夜に染まる緋

「ったく、アイツらどこ行きやがったんだ」


 ようやく火山から街に転移し、俺たちはメアリーたちを探していた。

 メアリーたちの魔力は俺や魔王のようにわかりやすいものではないから探すのも一苦労だ。



「………バンディット、見つけたぞ」

「お!さすがネザーだな、頼りになるぜ!……んで?その複雑そうな面はなんだよ」

「うむ、3人以外に1人増えていてな。似たような魔力に覚えはあるのだがはっきりせんな……」



 ネザーが困惑している姿は珍しいな。

 ここ最近でネザーの新しい面がよく見れている。



「ま、行けばわかんだろ。そいつらはこっちに向かってんのか?」

「うむ、こっちへ向かっている。つまりその誰かは白魔法を使えるということだな」


 俺は魔力感知はメアリーの十八番だろ、と言いそうになってやめた。



「あー……そっか、メアリーもう白魔法使えねえから魔力感知も出来ねえのか」

「そうだ、ディオネも白魔法は使えない。フルートは分からんが使い方は知らないだろう。つまりその誰かが僕たちの魔力、恐らくバンディットの魔力を探って向かっている、ということになる」


 なるほどな、それにしてもネザーは本当に聡明だ。

 こいつがいなければ俺たちは何度危険な目にあっていたかわかったものじゃない。



「む、広場で止まったな。僕たちの方から来いという意味だろう」

「ってことは少なくともメアリーとナーガの2人はそいつの指示に納得してるってこったな」


 誰だ?と考えてみたが心当たりがない。

 ネザーが困惑し、あの2人が従うであろう人物。

 ………まあ行けばわかるか。



 俺たちが広場に向かって足を進めた時。

 俺の狭い魔力感知が反応した。



 この魔力……覚えがある。

 燃えるような魔力、だが少し違う。

 あの男と比べると少し冷めた、というか落ち着いた魔力をしている。


 だが……まさか………



「…………おいおい、なんの冗談だ?」

「……久しぶりだね、ナナシくん」



 その男は緋い髪を揺らしてそこに立っていた。

 初めて会った時と比べると見窄らしい服装で面影があるのは剣とマントだけ。



「………騎士の勧誘に来た、って格好じゃねえな。随分とお洒落になったじゃねえか、御伽噺の英雄」

「ふふ、私が騎士を辞めたことくらい知っているだろう?飾ることをやめただけだよ、君と同じようにね」



 緋剣 ディーン・ナイトハルト。

 かつて決闘をして、完膚なきまでに叩きのめした男がそこにいた。



「………詰まるところ復讐ってわけか、んで俺たちより先にそっちの雑魚どもを人質にってか?」

「ふふ、そうだと言ったらどうする?」



 馬鹿な奴。

 馬鹿な奴ら。




「メアリー、ナーガ、リリレイ。先に死ね、後で逝く」



 そう言って魔力を解放しようとしたその時。

 メアリーがそれを止めに入った。



「もうディーンさん!ナナシさんを煽らないでくださいよ!」



 ………どういうことだこれは。

 クスクスと笑うディーンをメアリーが止めている。

 リリレイはキョトンとした顔で俺を見ている。

 ナーガは………軽蔑するような目で俺を見ていた。



「ナナシさん、ディーンさんも例の夢を見たそうです。話を聞きましたがどうやら本当みたいで……」

「…………は?」



 ディーンが腹を抱えて笑っている。

 こいつはこんな奴だっただろうか。



「そういうことだよ、ナナシくん。【怠惰の緋牛】ディーン・ナイトハルト、だそうだ」



 脳の理解が追いつかない。

 王国騎士のこいつが?

 御伽噺の英雄のこいつが?

 七つの大罪の1人?



「…………ざけんなよ」



 俺はボソッと呟いた。

 聞こえなかったのだろう、ディーンが聞き返してくる。



「え?」




「ふざけんなよ……赤髪……!!テメエは正義の王国騎士だろうが!!騎士のホコリはどうした!?あぁ!?」


「……ふふ、そんなもののために死んでもいいと思っていたこともあったね」



 俺の挑発を受け流すように。

 ディーンは飄々と言い放つ。



「………民のため国のためがテメエの正義だろうが!!なに簡単にこっちに跨いで来てやがる!!こっち側の意味が分かってんのか!?テメエの守ろうとしてきたモン全部壊すってことだ!!テメエは」


「そこまでだ、バンディット」



 激情に駆られた俺の肩をネザーが叩く。

 冷静に、落ち着けという気持ちが込められているのだろう。

 でも俺はどうしてもそれを納得できない。



「ネザー……お前は信じられんのか!?正義と悪の境界線を簡単に越えるような奴だ!!」


「くはは!信じる?その言葉は僕たち悪にとって縁のない言葉だろうバンディット。それにその境界線は一方通行、こっちに来るのは簡単だ。だが来たら最後、戻れない。それはロッドや僕も同じだ、貴様も分かっているだろう?」



 ネザーは軽く微笑みながら宥めるようにそう言った。

 ああ、その通りだ。

 一国の王子だったネザーも勇者のパーティーだったメアリーもそれを越えてこっち側にいるのだから。



 ………冷静じゃなかったな。

 ネザーの言う通り、そしてそれは俺が一番分かってなきゃいけないんだ。

 俺は大きく息を吸うとそれを全部吐き出してディーンの目を見た。



 あの目……見えてねえな。

 視線を感じねえ、目に光がねえ。

 ………変わっちまったんだな。



 いや……変えちまったんだ。

 他でもないこの俺が。




「………悪かった、ディーン。ちょっと色々あったもんでな、許してくれ」

「あぁ、気にしてないよ。話は後の方が良さそうだね、僕からも話したいことがあるし」



 話したいことってのは夢の話か?

 いや、だとしたら別にここでもいいはずだ。

 ………こいつも色々あったんだろうな。



「あぁ、宿に泊まるつもりでいるからそこで話そうぜ。別に俺は今でもいいんだけどな」

「ふふ、今君が話をしなくちゃいけないのは私ではないんじゃないかな?」



 ゾクッ



 殺気すらこもっているような視線。

 俺はすぐにその視線の元を辿る。




 そこにいたのはナーガだった。



「………ねえナナシくん。先に死ね?って言った?ナナシくんもしかして私のこと見捨てようとした?」



 ………まずい。

 メアリーの方を見るとあいつもあいつで冷めた目線をよこしていた。



「どこ見てるのナナシくん?私と話してるんだよね?ディーンさんとの話は宿でするんでしょ?ねえ、さっきの言葉どういう意味?」

「………あー……いや、なんつーか……咄嗟に……」



 ナーガが少しずつ近寄ってきた。



「……咄嗟に?咄嗟に何も考えないで先に死ね?おかしくない?おかしいよね?それって私が今ここで死んでもいいっていう意味だよねあれ」



 ………マジでやばい。

 俺は助けを求めようとネザーを見る。



 しかしネザーは、いやネザーですら。

 目を閉じていた。

 フォローのしようがない、どうしようもない。

 諦めろ、ということか?



「ねえ!!!!!」

「うおっ!?」



 ナーガが怒鳴る。

 イツァム・ナーの圧と大差がない。



「2回目だよ?どこ見てるの?」

「…………」

「ねえ、なんとか言ってよ?ねえってば!?」



 ………このクソ女……段々面倒になってきた、周りの奴らも痴話喧嘩だなんだと集まってきてるし早めに終わらせねえと。


「うるせえな!!テメエらが下手したら人質に取られかねない程度の力しかねえから俺にそう思われんだろうが!!そこに文句あんなら俺より先にテメエらの弱さをなんとかしろやカスどもが!!!」



 我ながら逆ギレもいいとこだ。

 目を閉じていたネザーが目を見開いてこっちを見るほどだ。

 魔王とメアリーは唖然としていて、イツァム・ナーとディーンは小さく笑っている



 だがナーガには、弱いこいつにはこれでいい。



「………それも……そう…だね……….そうだよね、私たちがディーンさんより強ければナナシくんにそう思わせる心配もなかったんだもんね」



 メアリーが嘘でしょ!?と言いたげな顔でナーガを見る。

 そしめネザーは口を小さく開けて感心している。



「ま、そういうこった。とりあえず宿に行こうぜ?そういやお前らどこ行ってたんだよ」

「あ、そうそう聞いてよ!リリレイちゃんの服買うお金貯めるために迷宮に行ったらゴブリンが30匹も40匹もいてね!!」



 俺はナーガと宿に向かって歩きながら話を始めた。

 俺もなかなかやるだろ?と後ろの奴らをチラッと見て笑みを浮かべながら。



「ねえ聞いてるの!?」

「あ、わり。今は聞いてなかったわ、なんだって?」

「だから迷宮の奥にテオゴブリンとエウゴブリンがね!!」



 ………話は長くなりそうだ。

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