連なる声

----ナナシが帰ってきた。

 それが一体どれほどフィーナの感情を揺さぶったことだろう。



 もう手遅れだと思いそうになっていた友人が学園に戻ってきた。

 もしかしたら改心してくれたのかもしれないと期待した。



 きっとエルザですらそう考えていたことだろう。

 ただの友人に戻れるかもしれないと。



 そんな風に考える時点でフィーナとエルザがナナシとの関係を自覚してしまっているというのに。




 -----コンコン



 教室の外にいても聞こえるほどのクラス内でのざわめきの中でナナシはしっかりとそのノックの音を聞いた。



 その音の方に少しだけ顔を傾けていつものように問いかける。



「………誰だ?」

「僕だ!!」



 勢いよく開けられた扉の先には親友の姿があった。

 そしてその目線の先には席に座って頬杖をつきながらニヤニヤと笑みを浮かべたナナシが確かにそこにいた。



「ナナシ……!!」

「よう、久しぶりだなフィーナ。1人か?まあそりゃ1人か」



 ナナシはクックッと笑いながらいつものようにフィーナを煽る。

 敵になったとは思えないその態度。



 しかしフィーナはもう知っている。

 もう知ってしまった、ナナシはそういうことが出来てしまう人間のなのだと。



「余計なお世話だよ、元気そうでよかった」

「まあ放課後に学園長に呼ばれてっからその時までこの元気が持つか分かんねえけどな」



 フィーナはどれほど望んだことだろう。

 こうして、ただただ友人として学園で他愛のない話をすることを。



「あれだけ心配かけたら呼ばれるに決まってるじゃないか。しっかり怒られて反省してきなよ」

「ま、ネザーやメアリーも一緒だし長引いたりはしねえと思うけどな………お、ようエルザ」



 フィーナが後ろを振り向くとそこにはエルザとスズがいた。


「…………ナナシ」

「なんだよエルザ、久しぶりで嬉しいのは分かるけど抱きついたりして来んなよ?」

「しないわよバカ!!」


 エルザと焦ったような反応が嬉しかったのかナナシは再び笑みを浮かべた。


「で?誰だその緑髪の女?エルザの恋人か?」

「あんた焼くわよ」


 エルザの反応をもっと見たいのかナナシがまた余計なことを言う。

 そんな2人の会話にクスクスと笑うスズ。



「はじめましてナナシ君、僕の名前はスズ。スズ・ベルクス、よろしくね」

「あぁ、こちらこそ。エルザの友達か?大変だろツンデレの相手は?」

「まあまあまあまあまあまあ」


 ナナシの言葉に反応しようとするエルザだったがスズの返しに思わず言葉が詰まる。



「……え?そうなのスズ?」

「いやまあ口で言う割には行動に移さないなあとか、変に行動する割には肝心なところで引くなあとか思ってはいるけど」

「……そうだったんだ」



 ナナシはそんな2人を見て三度笑みをこぼした。

 ナナシですらそれが本当に楽しいのだ。



 他愛のないこの一瞬を失うために生きているということを忘れてしまいそうになるほどに。

 しかしナナシは忘れない。

 ナナシがここに来たことも、今ここにいることも全て。



 幸せを作るためなどではないのだから。



「フィーナ今日暇だろ?放課後ちょっと付き合えよ」

「………ナナシは呼び出されて居残りじゃないか、待ってろって言うのかい?」



 フィーナからナナシへのせめてもの皮肉。

 ただもちろんナナシはそんなものが通用するような人間ではない。



「どうせ言わなくたって待ってんだろ?放課後に用事があるようなタイプでもねえだろうに」

「…………一応勇者なんだけどね」



 ナナシの返しに少しバツの悪そうな顔でフィーナが答える。

 わざわざ言う必要もないかもしれないが当然フィーナはナナシを待っているつもりだった。



「エルザも一緒で構わねえけど時間あるか?友達とどっか行くってんならそっち優先でいいけどよ」

「なんでエルザには予定を確認するのかな?」


 不満げな表情のフィーナを無視するようにナナシはエルザにも話を振る。



「今日は別に予定もないから大丈夫よ、フィーナと校門で待ってるわ」

「わかった、ネザーとメアリーも連れてくからよ。まあフィーナと2人でよろしくやって待っててくれよ」


 その言葉を聞いてエルザは真っ赤になった顔をこちらに向かないようにと背を向け.スズをおいて歩き出した。

 あんたに関係ないでしょ!と声を荒げながら。



「くく、相変わらずだなエルザも」

「そうだね、ナナシも相変わらずだ」



 相変わらず、とは言いつつも過去とは随分変わっている。

 自分たちの関係もそうだったらとお互いが思っている。



「フィーナも早く教室に戻れよ?」

「……わかってるよ、じゃ放課後にね」


 そう言ってフィーナも教室から出ていった。

 スズという女を残して。



「……で?お前もなんか用か?……あー…スズ?だったよな?」

「ううん、別に。あのフィーナ様とエルザにあんな対応できるのがすごいなあって思って眺めてたら置いてかれちゃった」



 阿保か?それとも考えあってか?

 ここ最近は全てが怪しく感じてくる。


「……あいつらとツルんでるだけあるぜお前。変わってるな」

「別にそんなんじゃないけどね、メアリー様が行方不明になったとかで代わりのヒーラーとして王様に選ばれただけ。と言っても私は白適正のヒーラーじゃなくて緑適正の薬師なんだけどね」



 ………ネザーが言ってたな。

 毒の生成は難しい、薬も同様だろう。

 いや、恐らく毒以上のはず。



 毒の知識に上乗せしてそれを打ち消すための薬の知識もいるはず。

 やっぱりこの女、ただの阿保じゃない。



 -----そしてこいつは俺たちの味方じゃない。



「なるほどな、まあメアリーが戻って来て安心ってわけか」

「………まあ、ね。それじゃ私も行くよ。じゃあね、ナナシ・バンディットくん」



 そう言ってスズも教室を出ていった。


 随分と含みのある言い方だったな。

 面倒ごとはごめんだが、あいつらの味方の面倒ごとなら願ってもない。



 そしてクラスの奴らからの質問攻めも始まるのだった。


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