逆鱗
イツァム・ナーは無言だった。
何を考えているのか分からないが何かを考えているのだろう。
時折纏う炎が揺らめいているのは感情の表れなのだろうか、動物が尻尾を振るような。
だがとりあえずうまくいってよかった、いやイツァム・ナーが俺の元へ来るのは大前提だった。
あの神とかいう奴の予言のような夢が正しいならば、だが。
正直なところ、俺はその夢に対して懐疑的だ。
そもそもその夢の通りになっている今に対しても納得ができない。
誰かの思う壺、誰かの掌で踊らされているかのような現実に誰が納得できるだろう。
だからその夢を利用する、その夢を利用して俺はフィーナと戦う。
それでいい、それだけでいい。
それだけが俺の目的であり夢なのだから。
その道のりがどれほど歪んでいようと構わない。
どれほど苦しかろうと構わない。
そんなことを考えながら歩いていた。
イツァム・ナーが言葉を吐くまでは。
「……みじめじゃの、小僧」
俺の後ろからついてきていた爺さんが急に口に出した言葉に俺は思わず足を止めた。
爺さんは目を合わせることも足を止めることもしない。
だが俺はその言葉に答えずにはいられない。
その挑発に応えずにはいられない。
「………おい、待てよジジイ。もう一度言ってみろ」
【完全超悪 魔眼】
俺はイツァム・ナーの背中を悪意を込めて睨みつける。
言葉通りの悪意を込めた視線。
しかしその視線に少しの動揺も見せることなくイツァム・ナーは悠然とこちらを振り向いた。
その目には悪意こそ込められていないものの、イツァム・ナーが培ってきた経験故の威圧感は当然のように存在した。
「みじめじゃと言ったんじゃが、聞こえんかったか?」
聞こえたさ、聞こえたとも。
だから聞き返してやったんだ。
仲間故の訂正するチャンスをくれてやったんだ。
「……逆鱗に触れたぜジジイ」
「かかか……鱗も持たぬ猿が逆鱗とは笑わせおる」
【完全超悪 魔眼】に睨まれながらも当然のように会話するイツァム・ナーには流石に焦るな。
しかしイツァム・ナーはそのまま動くことをしない。
先手を譲るってことか、それとも後の先狙いか。
そんなことで悩んでいるとイツァム・ナーが自分の顎の下をトントンと指で叩きながら挑発するような笑みを浮かべた。
「……ここに何があるか分かるか?鱗じゃ、これが逆鱗じゃーーーほれ小僧、触れてみぃ?意味はわかるじゃろ?わざわざ哀れでみじめな猿に化けておるのじゃからの?」
---------ブチッ
俺の中で何かが切れる音がした。
逆鱗に触れられ、堪忍袋の尾まで切れた。
わざわざこんなところまで来るんじゃなかった。
わざわざ計画のことなんて話すんじゃなかった。
わざわざこんなやつを勧誘するんじゃなかった。
全部が全部、無駄だった。
ーーーーーーコイツはここでぶち殺す
「このクソジジイがああああ!!!!」
---------
ナナシは練っていた魔力を感情のままに解放した。
今まで感情によって制御していた魔力を、感情に委ねて全て解放した。
今までただの一度も本気で解放したことのない魔力。
メアリーやネザーが動くことができる可能な程度での威嚇や足止めという理由でしか使用出来なかった【完全超悪】を初めて眼前の敵を完全に殺すために使用した。
そしてその刹那、イツァム・ナーは人の姿を捨てた。
いや、捨てさせられた。
気付くとイツァム・ナーは龍の姿に戻っていた。
「………みじめな猿の真似はどうしたジジイ!!ちゃんと猿の姿形を見てもう一回化けてみろ!!」
巨大とも言える火龍の姿に戻ったイツァム・ナーに一瞬動揺したナナシだがすぐに臨戦態勢に戻る。
しかし逆だった。
何よりも動揺したのはイツァム・ナー本人だった。
(なんじゃこれは?小僧が小さくなった?いやワシが龍に戻った?なぜ?威圧された?この火龍が?この小僧に?この魔力に?この悪意に?)
龍の姿でナナシと戦うつもりなど全くなかった、人の姿のまま戦ってそれでも勝てる自信はあった。
太陽を司ると言われ人々から火龍と恐れられたイツァム・ナーが初めて知った、やっと言葉の意味を理解した。
-----逆鱗に触れてはならないのだと。
「なんだジジイ!怖気付いたか!?頭でも垂れてみるか!?尻尾切って逃げてみるか!?」
当然の如く、ナナシはそれを冗談で言っている。
皮肉で言っている。
しかしナナシの纏う全力の【完全超悪】を前にイツァム・ナーは本気で考えた。
そうすれば助かるのだろうか?
そうすれば許してもらえるのだろうか?
死を恐れない、強敵との戦いも恐れない火龍が初めて経験した恐怖という感情の存在。
強ければ強いほど賢ければ賢いほど、その感情が精神に与えるダメージは大きい。
イツァム・ナーが戦いを楽しめるだけの強さを持っていたばかりに、イツァム・ナーがその感情が怖いというものだと理解できる賢さを持っていたばかりに。
だからこそ、イツァム・ナーは動けない、
恐怖に対する解決策などイツァム・ナーは持ち合わせていないのだから。
恐怖という存在をナナシと出会うまで知らなかったのだから。
魔力を解放してからイツァム・ナーは一言も発していない。
当然の事だ、発することがままならないのだから。
もちろん魔王やネザーもこの魔力の解放によってナナシが火龍と敵対したのは理解していた。
しかしこの場所に2人が来ることが出来るわけがない、あの2人がこの魔力の中で動けるわけがないのだから。
ナナシもそれを理解した上での行動だった。
そして恐らくナナシが知る限り、この魔力の中でなんとか動けるであろう人間はたった1人。
「やっと君の本気が見れたね、ナナシ」
勇者 フィーナ・アレクサンドただ1人。
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