狂人の真似とて

エルザとフィーナが帰った後、何事だ!と大騒ぎしながら魔王とネザーの2人が駆けつけてきた。


 2人は無事か?怪我はないか?と俺の心配をしてくれている2人に俺はまともに答えることはできなかった。



 これっぽっちも無事じゃない、心は既に傷だらけ。


 フィーナのことだけでいっぱいいっぱいだったためにほんの少しもエルザのことなど考えていなかった。



 エルザがあそこまで弱い人間だとは知らなかった。

 エルザがあんな風に泣くなんて知らなかった。

 エルザがあれほど作り笑いが下手なんて知らなかった。



 エルザが俺のことをそんなに大事な友人だと思っていたとは思わなかった。



 知らなかった、思わなかった。

 だから許される?

 そんなことはない、そんなわけがない、そうじゃないから俺はあいつらを許せなかったというのに。



 爺さんの言った『みじめ』という言葉があれだけ俺に突き刺さったのはこういうことだった。

 俺すら気づいていなかったのだ。



 何を捨てるかという選択で捨てるものの価値が俺は分かっていなかった。

 捨てようとしているものがどれだけ俺のことを大事に思ってくれているかを分かっていなかった。



「……敢えて言い直してやろう、茨の道じゃのう、小僧」

「……悪かったな爺さん、あんたの言ったことの意味がちょっとだけ分かった気がするよ」



 爺さんが俺に言った『みじめ』の意味は理解していなかった俺への忠告だった。

 俺が大事にしていない者たちが俺を大事にしてくれているという事実。



 俺の計画を聞いたからこその発言だった。

 あの時、俺は爺さんのあの言葉を挑発だと思っていたのだがそれは違った。

 あの言葉は小僧である俺に対する爺さんからの助言だった。



「まだ引き返せるぞ、小僧?」



 爺さんが絶対にありえないことを俺に言う。

 またも挑発のような言葉、再び俺の逆鱗を逆撫でしているのが分かる。


 しかし俺はその言葉を聞かなければならない。

 その意味を受け止めた上でそれを拒絶せねばならない。


 今の俺だからようやく分かる。

 引き返せるという言葉が俺にとってどれだけの甘言かということが。



 俺は自分で思うよりずっといい人というものだったのかもしれない。

 ずっと悪人だと思って、言い聞かせて、受け入れたフリをしてきた。



 ただ俺は悪人のようなことをしていただけだった。



「小僧、今のお前にぴったりの言葉があるぞ?『狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり』という言葉でな」


 自分がやっているのが悪人の真似だとしても悪の真似事をしたのなら俺は悪人だというそのままの意味だろう。


 さっきまでビビり散らかしていた爺さんがここぞとばかりに俺を責めてくる。

 恐らく今のは助言に寄せた挑発だろうがな。



「……はぁ、これからは年寄りの戯言にも耳を貸すことにする。ビビらして悪かったな、爺さん」

「気にするでないわ、長く生きておればこそこういったことなどいくらでもある」





 だが何より問題なのはそんなことじゃない。

 俺の心なんかより大切な計画がある、今はただ俺の心を満たすためのようなそれのために。



「しかし見たか小僧、あのフィーナとかいう勇者のことを」

「……あぁ、アイツ平然としてやがった。俺の本気の【完全超悪】のあんな近くで普通に話しかけてきやがった」



 そう、あの時俺は爺さんに対して本気の【完全超悪】を使っていた。

 火龍ですら話すことができない、ネザーですら俺の元へ駆けつけられない程の魔力を練っていたはずだった。



 だがフィーナは当然のように俺に話しかけてきた。

 フィーナと別れてからたった数日しかたっていないというのに一体フィーナに何があった?



 俺の能力はフィーナに対して抜群の相性のはずだ、アイツが悪に染まったとでもいうのか?

 もしくは逆、俺が善に傾いた?

 いやそれこそありえない。


 もしそうだとすれば爺さんが動かなかったこととネザーと魔王が駆けつけて来なかったことの説明がつかないのだ。



 だとすればやはりフィーナが悪に?

 ………それこそあり得ない。

 あのフィーナに限ってそんなこと、などということを俺はもう考えることができなかった。



 自分がどれだけ分かっていないのかを知ってしまったから。

 もしかしたらフィーナは魔王とメタルドラゴンの話を聞いて自分の善の間違いの可能性に揺れているかもしれない。



 その程度?と思うかもしれないがフィーナなら十分にあり得る話だ。

 勇者 フィーナ・アレクサンドならばそれがあり得てしまうのだ。



「あの童はフィーナと言ったか?随分と優しそうな少年だったのう」

「ああ、人にはな。お前ら魔族にとっちゃ敵だろ、メタルドラゴンをやったのもフィーナだしな」



 それを聞いたイツァム・ナーから熱気が漏れる。



「ほう……奴を殺したのはあの童であったか。最近魔物どもが活発に動いていたのも魔王が奴を探すためじゃったのかの?」

「それは知らねえけどよ、魔王がフィーナを憎く思ってるのはその通りだ」



 俺の言葉を聞いて何を納得したのかは分からないが爺さんの表情はほんの少し緩んでいた。



「どうした爺さん、思い出にでも浸ってんのか?」

「かかか、貴様は本当に口の減らぬ小僧じゃのう」

「うるせえな、早く街に戻るぞ。仲間を待たせてんだ」



 そしてようやく先に転移の準備をしている魔王とネザーの元へ俺たちは歩き出した。

 メアリーとナーガとリリレイを街に待たせたままだしな。

 それに何より、早く汗を流したい。

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