兎と蛇の迷宮攻略

 ナナシさんたちが火龍の住む火山に向かってから2時間ほどが経過していた。

 その頃私たちはというと川でリリレイちゃんを綺麗にして、リリレイちゃんの服を買いに来ていた。


 そしてわかったことが一つ、ナーガさんの買い物は長い。

 ケチというわけではないけどまあ服を見ること漁ること。



「これ可愛いなあ……でも私たち結構歩くし動きづらいかな?歩きやすい靴とかにしたらこの服と合わないよね……あーもったいないね」

「………え?…そう……だね」


 リリレイちゃんが困っています。

 ずっと独り言だと思っていた話がまさか自分に話しかけていたとは思わなかったのでしょう。


「ナーガさん、早くしましょう?リリレイちゃんが疲れちゃいますよ」

「あ……そうだね、じゃあ店主さん!この上着ととこのスカート!あとあの靴も寄せておいて!……あ!あと髪飾りも似合いそうなの何個か見繕っておいて!この藍色の髪の子のね!」



 こうしているとナーガさんはやはり普通の子に見えてしまう。

 買い物が好きで、お喋りが好きで、可愛いものが好きな普通の女の子。

 周りの人より弱いというコンプレックスを抱えていただけの女の子のはずだったのに。


 私とは違う。

 腐っても勇者の元パーティーの1人で小さな頃から戦うことを周りから期待されていた私とは。

 可愛い服の買い物や店員さんとのお喋りに花を咲かせることなんて私にはできない。


 だからこんなことを考えてしまう。

 でもこんなことを考えてしまっていたおかげで買い物は終わったようですね。


「………買わないんですか?」

「……私たち、お金ないよね」


 ……失念していた、お金がない。

 リリレイちゃんも不安そうで申し訳なさそうな顔をしている。




「まあ大丈夫だよ、私にいい考えがあるの」



 ナーガさんはそう言うとすたすたと一目散に歩き出した。

 真っ直ぐに目的地を見据えて歩き出し、リリレイちゃんもそれについて行く。



 ああ、嫌な予感がします。

 ナナシさんとの特訓を終えて力をつけてからのナーガさんを見ていると本当に嫌な予感がするのです。



 ナーガさんはネザー様やナナシさんに憧れてしまった。

 ネザー様の持つ天性にして天才的な戦闘の才能とナナシさんの持つ人の心と身体を壊すための悪の魅力に嫉妬してしまっている。



 ナーガさんが強さに嫉妬して成長することはきっと私にとっても悪いことではないはずなのに。

 ナーガさんが道を間違えていることに私が気づいていても、彼女はそれを望んでいる。



 ナナシさんによって知ってしまったから。

 間違えた道でないと自分が強くなれないと。

 きっとそうではないのに。

 そんなことは、決してないのに。



 ナーガさんは恐らく迷宮に向かっているのでしょう。

 自分は戦うことができて、ナナシさんが求めていた魔道具を手に入れることができるかもしれなくて、そこで手に入れた素材は売ることだってできる。



 ナーガさんにとっては一石三鳥ですもんね。

 それが私やリリレイちゃんにとって危険だということよりも戦いたいとかナナシさんに褒められたいという気持ちの方が上なのでしょう。



「メアリー、ネザーさんから聞いたよ。ロッドの奴はもう1人で戦えるって、もちろん私も1人で戦える。助け合いなんていらないよね、私たちはナナシくんの仲間なんだから」

「………はぁい。死んだら自己責任、ですね」



 ナーガさんは私の返答ににっこりと微笑むと再び前を向いて足を進めた。



「……ナーガお姉ちゃん、怒ってる……?」

「ん?怒ってないよ?大丈夫、リリレイちゃんは私が守ってあげるから」


 ナーガさんはリリレイちゃんの顔も見ずにそう答えた。

 迷宮があるであろう方角を見つめたまま、両手に黒と紫が混ざったような色の魔力を練りながら優しく、そして冷たく答えた。



 もう彼女は戦うことしか頭にないのでしょう。

 でもナーガさんはまだ知らないからそんなことが言えるのですよ、戦うということの意味を知らないで強くなってしまったのですから。



 助け合いは、無しですよ?


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 やっと戦える、やっと身につけた力を使える。

 大木や岩なんかじゃなくて迷宮にいる倒してもいい魔物相手に力を使える。そ



 ナナシくんは止めるかな?ネザーさんもまだ早いって心配してくれるかな?

 ……メアリーちゃんは止めなかったなあ。

 大丈夫だって信用してくれてるのかな。



 少し歩いたところに目的地があった。

 さすが魔界というべきか、周りにもちらほら迷宮の入り口のようなものがある。


 そもそも迷宮というのは魔物の住処のことなんだから魔界にはたくさんあって当たり前か。


 リリレイちゃんは不安そうな顔をしてる。

 それはそうだよね、メアリーちゃんも私も戦闘に向いてるように見えないもんね。



 でも大丈夫だよ、私は強くなったんだから。

 私は強くなれたんだから。

 街に戻ったら可愛い服をたくさん買って、美味しいものをいっぱい食べようね。



 私は迷宮の入り口の前でも立ち止まることなく中へ入る。

 ボロボロになった岩の門のような入り口から少し進んだところで私は2人の姿を確認するために立ち止まり、後ろを振り向いた。



「行こうかメアリーちゃん、リリレイちゃん」

「はぁい。でもナーガさん、迷宮経験者からのアドバイスを一つ」



 メアリーちゃんが笑顔で私に言う。

 それほど長い付き合いではないけれど、ナナシくんといるのを見ていて分かった笑顔の意味。



「迷宮で後ろを振り向くのは自殺行為ですよ」



 何かが前から飛びかかってきている、何かは分からないけど狂った猿のような鳴き声が近づいてきている。

 私はすぐに前に向き直すと右手に練っていた風と毒の拳を前に叩きつける。



 ゴリュッ、という音と共に何かが吹き飛んだ。

 腕に纏う風が何かの肉と骨を削ぎ砕いた音だろう。

 腕に纏わりつく魔物を殺した感触と耳に残る殺した音がどうも気に入らない。



 しかしそれどころじゃない、目の前には30を超えるであろう数のゴブリンたちが棍棒や足の刃物を構えてニヤついている。

 あぁやっぱりそうなんだねメアリーちゃん。



 この元僧侶は性格が悪い。

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