大魔導は許せない
必ずこの火山で俺の目の前に現れると思っていた。
相変わらず優しそうで綺麗な笑顔を浮かべているフィーナがそこにいた。
「やあナナシ、この前ぶりだね」
「………お前何やってんだ、本当についこの前別れたばっかじゃねえか」
久しぶり、というほどでもないがやはり親友と会うのは嬉しいものなのだろうか。
イツァム・ナーに対する怒りや殺意が消え失せてしまった。
「久しぶりね、ナナシ。元気だった?」
そしてエルザもいた、エルザ・アルカ。
勇者のパーティーの1人にしてメアリーの親友、そしてこいつもまた俺の友達だ、こいつはもう俺のことをそう思ってはいないかもしれないが。
「あぁ、本当に久しぶりだな。泣きじゃくって腫れた目はもう大丈夫みてえだな」
「………話したわねフィーナ、ナナシこそメアリーと恋人って嘘だったらしいじゃない?」
………話しやがったなフィーナ。
あんだけ口止めしたってのに。
当の本人はイツァム・ナーの姿に夢中で全くこっちを見ていない。
「まあいいじゃねえか、安心したろ?」
「………ううん、ちょっとだけ残念だった。あんたとメアリーはお似合いだと思ってたから」
そう言うとエルザはにこっと笑った。
ーーーあぁ、下手くそな笑顔だ。
寂しそうな目を細め、閉じた口の口角をほんの少しだけ上げているだけのぎこちない笑顔。
もしエルザにこんな顔をさせたのが自分でなく、別の人間だったなら俺は迷わずそいつを殴り倒すだろう。
「そっか、まあお互い先の話はわかんねえよな」
俺がそう言うとエルザは顔を俯かせた。
ふるふると肩が小刻みに震わせ、両手でスカートを握りしめている。
「………いよ」
「……エルザ?」
エルザが消えいるようなか細い声で何か呟いた。
そしてそれと同時に地面にぽたりと何かが零れ落ちていく。
溢れたそれは地面に落ちるとジュッという音と共に小さな煙に変わる。
「……あんた、もうこんなことやめなさいよ!!なんでナナシなの!?ナナシじゃなかったら顔見た瞬間に爆炎ぶっ放して終わりなのに!!ガリアとリーのことも聞いた!魔王のことも聞いた!あんたがフィーナに話したことは全部聞いた!!!」
顔を上げたエルザからはぼろぼろと涙が溢れていた。
歯を食いしばって、手を握りしめて全力で叫んでいた。
---------キツいな、これ。
がんじがらめになるほど強く結んで決めた覚悟がどんどん解かれていくような感覚。
エルザにこんな涙を流させたのは俺だ。
俺がほんの少しこいつらを許してやれていたのならエルザは今笑顔でいられたはずなのに。
「バカじゃないのあんた!?フィーナと戦いたいんでしょ!?戦えばいいじゃない!!だだっ広い闘技場でもあたり一面なにもない草原でも場所はいくらでもあるじゃない!!こんなことまでしなくてもいいじゃない!!!」
エルザの言葉は止まることがなかった。
それだけ溜め込んでいたのだろう、それだけ言いたい言葉があって、それだけ伝えたい気持ちがあったのだろう。
「………許すからぁ……ガリアとリーが殺された時、あんたが何もしなかったことも……魔王と仲間になったことも……メアリーと恋人だって嘘ついたことも……全部全部許すから………だからもう……やめようよ……」
………本当に優しい女だな、エルザは。
全く素直じゃないが真っ直ぐで、伝えたい気持ちを本気で言葉に乗せて伝えることができる。
芯が通っていて強くて優しくて本当にフィーナにお似合いだと思う。
こんないい女に惚れられているお前は果報者だぜフィーナ。
「………エルザ、俺はーー」
俺は、に続く言葉は出てこなかった。
俺は何を言おうとしたのだろう、許されようとしたのだろうか。
エルザは俺の目を真っ直ぐに見つめて俺の答えを待っている。
俺に対する怯えとほんの少しの期待が入り混じった目。
「エルザ、お前はなんにも悪くない。俺の家族を殺したこともそりゃ殺したいほど憎かった時はあったけどよ、今はそうでもねえんだ」
「………『名を捨てた団』よね、覚えてる。山賊にしては妙に優しい目をしてたから、みんな後ろを気にしながら戦ってたから、山賊たちが気にしてた後ろよりもずっとずっと後ろに錠に繋がれたあんたがいたから」
そう言うエルザの目はもう俺を見ていなかった。
俺の家族を殺した罪悪感に苛まれているのだろう、でもいいんだエルザ。
大事な家族を失ったおかげでお前らと会えた。
大切な家族を殺されたから友達が出来たんだ。
でも俺の心だけがそれを許容してくれないんだ。
お前らを許すなって、殺せって身体を締め付けるんだよ。
だから俺はそれをはっきりと言葉にできない。
そうでもねえ、みたいな中途半端な言葉でしかお前に伝えてやれねえ。
「……悪いエルザ、許さないでくれ」
俺の口からやっと出てきたその言葉を聞き、エルザは再び俯いて肩を震わせ始め俺に向かってふらふらと歩き始めた。
俺の目の前でエルザの足は止まり、トン……と俺の胸に静かに頭を預け、小さく震えながら時々ひっくと大きく震える。
「エルザ、俺の言葉はちゃんと答えになってたか?」
「………バカ!!ほんとにバカ!!
あの時あんたなんか助けなければよかった!!
あんたを街に連れてこなければよかった!!
あんたと2人で楽しい話なんてするんじゃなかった!!
あんたを頼って色々相談なんかするんじゃなかった!!
あんたと笑い合うことなんてしなきゃよかった!!
強かった敵の話も!美味しかったご飯の話も!好きになった人の話も!!
あんたのせいでこんなに後悔するって最初から分かってたら!!」
エルザは俺の胸に顔を埋めたまま、俺の胸をドンドンと叩く。
力のない魔導士の小さな手で精一杯叩く。
胸はこれっぽっちも痛くないのに、その奥にまるで突き刺されたかのような痛みが走る。
たくさん叫んだ後、エルザは体勢を変えずに小さく深呼吸をして話を始めた。
「……あたしね?あんたがね、学園の模擬戦で魔力を解放した時。ナナシのことめちゃくちゃ怖くなったの」
あぁあの時か、初めてネザーと会った日。
メアリーとネザーと3人でチーム組んだな。
組んだ意味は全くなかったが。
「でね?フィーナに言ったのよ、ナナシは危険だって。なんとかしないとだって」
自分で言うのもなんだが正解だな、フィーナはその時にはとっくに気づいてたと思うが。
「それであんた緋剣と戦ったでしょ?その時も怖かった、ナナシはいつかあたし達を殺すつもりなのかなって」
それも正解だな、あの時は今よりずっとお前たちを殺してやりたかった。
「でもね、ナナシに会うと安心した。嘘だとしても笑ってくれて、色んな話をしてくれて、あたしの恋にアドバイスまでしてくれた」
………やめてくれ、俺だって照れることはあるってのに。
「毎日怖かったけど、毎日安心してた。優しくて強くて頼りになるナナシがいつか許してくれるのかもしれないって」
都合のいい想像、希望ばかりの妄想だ。
そんなことはあり得ないのに。
「毎日、今日殺されるかもって思ってた。でも毎日決めてたの、今日殺されても許そうって」
「あんたの家族たちがそうされるだけのことをしたのと一緒なんだって思った、あたしもナナシにそうされるだけのことをしたんだって」
「でもナナシは魔王と仲間になっちゃったから、友達だったのに敵になろうとしちゃったから。ナナシはすごく怖いけどあたしは友達を失う方が怖いから。」
エルザの赤い目が俺を見る。
緋剣のような鮮やかで燃えるような緋ではなく、火龍のように冷たく輝くような朱でもない。
優しい灯火のような少し橙に近い赤い瞳。
「フィーナはあたしよりずっと優しいから何回もナナシを見逃したみたいだけど、あたしはフィーナとは違うから。フィーナみたいに甘くない、フィーナみたいに優しくなんかないから」
そう言いつつもエルザは魔力を練っている様子はない。
臨戦体制に入っている素振りもない。
「だからあたしは、一回だけだから」
そういうとエルザは俺に背を向けて歩き出した。
「今日はフィーナが嬉しそうな顔してたからナナシに会いに行くんだって思ってついてきただけ、だから今日はもうおしまい。行こうフィーナ、転移お願いね」
「……もういいのかいエルザ?」
フィーナはそう言いながらもエルザの後ろに着いて転移の魔力を練り始めた。
「………ナナシ、あたしが泣いてたのメアリーに言ったら殺すからね」
「ああ、表情から声までしっかり真似して伝えとく」
俺がそう返すとエルザは顔を真っ赤にしてこっちを振り向いて睨んできた。
俺はこっちを見たエルザに何も言わずに少しだけ笑った。
エルザは一瞬驚いたような顔をしたがすぐにエルザはにひっと笑った。
その時やっと、エルザの笑顔が見られた気がした。
「バーカ」
たった一言だけの言葉を言い残して2人は転移していった。
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