白い悪魔
「………なるほど、あれがナナシ・バンディット、ですか」
先ほどまでの騒っぷりはどこへやら、ギルドマスターであるゴリアテが呟くようにセレスに問う。
「ええ、ギルドや騎士団でも噂になっているそうですね……悪意の塊とも言えるような真っ黒な魔力、つい先刻まで名も知らない他人だった緋剣ディーン・ナイトハルトの心を破壊した張本人。あれこそがナナシ・バンディットです」
セレスは語る。
たかが一学生に対する評価とするには過剰とも言えるほどのナナシへの警戒はその言葉にはっきりと現れていた。
「……私やヘリオ様は目の前でディーン・ナイトハルトとの決闘を眺めていましたがあの子は異常です。まるで人を人と思っていないような攻撃とそれを可能とする魔力と精神力」
セレスは身震いする。
改めてそれを言葉にすることでわかるナナシとの関係。
セレスはどうあがいてもナナシの敵にならなくてはならないのだから。
「それに先ほどの4人の関係も気になるところではありますな。ギルドに来た時もそうではあったがあのナナシという少年、王子ネザー・アルメリア、聖女メアリー・ロッド、そしてナーガ・ディオネ、彼らの先ほどのナナシ君への態度を見るに恐らくは……」
「ナナシ・バンディットについている、という噂はどうやら真実のようだな。ナーガという少女はともかくネザー王子と聖女が従うとはな」
先ほどの話の最中、ナナシ以外の3人はナナシの後ろでただ話を聞いていた。
話の全てをナナシに任せてだ。
見ようによっては面倒ごとを押し付けているように見えなくもないが彼らは知っている。
ナナシ・バンディットという男を知ってしまっている。
「……さて、本題です。ギルドマスターゴリアテ様、アルメリア騎士団団長ヘリオ様、ナナシ・バンディットたち4名の捕獲、もしくは討伐の依頼は可能ですか?」
これが今回のゴリアテとヘリオが来た理由だ。
ギルド全体とアルメリア王国騎士団がナナシたちを敵にできるかどうか。
改めて、ナナシ・バンディットという人間を目にして尚、彼を敵にすることができるかどうか。
「………正直なところギルドとしては遠慮したいところではありますなあ。キングオークを討伐できるほどの実力は可能ならば味方としておきたいところで」
「ふっ、ただあの小僧に怯えているだけではないのか?ギルドマスターゴリアテも随分と衰えたものだ」
-----ピリッ
ヘリオとゴリアテとの間に流れる空気に亀裂が入る。
「黙れヘリオ、と言いたいところだが黙っているとしよう。そうすればお前がやるのだろう?」
「当然だ、我々アルメリア王国騎士団には小僧1人に怯えるような根性無しは1人もいない。セレス・トート、そしてゴリアテ、よく見ているがいい、楽しみにしているがいい。ナナシ・バンディットの生首をな」
ヘリオはそう言うと高笑いしながら学園長室から退室した。
「……計画通り、ですかな?セレス・トート」
「計画通りであればギルドマスターゴリアテも共にこの部屋から出て行く予定ではありましたけどね」
ヘリオが出て行って静かになった学園長室で2人は言葉を交わす。
「ふはは!この私とて彼を敵に回すほどの度胸や勇気には準備が必要ですからな!まあヘリオ殿も捕獲、討伐は不可能にせよ、いくらかは削りに行ってくれれば助かりますな」
「ええ、そうなれば次はギルドへの依頼になりますから。その時は準備はお願い致しますね」
ゴリアテとセレスは2人で小さく笑い、部屋には絶望に近い静寂が流れるのだった。
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「……くは、くはははは!!!見たかロッド!?見たかディオネよ!?くははははははは!!!この男!!敵に回しおった!!ギルド!!学園!!王国騎士団!!くははははは!!!」
学園長室から少し離れた廊下でネザーは高笑いをして喜んでいた。
まるで新しい玩具でも手に入れた子供のように大はしゃぎするネザーを横目に、メアリーは大きくため息をつく。
「まあ……いずれはこうなることだとは分かってはいましたが。なんというかこう……来るものがありますね」
落ち込んでいる、と言うわけでは無さそうなメアリーだがやる気まんまんというには程遠い表情を俯きがちに浮かべている。
「……人、なんですよね。次の敵は」
「そうだね、だからこその悪で、それでこそ私たちだよ、メアリー」
不安を呟くメアリーに対してナーガは冷静に、冷徹に、冷淡に答えた。
ただの少女だった少女が人を敵にする決意を宿してそう言った。
「怖いか?メアリー」
ナナシは歩きながら振り向くことはなくメアリーに問う。
メアリーは少し間を置くと顔を上げてナナシの背に目を向けた。
そしてようやくメアリーは気付いた。
-----ナナシは魔力を解放していた。
学園内では魔力を抑えていたはずのナナシが故意に魔力を解放していたのだ。
メアリーは動揺した。
ナナシが魔力を隠していないことに対して、などではない。
それを気にもかけず、ただ歩いていた自分に。
「ね?大丈夫でしょ?だから大丈夫、安心してメアリー。私たちはもう、戻れないから」
「……ふふ、はぁい。大丈夫、ですね、ナーガ」
ナナシはまるで絶望の際のような話をしながら笑い合う2人を背に小さく笑う。
「くはは、いつの間にやら名を呼び捨てる仲になっておるわ」
「アイツら2人仲良く死に掛けた仲らしいぜ?ゴブリンの王だの女王だのに殺されかけたってよ」
「ほう!テオゴブリンとエウゴブリンか!!キングオークよりも大きな身体の魔物ではないか!!」
ついさっきまで後ろにいたネザーが横に並び、ナナシに向かって話しかけ、ナナシの話を聞いたネザーは大きく食いついた。
まだ単純な戦闘向きではないメアリーとナーガと能力とは言え、2人が殺されかけるレベルの敵にネザーが食いつかないわけもないわけだが。
「………ネザー、フィーナとヘリオのだけでいい。魔力感知で探っといてくれるか」
フィーナとヘリオの対面を避けるためにナナシはネザーに頼む。
しかしそこはネザー・アルメリア。
警戒、油断、隙というものに最も適した男。
「遅いなバンディット、既に探っておる。アレクサンドは校門、アルカとデルクスも一緒におるな。ヘリオは学園長室を出て僕たちとは逆の方向に歩いている、裏口にいる複数の魔力は恐らく騎士団の連中であろうな。化け物のような奴らを相手にするのだ、気を張ることだな」
「………段々お前が怖くなってきたぜ」
見事、と言わざるを得ない警戒。
化け物のような奴とは間違いなくネザーも入るだろう。
「でもとりあえず安心だな、あとはフィーナたちの所に着いてからだ」
ナナシは再び小さく笑う。
フィーナとの再会にではなくフィーナへの挑発を楽しみにして。
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