その世界は悪で満ちていた
俺たちがイツァム・ナーの住処へ向かってだいぶ経つがまだ目的地には到着出来ていなかった。
火山には少し前に入っていて、魔物も時々見かけてはいるが魔王が一緒にいるせいか襲ってくることはなかった。
「なぁ魔王、まだイツァム・ナーの住処には着かねえのか?俺たち人間にはこの暑さは堪えるものがあるんだけどよ……」
「バンディットの言う事も一理ある、この気温では僕もイツァム・ナーと長時間の戦闘は厳しいものがある」
「これだから人間というものは脆くて困る、暑いだの寒いだの苦しいだのなんと弱いことか。まあ安心しろ、もうすぐだ」
魔王はこちらを向くこともせずただスタスタと火山を歩いて行く。
その人間に殺されそうになったところを人間に守られておきながら口だけは達者なものだ。
「……ナナシよ、貴様今俺様を馬鹿にしたな?勇者に殺されそうになっておいてよく言うとでも言いたそうだな?」
「その通りだろ?フィーナに殺されるのを覚悟して目を閉じるような奴がよくもまあこの期に及んで俺たち人間を見下せるなと思ってるぜ」
魔王は返す言葉がないのか軽く舌打ちをする。
どうもこの魔王の性格に人間臭さを感じずにはいられない。
そんなことを考えているとネザーが急に立ち止まった。
「………止まれバンディット、魔王」
その一言に俺も魔王も足を止める。
「どうしたのだ?」
「……ネザーがそう言うってことはなんか来たんだろ」
ネザーが目と口と閉じて火山から剣と盾を生成して体制を低くして構えた。
あの攻撃一辺倒のネザーが盾を生成した、それはつまり何がくるか分からないから備えていろということだ。
「僕が生成した盾より低い姿勢を保ったまま警戒を怠るなよ、正面から何か来ている」
ネザーの言葉に魔王も姿勢を低くして目を閉じた。
恐らく魔力を探っているのだろう。
「……魔力はないな、落石か何かではないのか?」
「……違うな、熱気が流れてきている。溶岩の流れる速さよりもかなり速い」
確かに先程より暑くなってきているのが分かる。
熱が流れてきている?いや違う、熱を流している?
「………溶岩だ!!!!あのクソドラゴン溶岩を熱風で流してやがる!!!」
そう言った時にはそれが視界に入ってきていた。
垂れ流れている溶岩とは全く別物だ、ジャックオーク程度なら飲み込んでしまえる高さの溶岩の津波がこちらに迫っている。
「まさかとは思ったがイツァム・ナーのやつめ!!俺様の魔力を覚えておらんな!?」
「くはは!!この盾や低い姿勢で防げるものではないな!!魔王の転移で退くか!?バンディット!?」
「あー……まあ……そうだな……」
仕方がない、いつ敵になってもおかしくないこの2人の前であまり力を晒すのは気が引けるがまたこの火山を登るのも冗談じゃない。
「……ちっ、下がってろ2人とも、俺がやる」
俺がそう言うと2人は俺の後ろに下がる。
下がる際にネザーが何を見せてくれるのだ?と言わんばかりの表情を浮かべていたのが気になるところだがまずはあの津波をなんとかしないとな。
実験台としてはリスクが高すぎるがやらなければ死ぬか帰るかだ。
「【完全超悪・界】」
仰々しく名前を付けてはみたもののやっていることは至極単純だ。
魔力の解放する範囲を広げ、解放された魔力を物質化するというだけのもの。
元々黒魔法の方が得意な灰適正だったため、魔力の物質化はそう苦労するものではなかった。
ナーガとの修行中に練習していた時に手に纏わせていたものも言ってしまえばこの物質化された魔力だ。
どれだけ熱を持っていようが触れてしまえば死んでしまうような溶岩といっても所詮は熱によって溶けて液化した液体だ。
【完全超悪・界】で悪意を周りに纏い、物質化する。
正面から流れてくる溶岩が物質化した魔力でそのまま止まらないように円形を意識してはいるがどうも綺麗な円にはなかなかならない。
ところどころ禍々しく揺らめいているのがなんとも俺の魔力らしいところだ。
しかし溶岩はしっかりと俺たちに接触することなく割れて後ろへ流れていく。
しかし気を抜いてはいけない、物質化が解けてしまえば溶岩はすぐにこちらに流れてくるだろう。
5分ほどの時間、溶岩は流れ続けていたがとうとう流れは止まった。
こんな力があるのならフィーナと魔王との戦闘の時も使えばよかったとメアリーには思われるかもしれないがもちろん使わなかったのにも理由がある。
今のネザーと魔王を見てもらえばよく分かるだろう。
「ゲホッ……オエッ!!……バンディット……貴様よくもこんなものに僕を……!!」
「この化物め……なんと気持ちの悪い……まるでこの世の汚物を集めたような空間……溶岩の中の方がまだ居心地はよかったはずだぞ……!!」
ま、こういうことだ。
魔力の物質化とは纏うだけのものとは違い、固体として生成するわけなので必然的に魔力の濃度は濃くなる。
特に今回のような守るためとはいえその魔力の中にいた2人は通常の【完全超悪】以上の濃さの魔力を直に体感することになる。
普段のように【完全超悪】を纏っている俺と離れたところにいるわけでもない上に普段以上の濃度の魔力の中にいれば当然である。
恐らくだがフィーナと魔王の時にこれを使ってしまえば、いくらネザーやメアリーとはいえこちらを意識しないままで戦闘を続けるのは不可能だっただろう。
だからこそあの時は【完全超悪・魔眼】を使ったのだ。
2人に負担させることもなく、ただ一点エルザの動きのみを止めるために。
「文句言うなよ、死ぬよかマシだろ?」
「ふざけるなよバンディット……!!この魔力の中でいっそ殺してくれとまで思ったのだぞ……!?この僕がだ!!このネザー・アルメリアがだ!!」
「その通りだ……結果論とは言え溶岩を避けるために転移で戻ってまた火山を登った方がまだマシだったぞ……!!」
……ある程度の文句は覚悟していたとは言えそこまで不快なものだったのだろうか?
俺は特に思うことはないのだがネザーが言うのならば相当なものだったのだろう。
これは使えそうだ、まだ形を変えての戦闘で改良の余地はいくらでもあるしな。
「何が可笑しいバンディットよ!!もう少し溶岩が流れるのが長かったら僕はこの剣で貴様を後ろから殺していたところだ!!!」
「しょうがねーだろ!自分じゃどんな感じなのか分かんねえんだからよ!!どうせ後々お前やメアリーで試す予定だったんだから結果は一緒じゃねえか!!」
珍しく文句を言うネザーに俺も思わず文句を返す。
「つーかお前どうせ自分から見せてくれとか試してみろとか言ってくるだろうが!!」
「む………」
流石に図星だったのかネザーが口を閉ざす。
まさかあのネザーを論破する日が来ようとは思わなかったな、思った以上に悪くない気分だ。
そんなことを考えていると魔王の魔力が急に膨らんだ。
それを察して俺とネザーも溶岩の流れてきた方に意識を向ける。
特に魔力の感知に敏感でもない俺でも分かる魔力。
「話はそこまでだ、きたぞ」
「くはは…!!まさか自分から出向いてくるとはな、流石の火龍も化物の魔力を警戒したか?」
「ドラゴンに化物呼ばわりされる筋合いはねえんだけどな。
---迎えに来たぜ、こいよイツァム・ナー」
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