意をしなさい」
俺は今起きたばかりの彼女に言葉をかける。
「やだ、まだお布団成分、オフトニウムが足りない」
だが、当たり前のように彼女は起きるのを拒む。
「元素番号は何番目ですか?そんな事言ってると遅刻するぞ」
そう言うと、今度はブンブンと頭を左右に振る彼女。
「やだやだ、私は悪くない。毎朝早い学校が悪い」
大体いつもこんな風なのだ。目が覚めても布団から簡単には出てくれない。こうなったら強硬手段で、布団を剥がすしかない。すっと空気を肺の中に詰めて、近所迷惑にならない程度に叫ぶ。
「出てきやがれぇぇえええ!!」
「嫌ぁぁああ!殻を剥かないでぇぇええ!!」
幼馴染は、布団にぎゅっとしがみ付いて離れることはない。俺は布団を引っ張っているので、彼女ごと布団を持ち上げてしまい、そのまま引っ張った体制をするのは辛く、落とすわけにもいかないので、お姫様抱っこをするような形におちついた。抱かれながらも彼女は眠そうな半開きの目でこっちを見ている。
「何か、言いたい事でもございますか?」
と問うと
「私、サナギ」
とだけ彼女は答えた。
あんまり意味がわからないな。だが取り敢えず何かを言っといた方が良いと思ったので
「お前は人間だぁぁああ!!」
と俺は声高く突っこんだ。しかし
「………その返し、あんまり良くないよ、もう一回」
と真顔で幼馴染は言う。一体お前は俺に何を期待しているというのだ。
「はぁ、良くないとか言われてもな。何だったら良いんだよ?」
「"将来、綺麗な蝶々になるんだね!凄いね!お嫁さんにしちゃいたい"って言わないと」
「俺はこの状況でお前を褒めないといけないのかよ」
俺はこの少女の考えが昔からよくわからない。表情をあまり変えることがなく、その割にはいきなり冗談を言ったりする、非常に掴みにくい性格をしているからだ。
「そういうのがわからないから、モテないんだよ。君は」
あまりにも理不尽ではあるが、いきなり女子にモテない呼ばわりされると、言ったのが幼馴染とはいえ微妙に悲しくなる俺であった。
「ま、モテないのは薄々知ってたし、そんなのどうでもいいんだよ、今は」
俺は落ち込みながら、苦々しくそう言った。実際はすごくどうでもよく無い。
「ま、大丈夫、君は一人にだけモテてるからさ」
そう言う幼馴染の台詞に、俺は一縷の希望を抱く。こんな俺でも好きになってくれる人がいるなら、人生捨てたもんじゃない。
「え?だ、誰!?知ってたら教えてくれ。いや、教えてください」
俺は目を輝かせて彼女に聞く。興味津々である。一体誰だろう。出来る限り可愛い子がいいなぁなんて思うのは傲慢であろうか。
「隣町のカエルのぴょん子さん」
「最早人ですらない」
不毛だ。物凄く不毛だ。俺の期待した数秒間を利息付で返してくれ。ああ、期待した反動でなんだか腕がどっと疲れてきたぞ。
「あの、そろそろ起きてはくれませんかね。こちらもこの体勢は中々辛いのですよ」
「それじゃ、目覚めのキッスで」
「目覚めてるやないかい!」
駄目だ。本当にこの子は何がしたいのかよくわからない。
わからない………が、彼女は唇に人差し指を当てこちらを見ている。彼女の顔は少し赤いようにも見えた。
「キッスは、ダメ?」
なんだか、俺は妙にドギマギしてしまう。幼馴染でよく見知った(理解できない部分が多く、そうとは言えないかもだが)友達であると思っていたのに、彼女に女性としての魅力を感じてしまったらしい。こんな事は初めてだった。俺はそんな心情をはぐらかすように言葉を紡ぐ。
「いや、ダメだろ。俺達恋人でもないし」
「ん〜、私と恋人は嫌?」
「い、嫌じゃ、無いけど………」
ど、どうしたのだろう。も、もしかしてこいつは俺の事好きだったとか!?え?でも、唐突過ぎない?駄目だ!やはり思考が読み取れない。
出来るだけ彼女と視線を合わせないように目を泳がせていると一つの本が目に入った。どうやら恋愛指南本らしく、表紙には何やら"攻める"と書かれていた。
「………もしかして、お前は俺を恋愛指南本の実験台にしようとか思ってる?」
ジト目で俺は幼馴染に質問する。
「れ、恋愛指南本なんて知らないよ。うちにそんなものは無いし」
変わらずに無表情で幼馴染は言ったが、そこに確かに本はあった。
「お前、今吃っただろ。あーあ、ドギマギして失敗だったぁ」
鼓動の速さは徐々に遅くなっていき、ホッとしたような、しないような感覚が染み込んできた。
「ドギマギは………したの?」
布団に包まれたままの彼女はそんな事を聞いてきた。彼女はやけに真摯に俺の方を見ていて、俺は、こいつにはそんなに射止めたい男がいるのか、などと思った。なので、誤魔化すのも悪いかなと思い正直に答えた。
「いや、しない方がおかしいだろ。一応俺は男でお前は女なんだからさ」
と言うと
「む、もう少し違う回答が欲しかった」
彼女が珍しく不満げに頬を膨らませた。それを見て俺は少し驚いたので、「どんな回答が欲しかった?」と聞いた。すると、普段無表情な彼女が言うにはやけに情緒的な回答で、これまたびっくりした。
「私だからドキドキしたって言って欲しかった」
何故だろう。先程の鼓動の高鳴りが振り返してきたようだった。その後はそっと彼女をベットの上に下ろして、"お前もそろそろ行く用意をしろ"とだけ言って、部屋を出て階段をせかせかと降りた。足元がおぼつかないようで、少し転びそうになってしまった。妙に体が熱くて、頭もよく働かない。
「別に、実験台じゃないのに」
そんな彼女の言葉は、まだ、聞こえないまま。
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