春の終わり、初夏の始まり、そして、ひとりぼっち(シリアス)

 埃臭い教室の中が食い物の匂いで満ちていく。他人の弁当は様々で、カレーやナポリタン、唐揚げや卵焼き、カットしたトマトに煮たほうれん草。様々な臭いが混じりに混じって、なんとも言えない匂いの集合体になって、少しむせる。


 鞄に入れてあった、コンビニの安いメロンパンの包装を、ビリビリ破いて、中身を出す。水筒を窓の額縁におくと、金属と金属がぶつかり合って、鼓膜をゴーンと震わせる。後ろからは教室の扉をガラガラと開ける音、椅子をザザザと引く音、黒板の上にたったったとチョークを擦りつける音、そして、皆がきゃっきゃっと喋っている音。僕が窓を開けると、窓のロックの部分が枠にガンと当たり、風がぶわりと吹き込んで、カーテンとシャツと髪をしゃあっと揺らした。モノとモノが共同で作っていく、楽しそうな合唱祭。でも、僕は決して鳴かない。


 メロンパンを無造作に噛みちぎって、口の中に入れる。咀嚼すると、ザラザラとしていた感触が、舌から滲み出る唾液と絡まり、丸まっていって塊となっていく。満足がいく程に噛み締めて、これ以上口の中に留めておきたくない土塊となった瞬間に飲み込む。


 パンは、噛みちぎって口に入れた最初、ザラメが溶けて甘さが口の中に広がって、もう一度噛むとパサパサした中身に突入し、ただのパンになる。何度も噛み締めると、パンの中からデンプンが分解されて、仄かな甘みを感じる。ずっと噛み締めていても味は感じるくせに、どうして呑み込まなければならないのかは昔からの疑問だ。


 目の前の空間は初夏だ。まだ浅緑の葉が風と共に仲良く、揺ら揺らと揺れている。ベタ塗りに見える水色が、真上に行くほどコバルトブルーに変質していき、その中を千切れ雲の群衆がわらわらと泳いでいる。その下は民家が隊列をなしていて、校庭を覗いてみると、サッカー部が昼練に勤しんでいた。僕はもちろんその輪にはない。


 自分で選んだ事なのだ。こうやってひとりぼっちでパンを食べるのは。誰とも認め合えないし、話せないと思ったから、話してないのだ。それだけだ。


 いや、本当は違う。ただ諦めてるだけだ。人になる覚悟がないから、人が怖いから、こうやって甲羅に篭って自分を守ろうとする。いつだって身体は人で、甲羅なんてないというのに。一人で生きられる程強くもないのに。それでも直立二足歩行が出来ない。


 春は終わって少し暖かくなった筈だが、日陰は何故だか少し肌寒い。


 今日だってチャンスはあるのだ。悶々とせずに戦えばいいのに。それでも、戦いというのが妙に引っかかる自分がいる。そうだ、友達なんて、作るものじゃないと思っていた。勝手になっているもんだと思ってたんだ。僕は。それが甘えだと知らずに。

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