その貴族、戦闘狂につき

「ふむ、この辺りでいいか」


 障害物の少ない開けた土地、多少木々はあるがそれをうまく使えるようになることもロッドには必要なことだ。


「饒舌なネザー様にしては長い沈黙でしたね。なにか考え事でも?」

「……あぁ、兄上のことを思い出していた」


 別に隠すことでもないのだがなんとなく言うのを躊躇ってしまった。

 怪しかっただろうか?変に勘ぐってこなければいいのだが。


「お兄様……ヘル・アルメリア様ですね。これ以上ないほど立派な騎士でしたね、フィーナさんが尊敬して上に見ていた数少ない方でした」

「……バンディットを親友に選んだアレクサンドが尊敬していたと言われると兄上に若干の不安を覚えるな」


 僕がそう言うとロッドはくすくすと笑った。

 僕が言うのもなんだが兄上には騎士として活躍して欲しい、間違ってもこっち側には来て欲しくない。


「ナナシさんを王に選んだネザー様も大概ですよ?私にも言えることですが茨の道を選んだものですね」

「くはは!まったくだ!しかし案外と言うべきか居心地が悪くないのが困ったものだ。流石の僕でも少しくらい後悔するものかと思っていたのだがな」

「………あの魔力を敵に回したくはないですからね」

「確か【完全超悪】と言ったか?確かに恐ろしい力だ」


 バンディットの必殺技とでも言うべき魔力の解放。

 生まれ持った悪意と山賊に注がれた愛とアレクサンドへの殺意の絶妙なバランスによって発現するあの魔力。

 しかしあの力はともすればあっさり壊れる。


 まだ天敵が現れていないだけで僕ですらあの力への対策はいくつか思いつく。

 一つ目、アンデッドなどの感情のない魔物、また恐怖を経験したことのないような強い生物にはアレの効果は期待できないだろう。

 これから戦うかもしれないイツァム・ナーもそれに当てはまるかもしれない。


 二つ目はバンディットが他の愛に靡いた場合。

 バンディットは愛情というものを山賊からしか与えられなかったと思っているはず、だからこそ奴は正義というものを敵に回したのだ。

 正義というカテゴリーに含まれるどこかの国の王やその国の幼い子供、いい人というだけで奴にとっては十分敵になる。

 魔王とアレクサンドの戦いにすぐに水を差して早くも街を離れたのは少しでも街の人間と関わる機会を減らすためだろう。

 だからこそ僕は安心する、バンディットは自分の弱点を把握しているということだからだ。


 そして三つ目、アレクサンドを始末した後である。

 これが僕が一番危惧していることだ。

 アレクサンドへの殺意があってこその奴の魔力。

 つまりバンディットの目的を果たした後でも奴はまだあの力を使えるのだろうか?

 アレクサンドを殺した後、奴はどうするのだろう?

 正義に敵対する悪の名の下に悪意を振り撒いて生きていくのだろうか?

 魔王と共に人間の世界を奪いにいくのだろうか?


 身体がブルッと震える。

 もちろん恐怖などではない。

 これ以上ないほど完璧な武者震いだ。

 全ての人間を敵に回す、もし僕が貴族のまま学園に通っていたならばこんなことは出来なかった。

 人間を殺した後は魔王を敵に回すかもしれない。

 あるいは目的を果たすことなく僕たちは殺されるかもしれない。


 実に刺激的な生き方だ、いつ襲われるかわからない。

 いつ殺されるかわからない。

 もしかしたら今ロッドと稽古をしようというこの瞬間にも街に戻ったアレクサンドのギルドへの報告で僕たちの抹殺が依頼にされて多くの冒険者がここへ向かっているかもしれない。


 おっと、つい先の戦いのことを考えてしまったな。

 しかしどんな強大な力にも弱点があるとはいえバンディットの力には確かに戦闘における弱点という弱点はあまりない。

 単純であり且つ応用のきく力だ。

 相手の動きを止めての戦闘を羨ましいとは思わないがな。


「……ロッド、貴様に必要なものはあまりに多いがまずはその力に対する恐怖の克服だ。強い力を前に見切りが早すぎる、弱点を探すこともせずただ回避する。だからこそ貴様はここにいるのかもしれないが貴様は既に自ら白魔法を捨てたのだ。この先もそのままでいられるわけにはいかない」

「そう……ですね。私の力も自分で当ててこそ真価を発揮する力ですし、あまりネザー様やナナシさんに頼っているわけにもいきません」


 あまり、という言葉に早くも一抹の不安を覚えるが時間は限られている。

 強さに対する恐怖の克服には慣れが一番だ、そして今ロッドの眼前には恐怖の対象となれる僕がいる。


「ロッド、この一週間横になれる時間があると思わないことだ、今から『一週間』僕が貴様を攻撃する。耐えてみろ、そして出来るなら殺してみろ」

「……え?」



「僕を退屈させるなよ?元勇者のパーティーが!!」


 僕は早速緑魔法で短剣を作り出しロッドに投げつけた。

 しかし、うおぉ!?と女らしくもない悲鳴をあげながらも不恰好にロッドはそれを躱した。


「ネザー様!?ネザー様!?」

「僕の名を呼べば貴様が勝てる見込みがあるのなら好きなだけ呼ぶといい!」


 僕は次々とあらゆる武器を作り出しとにかく投げつけた。

 牽制しつつ地に落ちた武器を把握してあらゆる武器による戦闘スタイルで敵を攻撃する。


 剣や槍はもちろん、槌や銛や鎖鎌、とにかく自分が使用できるあらゆる武器を次々と投げつける。

 作り、使い、捨て、拾い、使い、捨てを繰り返す。

 確実に当てられる時には僕が生成できる毒を付与したりする。


 もちろん手を抜くつもりはさらさらない。

 死んだらそれまでだ。


「ネザー様!?死にます!!死にますから!!!」

「くはは!いずれ追ってやる!安心して死ぬといい!!」

「こっ………のぉ!!!」


 ロッドはそう叫びながら持っている杖を振り回す。

 しかしそんな雑な使い方でこの僕に攻撃が当たるわけがない。


「くはは!常に白魔法に頼っていた弊害だなロッド!!杖での近接戦闘というものはな……こうするのだ!!」


 僕は杖を作り出すとロッドの背丈より低い姿勢からロッドの持つ杖の上部を掴む手に向けて杖の先を刺し、刺した杖をぐるりと回した。

 ロッドの持つ杖は弾き飛ばされて地に転がる。


「うううううう!!!もう知りませんからね!!!【サディスティックバッファー】!!!」

「………貴様とバンディットの敵にしか使えないという誓約だと聞いたのだがな」



「少なくともナナシさんの仲間である私を本気で殺そうとしてるネザー様が敵でないわけないでしょう!?」


 ……なるほど、思っていたよりは融通のきく誓約だったのだな。

 だがその能力を知っている相手には効果は薄いぞ?


「くはは!貴様の攻撃が僕に当たらない以上その力は意味を成さないがな!!」


 ロッドは次々と雑な攻撃を仕掛けてくるがそれが当たることはない。

 逆に僕の攻撃はとにかく簡単に当たる。

 そして攻撃が当たるということは相手の動きを制限できるということだ。



「いっっっったぁぁ!!!」


 僕の投げた短剣がロッドの腕に刺さり、同時に悲鳴があがる。

 しかしこんなものでは終わらない、言ったはずだ殺す気でやるとな。


 僕はその隙に次々と地に落ちた武器を投げつける。

 痛みによって足を止めたロッドに次々に武器が当たる。

 まだ始まって1時間も経っていないのだがな。


 しかし僕はロッドの【サディスティックバッファー】への警戒を解きはしなかった。

 あの能力を前に油断などその場で死ぬようなものだ。


 だが僕の予想をロッドは裏切った。

 ロッドは【サディスティックバッファー】を解いたのだ。


「……どういうつもりだロッド?ここで諦めるのなら貴様は僕たちの邪魔にしかならんな、やはり貴様ここで死ぬか?」


 ロッドは痛みに下を俯いたままゼェゼェと呼吸をしている。

 やはりここまでか。

 僕がそう思い、トドメを刺すために剣と棍を作った瞬間のことだった。



 ロッドが笑った。にたりと。

 その笑みには聖女と呼ばれた面影はない。

 そして呟いた。



「【マゾヒスティックループ】」


 ……なんだ?先程までの身体強化の魔力のそれとは違う雰囲気。

 様子を見るか?……否、試さずにはいられない。

 白魔法を捨てた貴様の力を、僕は試さずにはいられない。

 そして僕は剣と棍をロッドに投げつけた。



 剣はロッドの腹部に深々と刺さり、棍は脳天に直撃した。

 ロッドは腹部と口から血を噴き出し、膝を着き、『そしてすっと立ち上がった』


「ごふっ……容赦…ないで……すね……」

「なんだそれは?と聞くのは野暮であるな!もちろん見定めてやろう!!」




 そして僕はそのまま一週間ロッドに攻撃をただただ続けることとなる。

 耐えてみろ、とは言ったがまさかこうなるとはな。


 ロッドはボロボロになりながらただただ立っていた。延々と僕の攻撃を交わすことなくただ受ける。

 この一週間で僕がロッドの新しい力についてわかったことが一つだけある。



「………上出来だロッド」



 奴はもう守る必要はない。

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