堕落と決意
--------それ、私にやらせてよ
そう言った。
あのナーガが。
ただの少女だったはずのナーガが。
ただ弱く、ただ生きていただけの悪とはなんの縁もなくただただいい子として育っていたはずのナーガがそう言った。
「なんだよナーガ、聞いてたのか?」
「気付いてたくせによく言うよ」
俺はニヤニヤと笑みを浮かべながら問い掛ける。
ナーガも少しだけ微笑みながらそれに返す。
ただそれだけのことのはずだ。
ただそれだけのこと、おかしいのはその相手が俺だということだ。
俺に笑みを浮かべながら話すことができる奴にまともな奴はそういないだろう。
親友も仲間も新しく出来た家族ですらどこかが壊れている。
皆が壊れているからこそ自分が壊れても何も思わない、いや思えないのだ。
「で?いいんでしょ?」
「あぁ、いいぜ?でも意外っちゃ意外だな、いい事より悪いことをしたいとは思わないとか言ってなかったか?」
元々やらせるつもりではあったが自分からきたのは正直意外だった。
やらせるにしても嫌々やるのではないかと思っていた。
「……奴隷は正義の被害者だよ、どこかの正義にどこかの誰かが滅ぼされた時の得物の残骸。どこかの誰かがそれをあの子に教えてあげなくちゃいけない。私にそれをナナシ君が教えてくれたから、私はあの子にとっての誰かになれる」
--------ここまでか。
ナーガはもうここまで堕ちていたのか。
いや、もともと素質はあったはずだった。
弱さと言う負を背負っていたナーガには悪の素質があった。
だとしてもこの短い間に人間はここまで堕ちることができるのか。
堕としたのは俺だという事実の自覚はあった。
なかったのは俺にあった堕とすという才能の自覚。
「くはは、どうだバンディット?僕の言った通りだろう?」
「……くくっ、お前やっぱ人を見る目あるぜ」
「当然であるな、僕はネザー・アルメリア。アルメリア王国の王子であるのだから」
そしてネザーもそうだ、俺に対して笑みを浮かべながら話している。
未だにネザーは大罪の夢を見てはいないようだが本人は対して気にしていないようだ。
「じゃあ私はリリレイちゃんのところに行くね。私がイツァム・ナーのところに行ってもまだ大して役に立たないだろうし」
「まあ当然と言えば当然だな。お前はまだ剣の構えを知っただけの剣士みたいなもんで剣の振り方は知らねえんだし」
「ふむ、なかなかわかりやすい説明だ。砕いて言えば雑魚だということだがな」
ナーガが今の強さで満足するような人間だとは思っていないがそれでも一応発破をかけておく。
ネザーもそれを察したか煽りに便乗してきた。
「わかってるよ。でも覚えておいてくださいねネザー様、私はいつか貴方より前で前線を張ってみせます」
「くはは!言うようになったな小娘が!面白い!その日を楽しみにしていよう!」
ナーガはそう言って軽く会釈をするとリリレイとメアリーの元へ歩いて行った。
「くはは、心配は無用であったなバンディットよ」
「全く頼もしい限りだぜ、お前より前線に立つってよ?」
「先陣は闘争の誉れであるからな、だが僕もそうやすやすとくれてやるつもりはない。それにまだだろう?
ーーー貴様にすら僕の力はまだ見せてはいないだろう?」
それはそうだ、魔力の契約に関するネザーのことを俺たちは何も知らない。
もちろん俺はそれを忘れていたわけではない、わざわざ知る必要がないと踏んでいただけだ。
ネザーに対しての信頼はそれほどまでに大きい、今までの戦闘においても対して大技などを使うこともなく最小限の力だけで切り抜けている。
そして当然のように戦果を残している。
それはネザーの戦歴や実力を示している。
嫉妬のナーガのように力を手に入れた喜びで力を振りかざす時期を終え、色欲のメアリーのように更なる力を手に入れるために今の力を捨てる時期も終えているのだろう。
そして齢17の成人にも満たないこの時にネザーは既にそれらを終えている。
ネザーは既に勇者のパーティだったメアリー以上に力というものに達観しているのだ。
爪を隠す理由は分からない。
誰に対して爪を隠しているのかも分からない。
それはフィーナかもしれない、もしかすると俺なのかもしれない。
「そうだな、だから俺はお前を信頼してる。俺たち悪にとって必要な信頼しないということをしているお前を信頼してる」
そう言うとネザーはいつものように笑った。
相も変わらぬ癖のある笑い方で笑った。
「くはは!それは何よりだ!僕とてまだ貴様との闘いを諦めたわけではないのだからな!とはいえ今のアレクサンドに焦がれている貴様とやるつもりはないがな、全てが終わったのだと僕が思った時。再び貴様に剣を向けよう」
俺とネザーはそうして笑い合う。
そしてそれを見ていた魔王は理解できないのかするのを諦めたのかため息をついている。
「もう準備はよいな?イツァム・ナーの住処へ向かうぞ」
魔王は呆れ果てながら歩き始めた。
俺とネザーも魔王についていく。
「時にバンディット、イツァム・ナーの元へ向かうとアレクサンドに言ったそうだな?奴は来ると思うか?」
「あー………来るだろうな」
ネザーの問いかけに俺も呆れたように答える。
「む?なんだバンディット?その玉虫色の反応は?」
「いやもう俺たち友達として会うことはねえだろ?となると俺らが悪いことしようとしてるのを止めにいくって体のいい言い訳がねえと来れねえだろ?」
「………なるほど。もし今回アレクサンドが来たとしたら」
「フィーナは俺らの行く先々で待ち構えてることになるってことだよ。もうストーカーだぜあいつ」
別に俺もフィーナに会いたくないわけではないからそこまで嫌なわけではないが皆は別だ。
フィーナが来れば絶対アイツは俺たちの邪魔をするだろう。
邪魔をしないと共に来るであろうエルザに怒られる。
そしてメアリーはそのエルザと顔を合わせることを好まない。
負のスパイラルもいいとこだ。
「しかしナナシよ?それは貴様の自業自得だろう?どうだ?俺様と2人で勇者を殺すか?」
「無理だろそりゃ、アイツの能力を殺す算段がまだ途中だしな」
「ほう、アレクサンドの能力の殺し方は思いついておったか!流石だなバンディットよ、僕も考えてはいたのだが中々至らぬ」
「あーまあな、魔王とフィーナの闘い思い出してた時にな。まだ実行には至らねえし、方法も分かんねえけど多分能力を殺すだけならこれが確実だと思うぜ」
そう言うと魔王もネザーも教えろと言ってきたが教えるわけにはいかない。
今はまだ教えるわけにはいかない。
これをやろうとすればネザーですら俺を止めるかもしれない。
メアリーやナーガがそれを許さないかもしれない。
だからこそ意味がある。
悪ですら許容出来ないことを勇者であるアイツが許容しきれるわけがない。
アイツがそれを許容できないまま闘えば恐らくフィーナの能力は発動しない。
そう、今はまだ全て机上の話なのだ。
かもしれない、恐らくの域を出ない。
このままフィーナと闘うわけにはいかない。
そして問題が一つできた。
この策を使うとするならば嘘を見抜く魔道具は手に入れるわけにはいかない。
この策は仲間に嘘を吐き、裏切らなければ成立しないのだ。
だからこそ今この策を誰かに教えるわけにはいかない。
イツァム・ナーの住処までは3時間ほどだって言ってたな。
とりあえず今はその3時間、この2人の話をはぐらかす事に全力を注ぐとしよう。
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