名を捨てた血との再会
「………随分栄えてるんだね」
魔王の転移によってきた街はそこが魔界だということを感じさせないほどのただの街だった。
ただ違うことがあるとすればそこにいる生物たち。
ただの人間が大きな角を生やした魔人と並んで歩いていたり、犬か狐か分からない耳を生やした獣人が魔物をペットに散歩していたり。
「住んでいる人……人?達以外は私たちの世界と変わりませんね」
「当然だ、オレ様達のような異種が群れをなす魔物にとって生物の名や見てくれなどどうでもよいことだ。その辺りでの差別はオレ様達から見れば貴様たち人間は頭が堅いようにしか思えぬ」
確かに生物間での争いがないのは見ていればわかる。
場所によっては差別などもあるのだろうが少なくとも今俺たちが見ているこの街にはそれは存在していなかった。
「………バンディット、気づいているな?」
「……あぁ、そりゃ差別ってもんがなきゃそうなるだろ」
俺とネザーが見たのは奴隷として売られている人間だった。
もっと言えばそこには獣人も魔人もいた。
「差別がねえってのはある種の無差別だな。生物に対する容赦みたいなもんがここにはない」
「魔物が人間を食べるのは知ってたからある程度予想はしていたがな。働けるだけ働かせて最後は食べるのだろうな」
奴隷を見るネザーたちの目を見て改めて堕ちたものだと思う。
その中で唯一ナーガだけが奴隷から目を逸らしていた。
「……まあ奴隷には用はねえし、さっさとイツァム・ナーのとこ行こうぜ?買う金も持ち合わせてねえし」
「くはは!大貴族の僕が金がないというのも新しい経験だな!」
そんなことを話しながら足を進めようとした。
-------その一瞬のことだった
1人の人間の奴隷と目が合った。
ボサボサの髪でぼろぼろの布切れ一枚を纏っている俺たちより少し幼い人間の女の奴隷と。
根拠などないが一瞬だけ合ったその目に覚えがあったのだ。
俺は魔王やネザーのことなどお構い無しにその女の所は全力で走った。
距離にして50mもない短い距離、だというのにも関わらずその女の前にたどり着いた時には肩で息をするほどになっていた。
「お?お客さん人間だね?この娘に興味があるのかい?」
店の主が俺に話しかけてくるがそんな場合じゃない。
俺はその女の胸ぐらを掴み、見覚えのあるその目をしっかりと見ながら尋ねた。
「お前……!!お前の!!お前の名前は!?」
「………え?」
その女は突然のことに混乱しているのか死んだような目を泳がせながら俺を見ていた。
「バンディット!どうしたのだ急に!?その娘がどうした!?」
しかし俺はそれどころではなかった。
この女の名前を知りたい------いや、知ったところで意味はない。
もしこの女が俺の思っている通りのやつなら尚更だ。
「名前だよ!!お前の名前!!名前を言え!!!」
「………この娘がなんだと言うのだ?」
この目だけでは気づかなかったかもしれない。
奴隷として雑な扱いを受けていなければ気づかなかったかもしれない。
名前を聞いたところで確信に至ることはありえない。
こいつと繋がりがあるかもしれない男の名を俺は知らないのだから。
「………フルート……リリレイ・フルート」
-------その男は俺と会った時にはもう名前を捨てていたのだから。
「リリレイ・フルート……お前の父親の名前を知ってるか?」
「お父さん……?えと……アノニム・フルート……随分前に貴族様と揉めて村を追い出されちゃった……けど」
ああ……やっぱりそうだ。
悪い貴族、村に残してきた家族。
「……気のせい……?お兄さん……少しお父さんに似てる……?」
「………いや気のせいじゃねえよ。俺は多分お前の父親に育てられたんだ」
その女は目をパチパチとさせている。
はは……そりゃそうなるよな、お互いがお互いのことを知らねえんだもんな。
俺だってやっとボスの名前が知れたかもしれないのにそんなに驚けてねえもんな。
「おう店主、この娘いくらだ?」
「あ?あぁ、150万ゴルだ!」
ゴル?あーそりゃあったとは通貨が違うか。
「おい魔王、150万ゴル寄越せ」
「……いきなり走り出したかと思えば貴様はなんなのだ、生憎だがオレ様は金は持ち歩かん主義だ」
使えない魔王だ、今のところコイツは一度も役に立ってないな。
「………メアリー、ナーガ。身体売ってでも今すぐ150万ゴル稼いでこい」
「は?絶対嫌」
「私も嫌です」
半分冗談で言ったので期待はしていなかったがやはりダメか、半分はあわよくば本気だったんだが。
「……バンディット、貴様金を払うつもりか?僕たちはなんだ?悪人なのだろう?その娘を攫ってしまえばいい話だ、その店主を殺してでもな」
「………お前魔王と無駄に魔物を殺すなって約束もう忘れたのか?」
ネザーはああそう言えばというように口を開けていた。
でもこんな機会は絶対に逃すことはできない。
多少強引な手だが仕方ないだろう。
「なあ店主さん、あんた殺したい奴いねえか?そいつ殺してやるよ」
「……あんた人間の癖して肝が座ってんな。だが悪いな、殺したい奴はいねえよ」
「……いいんだな?俺は次にそこに並ぶ奴隷たちに同じ質問をするぜ?」
すると店主は口をポカンと開けた、そしてそのまま数秒経つと店主は大声で笑い出した。
「がはははは!!!なるほどなあ、そしたら俺はコイツらに殺してほしいって言われちまうかもな」
「気は変わったか?」
「悪いが今はいねえな、貸しといてくれや。おうお前!この兄ちゃんがご主人様だ!」
うまくいってよかったがでかい貸しができちまったな。
まあ二度と会うことはないかもだけどな。
この店主もおそらくそれを分かっているのだろう。
「それは僕の提案と何が違うのだ」
「………誰かに依頼された殺しは無駄な殺しじゃねえって俺の親友が身をもって教えてくれてな」
「……あぁ、なるほどな」
リリレイは何が起きたのか分かっていないのか周りをキョロキョロとしている。
1時間にも満たない短い出来事だった、だがこの出来事こそが俺たちの旅を大きく変える。
そして何よりも俺を大きく変える出会いだった。
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