敵対すべき正義たち

ナナシたちはフィーナたちがクラスから去った後。

 彼らは クラスメイトたちから質問攻めを散々受けていた。


 どこにいたのか?何をしていたのか?

 ギルドはどうだったのか?

 ガリアやリーの死因。



 当然、全て嘘で返すことになるのだが。



 当然だ、魔王が2人を殺すのを見届けた後にフィーナから魔王を助けて魔王と協定を結んだなど嘘でも言えるわけがない。

 本当だとしても信じられる話ではないけれども。



 ようやくクラスメイトたちから解放されそうな雰囲気が漂う中、教師カインからナナシに追い討ちが襲い掛かる。



「学園長室にもちゃんと全員で行くんだぞ?もう一度同じ話をすることになると思うがな」

「………わかってますよ」


 この話はメアリーやナーガ、ネザーが行っても問題はないはず。

 だが全員で行けという指示があるのはナナシたちを警戒しているという考え方もできる。



 いや、そういう考え方をしなければならない。

 目の前のほぼ全てが正義であり、自分たちの敵であると考えなければならない。



「はあ……いくぞお前ら」

「うむ、それにしても僕たちは貴様のせいで何度あの部屋に通わねばならないのだろうな。本来ならば一度も行く予定のない部屋だというのに」


 ナナシが不満そうにネザーたちに呼びかけて歩き出す。

 しかし当然不満そうなのはナナシだけではない。


 本当ならば優等生であるネザーやメアリー。

 優等生とはいかないまでも真面目なナーガもほぼナナシのせいで巻き込まれている。


 彼らが自ら選んだこととはいえ不服には変わりない。



「はぁい、ナナシさんの悪童っぷりはもう周知の事実ですからね……学園では大人しくと口を酸っぱくして言ったのに」

「授業態度とかは真面目だって聞いてたけどね、なんでその真面目をもうちょっと日常に活かせないのかな」


 ナナシの後ろからついて行きつつもグチグチと文句を溢している。



「うるせえな」



 と言葉を返しつつも反論はしない。

 というより確かに呼び出された原因であるギルドでの話やディーンの頼みを引き受けたのもナナシなので言い訳になる言葉がないのだ。



 毒にも薬にもならないような他愛のない話をしながら歩き、学園長室に向かう。



「………む?」



 不意にネザーが何かに気付いたような声を出した。

 かと思えばくはは…といつも通り笑い出す。



「なんだよネザー、なんか面白いもんでもあったか?」

「程々に、と言ったところだがな」



 そして学園長室の前に辿り着いた時、ナナシにもそれが理解できた。



「………くっくっく、なるほどな。確かにこりゃ程々にってとこだ」

「であろう?」


 メアリーとナーガは楽しそうな2人の反応を不思議そうに眺めている。

 しかし2人は知っている、この2人が楽しそうなことでろくな事はないということを。



 -----ガチャ



 ナナシはノックもせずに学園長室に入った、

 3人もそれに続いて入って行く。


 部屋には3人の人間がいた。

 そしてメアリーも理解した、2人の楽しそうな反応の意味を。



 1人はこのアルメリア学園の学園長であるセレス。

 もう1人はギルドマスターのゴリアテ。



 そして白髪の男。

 ディーンの依頼の標的。

 御伽噺の英雄の殺したい男。



「よう、久しぶりだな白髪。緋剣は元気か?」

「………相変わらず口の張らない小僧だな」




 現アルメリア騎士団 団長 ヘリオ・ルーク



 ナーガが気付かないのも仕方がない。

 ナナシたちがヘリオと出会ったのはナーガが悪を選ぶ前のことでナーガはヘリオと面識がないのだから。



「おお!アルメリア学園の学生諸君!!無事だったか!!」



 少しヒリついた空気を読めないのか、それともあえて読まなかったのか。

 ギルドマスターのゴリアテが大きな声でナナシたちに駆け寄る。



「あぁ、迷惑と……後心配かけたなゴリアテさん。悪かったよ」

「いや!無事で何よりだバンディットくん!オークの依頼に行ったと聞いて本当に心配していたんだ!!」



 ゴリアテに対して随分と下手に出るナナシに一瞬疑問を感じたネザーたちだがすぐにその意図を察する。



 それがヘリオに対しての挑発だと。



 騎士団団長の立場を立てることなく、ギルドマスターに対しては立場を立てる。


 ディーンから聞いていたヘリオの性格が本当ならばヘリオがこの挑発に苛つかないわけがない、



 ナナシは横目でちらりとヘリオを見た。



 挑発の効果は上々。

 ヘリオは見るからに歯を食い縛り、拳を強く握りこんでいた。



「で?ギルドマスターはともかく白髪は何しにきたんだ?勧誘は断ったはずだけどな」

「馬鹿を言うな小僧!誰が貴様のような人間を騎士団に招き入れるとのか!!」



 その言葉にナナシは心の中で笑う。

 ディーンと共に学園に来たときに言った勧誘の方便の意味を失くすあまりに無駄な発言。

 感情に左右されて周りが見えず、嘘をつくための辻褄合わせもできない無能。



「はは!だからじゃあ何しに来たんだよ?あーあれか?何でも言うこと聞きに来てくれたのか?まだ決まってねえんだよなアレ」



 実際ナナシもなぜヘリオがここにいるのかは理解していない。

 だが十分、ヘリオの無能っぷりを確認できた上に標的が自ら寄ってきた。

 学園長とギルドマスターの説教を聞いてもお釣りが来る。



「小僧!あの決闘の後に緋剣がどうなったかも知らぬというのか!?」

「知らねえよ、あいつが変に粘るせいでボコボコにしちまったからイマイチ顔も覚えてねえしな。あーもしかして学生に負けて引き篭もっちまったか?」


 ディーンの話の限りで言うならばこのヘリオの過剰な反応も嘘なのだろう。

 そして当然ナナシの返答も嘘である。



「……そこまでですナナシ・バンディット君。そんな話をするためにここに呼んだわけではありません」

「はは!そりゃそうだ、俺もこんなヤツと話をするためにここに来たわけじゃねえ」



 ヘリオへの挑発は十分、ここからは学園長とギルドマスターだ。

 この2人をどうするか。



 敵に回すならそれはそれで構わないのだが時と場所は選びたいところである。


 魔力というものが存在するこの世界で積み重ねた経験がどれだけ魔力に依存するかということをナナシは知っている。


 ロンドという、家族であり師でもある男によって。


 故に学園長、セレス・トートも相応の実力はあると踏んでいいだろう。

 そしてあのネザーが分が悪いと一戦を退いたゴリアテ、当然のことながら警戒しないわけにはいかない。



 ここでこの2人のうちどちらかを敵に回せばヘリオは当然そっちにつく。

 腐っても騎士団団長まで成り上がるだけの力を持つ騎士。

 3人の能力は未知数、ここで敵に回すのはとりあえずヘリオだけにしておきたい。



「とりあえずゴリアテさん、セレス学園長、ご迷惑をお掛けしました」



 だからこそ、ここは謝罪一択である。

 反省しているという意志をはっきりと言葉で伝える。

 嘘でもだ。



「……そうはっきり言われてしまうとこちらも立つ瀬がありませんね」

「ははははは!!素晴らしいことではないですかトート殿!!素直な生徒で羨ましい限りですな!!」



 この反応。

 ゴリアテはともかくセレスは確実に俺たちを警戒している。

 そしてナナシの能力に対して相手の警戒は武器になる。


 だからこそゴリアテの警戒の無さをここで何とかする。



「あ、そうだギルドマスター、渡しておきたいものが」

「お?なんだ?」



 そう言ってナナシはゴリアテに袋を渡す。


「オークは全部殺しちゃいまして。これしか残ってないんですよ」

「………これを、本当に君たちが?」



 そう、キングオークの耳だ。

 あの時キングオークが自ら千切り渡してきた左耳。



「なんかやたらデカいオークがいたんでとりあえず殺しときました。これは俺が持っててもどうしようもないんで」



 ゴリアテもセレスもヘリオも。

 当然気付いている、それがキングオークの耳だと。



 そして当然考える、ナナシ・バンディットは危険だと。

 ここで、この場で敵に回して戦っていいものなのかと。



「……ここから先の話は俺たちはいない方が良さそうですね。おいお前ら、行くぞ」



 そう言うと4人は返事も聞かず学園長室から出ようとする。

 しかしセレスたちは4人を止められない。



 ナナシたちの事情よりもナナシたちに対する対策の方が大事だと理解しているから。



「あーそうだ白髪、緋剣によろしくな。またやろうぜって伝えといてくれ、じゃまたな」



 ナナシは最後にそう言い残し、学園長室から去っていった。

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