鬼の目にも

魔王の言った1週間後、俺たちは4人でオーガ達と会った場所で切り株に座って魔王を待っているとナーガが魔力を腕に纏わせる練習をしながら話しかけてきた。


「ねえナナシ君、魔王ってほんとに来るんだよね?」

「あぁ、俺らの魔力を探って迎えに来るってよ。ビビってんのか?」

「そりゃそうだよ……私未だに半信半疑なんだから」


 初対面の時の事から思い出すとやはり変わったものだ。

 ほとんど目を合わせようとしなかったナーガが目を合わせる事なく話しかけてくるのだから。

 俺がナーガにしてやった大したことのない事がナーガにとってはそれだけ信頼に値する出来事だったのだろうな。


「くはは、ロッドよ?アレを見ると貴様のバンディットの恋仲の立ち位置も危ぶまれるな」

「そうですねぇ……あんなに仲の良さそうなところを見せられてしまっては恋人の私もナーガさんに立ち位置を譲るしかなさそうです」


 ……会話の内容はともかくあっちはあっちでうまくやっていたのだろう。

 ナーガは集中していて聞こえていないようだ。


「……ナナシ君は見た目はそれなりだけど中身がちょっと受け入れられないかな」

「……殺すぞ毒女」


 どうやら聞いていたようだ、しかしながらでよくここまで出来るようになったものだ。

 動揺してまた破裂するかと思っていたんだが。


「くはは!相変わらずバンディットの貴様のその毒舌もディオネに負けず劣らずの猛毒であるな!」

「お前もお前でよく聞いてんな」


 あぁ、久しぶりだ。

 だった1週間のことだというのにこんな他愛ない会話をするのが心地いい。

 山の中で薄汚れた格好で笑い合うこの瞬間が山賊たちのことを思い出させる。


「………ボス」

「ふふ、やっぱり思い出しますか?」


 無意識に呟いてしまった。

 すると笑みを浮かべたメアリーが話しかけてきた。

 しかしその笑みは煽るようなものでもニヒルなものでもなく優しさの込められた笑みだった。


「【名を捨てた団】の団長さんですよね?」

「あぁ、覚えてるのか?」

「もちろんです、決して強くはなかったですし正しい人でもありませんでしたけどね。ナナシさんが本当の勇者だって聞いた日からあの方々のことを忘れたことはありません」

「……….意外だな、もっと悪い奴だって強い奴だっていただろ?」

「それはもう、でもあの方たちは皆何かを守って戦っていました。戦っている時はアジトに盗んだ財宝でもあるのだろうと思ってたんですけどね」

「……財宝ねえ」

「あの方達はナナシさんを守っていたんです、私たち勇者のパーティーを相手にナナシさんを守り切ったんです」



 あぁ、そうだ。

 ボスが、ロンドが、みんなが。

 俺を守るために全員が命をかけた。


 頭にはボスが雑に撫でた感触が残ってる。

 肩にもみんなが肩を組んできた感触が残ってる。

 左手にはロンドが転移してくれた感触が残ってる。


「………っ」


 まずい、涙が溢れそうだ。

 俺が泣くわけにはいかない。

 まだやらなきゃいけないことは腐るほど残ってる。



「…….僕たちのことは気にせず今のうちに泣いておけ。涙で視界の滲む貴様のことは僕が守ってやる。泣くことが許されない時も場所もこの先あるのだからな」



 ネザーが切り株に座る俺の前で地面にどさっと腰を落としながら背中越しに言う。

 俺に背を向けているのは俺に気を遣ってのことなのだろう。


「私は詳しい事情は知らないけど……泣いてもいいと思うよ。泣き顔は見ないでおいてあげるから」


 そう言うとナーガもネザーの横に腰を下ろした。

 すると後ろからメアリーが俺の背中を背もたれにして座った。


「ナナシさんが泣いているのを見るのは初めてですねぇ。早く泣き止んでくださいね?私の背中は高いですよ?」



 そうは言いつつもメアリーも俺の顔を覗こうとはしない。

 誰一人として俺のことを見るやつはいなかった。

 ………久しぶりだな、人前で涙を流すのは。


 3人が俺を見ないようにしてくれているにも関わらず、俺は顔を地面に向けた。

 目から流れて鼻を伝う生温い液体の感触とともに身体が熱くなっていくのがわかる。


 少しでも声が漏れないように左手の甲を口に当てるが唾を飲む音がやけに大きく感じる。

 聞こえているのではないかという不安をよそに涙は止まることをしない。



 誰一人こちらを向かず、俺を守ってくれている。


 ああ、そうか。

 コイツら仲間だ。



 今度は絶対失わない、今度は絶対手放さない。

 右手を握りしめていると足音が聞こえてきた。


 3人が立ち上がり敵が誰かを確認しようとする。


「……くくっ」


 その瞬間、溢れる笑みと共に涙は止まった。

 そいつは木をコンコンとノックのように叩く。


「………誰だ?」


 聞くまでもない、何度も繰り返したやり取りだ。

 足音でもしかしてと思い、ノックで確信した。



「僕だ」



 背中越しに聞こえた親友の声が、随分懐かしく聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る