改札前で君を待っている(恋愛)

 私は彼と待ち合わせをしている。集合時間は一時。だが、どうやら彼はやむなく遅刻するようだ。


 "部活のミーティングが滅茶苦茶長引いてしまった。済まないが、二十分程遅れることになる。どこかで休憩して待っていてくれ。本当にごめん"


 ブワンと震えたケータイを覗くと、通知の欄にそう書かれていて、私は"許さない!初めてのデートなんだぞ!(笑)"と返信した。既読はすぐにつき、"マジですみません(汗)急いで行くので、待っていて下さい"ときたので、"嘘です、あんまり怒ってないよ。事故にあっちゃ嫌だから、焦らずに来てね"とまた返信した。


 という事は、現在、待ち合わせ時間二十分前に来た私は、これから四十分間を上野で一人過ごさないといけない訳だ。


 どうやってこの時間を過ごそう。近くのカフェでコーヒーをすすりながら、SNSを眺めてもいいし、カバンの中の小説を読んでもいい。いや、四十分あるのだからアメ横でも散歩しようか。


 だが、それもあまりピンとは来ないので、待ち合わせ場所にした、上野駅の改札前でそのまま立っている。周囲を見渡すと、さぞかし元気が有り余っているのだろう、小さい男の子と女の子が笑いながら走り回っていて、それを母親と思われるような女性二人がげんなりした様子でベンチから見守っている。私はそんな光景を見て、少し笑みが零れた。


 私も昔あんな風に彼とここで駆け回って、ママ達を困らせていたに違いない。今日は科学博物館に行く事になっているが、その時は確か動物園に行ったんだっけ。パンダやホッキョクグマ、キリンといった、初めて見る動物達を好奇の眼差しで見ていた。


 その中でも特に印象的だったのが、白いカラスだ。それがアルビノで、生まれつき黒い色素であるメラニンが欠如し、紫外線に弱くなる先天的な病気であるという事はもう少し大きくなって知った事だが、当時の私達は身近な存在が身近でないように見えて興奮したものだ。彼はカァカァと、カラスの鳴き真似をして意思疎通を図るような事をしていたなぁと思い出す。今もあのカラスは展示しているだろうか。


 急にノスタルジーに襲われ、少し風が冷たくなったように感じ、思わずエプロンドレスのポッケの中に手をそっと入れた。ふと空を見上げると、白い生き物が風に流されてこちらから去っていくのが見える。なんだか、ちょっとだけ、胸がキュッと締め付けられた。



 最終的に私は四十分間くらい、そこに立ち尽くしていた。色々と思う事があって、それ以外は蚊帳の外になり、彼がちょんちょんと私の肩を叩いた時、びっくりして、ひゃあん!、と変な声を上げてしまった。時の流れが再び戻ったようで、目が覚めたようで、思わず瞼をパチクリする。


 「す、すまん。そんなに驚くとは思わなくて」


彼の方こそ、そんな私を見て驚いたような顔をしていた。その表情がなんだか惚けた感じがして、私はまた笑みを浮かべる。彼の顔は昔とは違っていた。過去は過去で、今は今だと思えた。


「待たせて、本当に悪かったな。理由はどうであれ」


彼は申し訳なさそうな顔をするが、私の方は正直あまり気にしていない。


「別にいいよ。私、君に今会えて、待つのも悪くないと思えたし」


それは本当の事だ。


「なんかそう言われると微妙に恥ずかしいな………」


彼は頬を仄かに染めて、口角を上げて目を細める。表情豊かなところは変わってはいないようだった。


「にしても、なんでここにずっと立っていたんだ?どっかで休憩してて良いって連絡したのに」

「………うーん、なんでだろうね?自分でもよくわかんないや」


私は顎に手を当てて、はぐらかした。君との思い出を考えていたなんて、妙に照れ臭くて言えない。


「ご飯は食べたの?」

「ああ、電車待ってる間に弁当を急いで胃の中に掻き込んだ。」

「そっか、じゃあ行きますか?」

「うん」

「あ、あとさ」

「何?」


………


そう聞かれた後、少しの沈黙が二人にのしかかった。彼にとっては少しかもしれないが、それは私にとってはかなり長い時間のように思えた。少なくとも、先程物思いにふけっていた時間より。私はその言葉を言おうか言わまいか悩んで、ぐずぐずする。血液はより早く循環して、頭から熱が抜けていく気がした。彼は不思議そうにこちらを見ている。私はどうしようもなくなって、絞り出すように声を出した。


「手、繋いで行かない?」


その一言が私達の空間を淡く、とくりと揺らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る