元正義の願い事

「申し訳ありません……部屋が2部屋しか空いていないのです……」


 ようやくナーガの長話を終えて宿りたどり着いたはいいもののこの始末。

 魔界の宿ってのはそんなに混雑しているものなのだろうか。


「まあ仕方がないさ、この魔界で人間が家なんて持った日には襲ってくださいと言っているようなものだしね」

「くはは!そのような生活も悪くはないな!」


 ……ネザーが魔界に家を構えようとか言い始める前にとりあえず宿はとっとくか。


「あー……その部屋に全員寝ても大丈夫か?」

「えぇ、もちろんでございます。ですがベッドは2つしか置いていませんので……」

「いや、椅子とか床でも構わねえ。大人数で押しかけて悪かった」

「いえそんな!代金は人数分かかってしまいますし……」



 まあ、仕方ない。

 幸いメアリーたちが狩ってきたゴブリンの骨もあるし金はなんとかなるだろ。


「それで構わねえよ、ただ今金なくてな……素材の換金してくれる店ももうやってねえから金は明日でもいいか?」

「でしたら此方に預けて頂ければ明日の朝イチで換金してきますよ?」

「お、助かるぜ。じゃメアリー、あとやっとけ」

「…………はぁい」



 久しぶりの雑な振りにメアリーが返事をする。

 相変わらずは不服そうだ。



 だがこれでようやく体を休めることができる。

 最近は野宿ばかりで周りを警戒せず休むことなど出来なかったからな。




「まあ、部屋割りはこうなるよな」



 女3人で一部屋、男4人で一部屋。

 散々外で一緒に野宿をしていてもやはりこういった一線のようなものは弁えている。



「つーかディーンは家あんだろ?わざわざこっちに泊まんなくてもいいじゃねえか」

「別にいいだろう?どうせ君たちに話したいこともあったしね」



 ディーンはソファーにドサッと座ると見えていない目で真っ直ぐこちらを見つめて話を繰り出した。



「………殺して欲しい奴がいる」



 予想していなかったといえば嘘になる。

 相応の理由があったからディーンは人間の世界から離れたのだと。

 国に見切りをつけたとはいえ、ここまで変わっているとは思わなかったがな。



「くっ……くはははは!!御伽噺の英雄も堕ちたものだな!!」

「ははは!まったくだ、俺に民だの悪だの言ってた緋剣はどこに行ったんだ!?」



 ディーンもふふっ、と笑う。

 あの緋剣が悪である俺たちに殺人を頼み、笑っている。



「だが堕ちることを選ぶ権利はワシらにもあったはずじゃろう?だが堕ちることを選んだ、堕ちるに値する人間がそっち側にいたからのう」



 イツァム・ナーも笑みを浮かべながら話に混じる。

 堕ちるに値する人間とは俺のことだろう。



「ふふ、全くその通りだよ御老公。ナナシくんに頼みがあってね」

「構わねえよ、殺そうぜそいつ。誰だ?」



 内容も聞かず引き受けた俺にディーンが見えない目を丸くした。

 そして再びふふっ、と笑うと話を続けた。



「………ヘリオを覚えてるかい?」

「……ああ、あの白髪か。あん時俺に喧嘩売ってきた奴だろ?」


「そう、彼を殺して欲しい」



 そう言ったディーンの表情はとてもじゃないがそれを嬉々として望んでいるようには見えなかった。



「……確かにヘリオは喧嘩っ早い上に情に駆られやすい、頭も良くはないしね。でも仲間思いのいい奴だと思ってたんだ」


 その話にネザーが反応する。


「………いい奴だと『思ってた』とは?」


 だった、の部分を強調してネザーがディーンに問う。

 ディーンは座ったまま顔を俯かせて寂しそうに話を続けた。



「………いい奴じゃなかったって話さ、自分より強い奴を嫌う、自分より偉そうな奴を嫌う。ただ自分より優れた人間が気に入らないってね」



 だからあの白髪はあの時偉そうにしていた俺にあれほど噛み付いてきたのか。

 通りで覚えのない憎悪みたいなものをあいつから感じると思った。


「………そして僕が騎士を退団した後、彼は皆に自分より下であることを強要し始めた。自分の言うことを聞け、王国騎士団長である自分の言葉は王の言葉だとね」



 なるほど、言ってしまえば究極の自己中心主義者というわけだ。

 だが残念だな。




「ディーン、やっぱこの話はナシだ」

「………理由は聞かせてもらえるんだろうね?」


「俺はお前がこっち側に来たと思ったから受けたつもりだった、でもお前の言ってることは俺たちが望むことじゃねえよ。悪党を退治して欲しい?この俺に?そいつは俺のやることじゃねえよ」



 当然のことだ、ムカつくからとか嫌いだからならまだしも民のためにと言われて言うことを聞くのは俺じゃない。

 ……とはいえこっち側に来ることを決意したディーンの頼みだ、当然無碍にするつもりもない。



「でもまあなんとかしてやるよ、任しとけ」



 俺は笑みを浮かべながらディーンにそう言った。

 ディーンは見えていない緋い瞳を驚いたように開きながら俺に向ける。



「……くく、なるほどな。寂しくなったかバンディット?」



 ネザーがニヤニヤしながら俺にそう言った。

 なんでこいつはそんなすぐに俺の考えを理解できるんだ。



「そんなんじゃねえよ、まあでもそろそろ顔出しとこうかと思ってな」

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