短編集みたいなの

蚕札

許せない弱さ (シリアス)

不埒を働く者がいる。昔からそういう事はあったにはあったが、最近は更に激しくなっている、ようだ。なんでも、夜中に人影が蠢いて、財布や箪笥の奥から金品を持ち去る事件が頻発しているらしい。その男の顔を見た者は誰一人いない。街はその話でざわめいていた。


「とっちめてやる」


そう言うは若い少年。彼は悪事を許すことは無い、常に正しいと言われる事をする、正義感の強い男であった。学内の成績は常に優秀、身体を鍛えるために毎日訓練を欠かさず、重荷を抱えた老人がいれば荷物を持って手伝い、いじめがあれば止めにかかった。


自分の家は狙われる程裕福ではなく、数年前の凶作で負った傷は深く根付いている。そんな中頑張る父と母を見ていると、そうやって他人が汗水働いて得たものを盗む輩は特に許せないのだ。


街で聞き込みをし、夜は張り込み、被害件数を纏めて記録にとり、法則性を見つけ、ちょうど戸に手を掛けようとする彼と遂に邂逅する。その盗人は鬼面をかぶっていた。


泥棒だ!と声を張り上げて、少年はそのまま逃げ行く彼を追った。夜の街は騒ぎ出して、灯りが点々とつき始める。夜の冷めきった空気を切り裂く様に、路地を抜け、家を跨ぎ、鬱蒼とした山の方まで駆けて行く。鼓動を早めて息を切らしながらも、少年には彼の元にたどり着ける程の体力が優に宿っていた。


麓で限界を迎えた鬼面が観念したかの様にこちらを向く。だが、少年はそれを見た瞬間に安堵できないと悟る。何故ならば、彼が荷を下ろして手に持つは小刀。満月の金色に淡く照らされたその刀身は少年へと向かう。


限界を迎えたという表現には語弊があった様だ。彼はこちらに攻撃する程の体力は備えていた。間合いを詰めて斬りかかろうとする。それを紙一重で躱す。しかし、少年は戦いを心得てはいない。着物の裾がずばりという音を立てて裂けた。それだけで済んだのは運が良かった。


少年はなんとか彼の間合いから抜け出し、睥睨する。戦闘を真正面からすれば先ず命はないであろう。だからといって睨んでいるだけでは、相手に体力が戻り逃げられてしまう。


結果、地に転がる石や岩を投げつける。すると、本当は足に投げるつもりであったが、手元が狂い一個の岩が盗人の胸に当たる。その瞬間、うぐっ、と声がし、彼はそのままに倒れた。薄暗い中、ジワリと液体が服に滲み出てくるのを見た。


少年はぎょっとして怖くなり、逃げ出そうとした。だが自身の義心に幽閉された。それでも揺らぐ。歯を食いしばり、拳を握った。そして………諦めた。逃げることを。


罪人は鬼面を剥がす。そうすると頭の中に木霊する声が一つ。


「人は裕福と貧乏に分かれる。裕福は富をあくまで己に使い、貧乏は身の果てを枕に見る。裕福は富を己の権利として主張し、手放す事は無い。貧乏は尊厳を破ってでも生きようとする。分け合えれば良いのだが、それが世の常だ」


少年は、彼が先程自分に刺さらないようにわざと、裾を切り裂いたのだと気づく。そして、これまで自分に楽をさせておきながら、無理をして笑っていたのだろうかと思う。ただ下を向き、地を汚した。


本日、未明、子は父を殺害した。

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