歪んだ緋
テオゴブリンとエウゴブリンをディーンさんが無事討伐し、私とナーガさんは素材となる角と骨の剥ぎ取りを行っていた。
私たちは2匹を討伐したのはディーンさんなのだからと素材を渡そうとしていたがディーンさんは私には必要ないの一点張りだったので遠慮なく頂くことにした。
…………しかしこの空気。
ディーンさんは迷宮の壁に寄りかかりながらリリレイちゃんの横で自前の剣を研いだままずっと無言を貫いている。
私たちも私たちでナナシさんがディーンさんにしたことを知っているのでなんと話しかけていいものやら分からない。
「……ねえメアリーちゃん、この空気しんどいよ」
「……私だってそうです、なんとかしてくださいよ……」
そんな沈黙を破ったのはリリレイちゃんだった。
「……あの……」
「ん?なんだい?」
私とナーガさんがビクッと反応する。
そのやり取りを1番幼いリリレイちゃんに任せているというのだから我ながら情けない。
「……ディーン……さん?」
「ああ、ディーン・ナイトハルト。いい名前だろう?自分でも気に入ってるんだ」
雑談………?
放っておいて大丈夫だろうか。
「……ディーンさんも、ナナシお兄ちゃんの仲間なの……?」
「まあ、そうなるかな。仲間に入れてもらえればの話だけどね」
私とナーガさんはお互いの顔を見て驚いている。
あのディーンさんが私たちの仲間に?という疑問を持っているのはお互い顔を見ればわかる。
私はようやく勇気を出してディーンさんに話しかけることにした。
「……ディーンさん、お久しぶりです」
「ああ、メアリー嬢。久しぶりだね、勇者のパーティーを抜けたって?」
「はぁい、ナナシさんの側につくことにしましたので」
当然のように正義を捨てたことを答えた私をディーンさんはどう思うのだろう。
ナナシさんの目的は知らずとも性格を知っているディーンさんなら否定するのだろう。
「ナナシくんの側にいることが勇者のパーティーという輝かしい称号を捨てる価値があると思ったのかい?」
「価値なんてないですよ、私たちは悪ですから」
その返事にディーンさんは言葉を止めた。
緋色の目が私を見つめている……けど………あの目……
「……ディーンさん、もしかしてその目……」
「あぁ、見えてない。魔法の誓約でね、視力を捨てたんだ」
ディーンさんも当然のようにそう答える。
道理で目が合っているのに視線を感じなかったはずだ。
「私はまだナナシくんのことはよく知らないがそうする程度の価値は彼にはあると思っているよ」
この人、まさか……
「………ディーンさん、不思議な夢を見ませんでしたか?」
私は問い掛ける。
正直なところ、私は見ていないことを望んでいた。
もちろんナナシさんのことを考えた上でだ。
ナナシさんは悪だ。
でもナナシさんはフィーナ様に対して正義を信じている。
フィーナ様がそうだからこそ、ナナシさんはこうなのだから。
ナナシさんは正義の存在を理解しているからこそ、フィーナ様との戦いを望んでいる。
しかしこのディーンさんを見てしまえばナナシさんは思うはずだ。
『フィーナもこうなるかもしれない』と。
それだけは避けねばならない。
ナナシさんに目的があるように、私にも目的はある。
ネザー様がナナシさんとの戦いを望んでいるように。
ナーガさんが強くなることを望んでいるように。
私の目的のためにはナナシさんがそうなる可能性は出来れば避けたい。
しかし---現実はそううまくはいかない。
「よく分かったね、神に言われたよ。【怠惰の緋牛】として悪の勇者と世界を救え、とね」
………どうやら本当のようですね。
出来ることならここでディーンさんを始末してしまいたい。
しかし私の目的のためにナナシさんの目的の邪魔はできない。
「……そうですか、私とナーガさんもです。あ、ナーガさんはそちらの亜麻色の髪の子です。お隣にいる藍色の髪の子はリリレイちゃん、ナナシさんの義理の妹のようなものです」
「……色を言われてもね、私は気配は分かるけど色はみえないから」
そうだった、ディーンさんは視力を失っていたのだった。
余計なことを考えていたせいですっかり抜けていた。
「……えっと比較的黒い魔力の子がナーガさん、綺麗な魔力の子がリリレイちゃんです」
「あぁ、なるほどね。よろしく頼むよ3人とも」
ディーンさんは私たちにそう言うとすっと立ち上がった。
そして私とナーガさんを鋭い目で睨みつけながら言った。
「それで君たちはここで何をやっている?」
ディーンさんの言いたいことはわかる。
無謀だと、無茶だと言いたいのだ。
私もナーガさんもその問いに俯く。
「私は君たちの強さは知らないが、ナナシくんの強さは知っている。強い子だった、私の心が屈してしまうほどに。そのナナシくんと共に世界を救うという私と同じ夢を見た君たちがなぜこんな無茶をするんだ?」
ディーンさんの言う通りだ、私たちは強さを得て慢心していた。
ナーガさんの心配をするなど烏滸がましいことだった。
私たちは強くなっただけで弱いまま。
「おそらく考え無しということではないのだろう、だが無茶で無謀で無意味な行為だ。私と同じ夢を見たならば君たちの役目はその時までナナシくんと共にいること、ここで捨てていい命ではないはずだろう?」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。
私たちが迷宮に来ることにどれだけ理由や目的があろうともそれはナナシさんの目的の邪魔をしていい理由にはならない。
「……申し訳ありませんでした、慢心していました。強くなれた自分の強さに」
「……うん、私たちはまだまだだね。もっと強くならなきゃだ」
私たちにはディーンさんに頭を下げて猛省した。
ディーンさんはナナシさんと長く過ごした私たちよりずっとナナシさんにとって正しいことを考えてくれている。
これが大人というものなのだろうか。
「いや、分かってくれればそれでいいんだ。君たちが悪なのは分かっている、でも目的のために捨てていいものを間違えてはいけない。それが正義であっても悪であっても」
ディーンさんはくるりと後ろを振り返り、迷宮の入り口の方は歩き始めた。
「さあ、街へ戻ろう。下っ端の失敗はボスの失敗だ、ナナシくんにも説教をしなくてはならないからね」
後ろ姿でも分かる嬉しそうなディーンさんの声。
王国騎士をしていた時よりもずっと幸せそうに見える。
私たちと一緒だ。
きっと、そんなことはないのに。
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