リリレイ

「それで?ナナシさん?その子を買ってナナシさんは一体どうするおつもりなんですかね?」


 まずいな、メアリーが怒っている。

 まあ仕方のないことだ、これからイツァム・ナーと会いに火山まで行くというのに奴隷上がりのお荷物が増えただけなのだから。

 ネザーも目を閉じて短剣をクルクルと回しながらため息をついている、ナーガに至っては俺のことをまるで店主を脅して奴隷少女をタダで手に入れて喜んでいるロリコンを見るような目で見ている。


「いや……まあそうだな。言い訳はしねえよ、いくらなんでも考えなしだった」

「ふむ、反省しておるのならば僕は構わない。自分を守って殺された家族の子供が奴隷となって売られていればそれは感情的にもなるだろう」


 ネザーがうっすらと優しい笑みを浮かべながらフォローに入ってくれた。


「またネザー様はそうやってすぐナナシさんの味方を……」

「そうですよ、いきなり走り出して追いついたかと思ったらこの子を買うために身体を売ってこいと言われた私たちの身にもなって欲しいよ」


 あれは半分冗談だったんだがナーガはまだ気にしているようだ。

 するとようやくリリレイが口を開いた。


「………あの……ナナシ様……?」

「あ?なんだよ?」

「ナナシ様は……お父さんの…子供なんですか?」


 あーそうか、そう勘違いしていてもおかしくない。

 ナーガにもまだしっかり話してなかったしこの辺で話しておくか。


 そうして俺はナーガとリリレイにボスとの関係について話し始めた。

 何度も同じ話をしてきたがこればかりは慣れることがない。


 話している途中に殺された家族のことを思い出すし、殺した親友のことも思い出さなければいけない。

 ナーガは大泣きする事こそなかったがポロリポロリと所々で涙を流しながら、リリレイは父親が山賊としてやっていたことと既に殺されていることがショックなのだろう。

 唇を噛み締めながら話を聞いていた。



「………ま、こういう事だ。だからリリレイは俺にとっての家族の子供なんだよ」

「……じゃあリリレイちゃんはナナシ君の妹みたいなものってことだね」

「まあそうなるな、義理だけどな」


 ボスたちとは当然血は繋がっていないし、もちろんリリレイとも血の繋がりはないがまあそうなるのだろう。


「……ナナシお兄ちゃん」

「お……おう………なんだリリレイ」


 おお……急にお兄ちゃんと呼ばれて思わず動揺してしまった。

 そうか、俺はリリレイの兄になるのか。

 家族はもう失ったと思っていただけに1人じゃなかったという喜びのようなものが込み上げてくる。


「………なにあれ、お兄ちゃんって呼ばれでデレデレして。なんからしくないよね、別にいいんだけど」

「まあ確かにナナシさんがお兄ちゃんと呼ばれているこの図は少し気持ち悪いですけど許してあげましょうよ」

「くはは!バンディットがあのように動揺しておるところなどそうは見られんしな!」


 あいつら人が聞いてないと思って言いたい放題言いやがって。

 後で全員しばき回してやる、いやネザーはそれだと喜びかねないな。


「……ナナシお兄ちゃん、私……迷惑じゃないかな……?」

「んなことねえよ、お前も奴隷として売られてたって事はそれなりに大変だったんだろ?とりあえず体洗って服買って飯でも食いに行こうぜ?積もる話はそれからだ」


 リリレイは俺の顔を見て一瞬驚いたような顔をすると、下を向いて肩を震わせて泣き始めた。

 リリレイが奴隷として生きてきてどれだけ大変だったのかを俺たちは知らない、


 しかしあの死んだような目、明日を生きることに絶望している目を見る限りこの少女の心を砕くには十分過ぎたのだろう。

 俺は泣いているリリレイの頭を撫でながら早く行くぞと呟いた。



「………確かにあのバンディットは気色が悪いな。何と言えばよいのだろうか、見ていてとても不快だ」

「そうでしょネザー様、あんな優しさみたいなものをナナシ君が持ってるはずないのに。絶対あれ気持ち篭ってないよ」

「……私少しの間恋人のフリしてましたけど嘘でもあんな扱い一度だって受けたことないですよ、口を開けば淫乱だの痴女だの売女だのと……」



 あいつら本当に言いたい放題言いやがって。

 俺に大人しく頭を撫でられていたはずのリリレイの俺を見る目が変わっている。

 泣いていた震えから明らかに別の感情の震えになっている。


「……ちっ、やっぱこういうのは向いてねえんだよな。メアリー、リリレイを風呂屋にでも連れてって洗ってきてくれ。ナーガは服の調達、俺とネザーでとりあえず適当に食えるもん探してくる」

「はぁい、行きましょうリリレイちゃん」


 いくらここが人間の目から離れた街とは言えこの格好で義理の妹のようなリリレイを歩かせるのは気が引ける。

 メアリーはリリレイの手を掴むと歩いていったがリリレイは不安なのか俺が見えなくなるまでこちらを見つめていた。


「………それでバンディットよ?貴様本当にあの娘をイツァム・ナーの住処まで連れて行くつもりか?愛着があるのは分かるが死ぬぞあの娘」


 ネザーもリリレイのことを気にかけてくれている。

 いや、リリレイ個人をというよりは俺の家族をと言った方が正しいかもしれない。


「……お前リリレイの魔力視たか?」

「……当然だ、だがアレは貴様の魔力とは似ても似つかん。どちらかと言えばアレクサンドの方が近いくらいだったな」


 そう、リリレイの魔力は俺とはほぼ真逆の優しい魔力だった。

 魔力の質は生まれは勿論、育ちの環境などでも変化する。

 リリレイの魔力はボスが育てたとは思えないほど白く優しく淡い魔力だった。


「魔力というのは本当に面白いな。同じ親でも育ちでこうも変わるとは。オレ様たち魔人ですら兄弟は似たような魔力になるというのに」

「そりゃボスが山賊になる前の話だろうし俺は実の息子じゃねえしな。にしてもあそこまで違うもんかねえ」

「貴様とは素質が違うのだろうな、だがつまりはそういうことだバンディット。あの娘」

「………わかってる」



 そう、俺とは真逆のフィーナの方が近いような魔力。

 つまりリリレイでは俺の【完全超悪】に耐えられないだろう。


「いやバンディット、貴様は分かっていない。貴様の【完全超悪】にあの娘は必要ない、いやあの娘が貴様の傍にいてはいけない。あの娘から貴様へ注がれる愛情は猛毒だ、いつか必ず貴様の魔力を殺す原因になる」

「……愛情……ねえ」


 その通りなのかもしれない。

 魔力の質が環境で変化することを知っていながらリリレイを傍に置くのは危険すぎる。


「ワインと泥水の例えは貴様も知っているだろう、あの娘は貴様にとっての泥水だ。絶対に混ぜるべきではない」

「………チッ、俺としたことが無神経にも程があんだろ……悪かったネザー」


 完全に俺の配慮不足だ、仲間を持ったことで周りの環境に対して油断していた。

 しかしなんの言い訳の余地もなく謝った俺を見てネザーは笑っていた。


「くはは!貴様のようなものが妹がいた程度でそこまで思考が止まるのか!……バンディットよ、貴様は僕たちの王なのだぞ?どんな戦況にも万策を立てよ、そして万策が尽きた程度で思考を止めるな」

「………ネザー」


 ネザーはくっくっと小さく笑うと俺の目を見つめながら言った。


「他愛のないことだバンディット、今までとやる事は変わらないだろう?ロッドやナーガですら当初は貴様にとって泥水だった筈だ、だが今はどうだ?」



 あぁ、そうだった。

 勇者のパーティーの僧侶を黒く染め上げたのも、ただの女の子だった雑魚を悪く育てたのも俺だった。

 ----やることは変わらないのだ。



「………お前こんなに意地が悪い奴だったか?」

「僕も泥水から変わったということだ、それが良かったかどうかはさておきというところだがな」


 そうだ、リリレイは腐ってもボスの娘だ。

 あのボスの血がリリレイにも流れているのならやりようはいくらでもある。

 ……まあこの場合腐ったのはリリレイではなくボスの方かもしれないが。



 そしてその役目を俺がやる必要はもうないのだろう。

 この俺と1週間を共に過ごした奴、すぐ傍で俺が魔力を練っていながらも俺に意識を向けることなく自分の事に集中できるような悪はもう出来上がっているのだから。





「ねえナナシ君、それ私にやらせてよ」

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