騎士は未だに守る

決闘の結果は兄上が勝った。

 あの戦いを見る限りまだ勇者には経験値が足りないのがわかる。

 ただ突っ込んで斬りつける、戦いというものはそれだけで勝てるほど甘くないのだ。

 戦いの中で戦いの先を組み立て、相手に自分の本当の強さと偽物の弱さを刻む。

 そうして隙をついて削る、もしくはトドメを刺す。


 勇者であるフィーナ・アレクサンドにはまだそれをするだけの知能も体力もなかったというだけだ。

 しかし僕にとっての問題はそんなことではない。


 あのような裏切りとも取れる街の者たちの行動を見てそれでもなお兄上は街を守ると言った。

 決闘の後に兄上と街に見回りに行った時、街の者たちは兄上におめでとうと祝いの言葉を送っていた。

 そして兄上も笑顔でそれを受け取っていた。


「兄上……何故あのように笑うのだ?奴らは兄上より勇者を応援していたのだぞ?何故まだこの者たちを守ろうとしているのだ?」

「こらネザー、街の皆を奴らなんて言うもんじゃないぞ?それに小さな子供と大人が戦っていれば子供を応援するのが義理ってものだろう?」

「そんなことはわかっている!それでも兄上は皆に応援して欲しかったはずだろう!?悲しくはないのか?寂しいとは思わないのか?兄上が皆を守ってきたのだ!この街の者たちを守ってきたのは勇者ではない!他でもない兄上ではないか!?」


 我ながら性格の悪いことを聞いたものだ。

 悔しくないのか?寂しくないのか?

 そんなわけがない、兄上とて貴族という立場だから彼らを守ってきたわけではない。

 兄上はきっと平民の生まれだったとしても同じように彼らを守っていたはずだ。


 そんなことは僕だって分かっている。

 でも兄の口から聞きたかったのだ。

 本当は私のことを応援して欲しかったと、勇者よりも私に声援を送って欲しかったと言って欲しかった。


「……仕方ないさ、どこまで皆と距離を縮めても貴族である私と彼らにはどうしても壁はある。勇者様のように貴族であることを捨てて勇者として戦っている子を比べたらそりゃあ……ね?」



 兄上は本当にできた人間だ。

 これこそ僕の目指す騎士そのものだ。

 まさに騎士の鑑、騎士は皆兄上のようにあるべきなのだろう。


「………兄上が平民の生まれだったとしても皆が勇者を応援するのは変わらないとしても兄上はきっと皆を守るのだろうな」

「当然だろうネザー、それが騎士だ。そしてそれこそが騎士道というものだ」

「……騎士として生きるというのは僕が考えているより窮屈な生き方なのかもしれないな」

「何かを成すために生き方に身を捧げるというのはどんな生き方でも窮屈なものさ。私は街の皆を守るために騎士という生き方に身を捧げた。そして私はネザーにも私が守ってきたものを守ってほしいと思っているよ」


 僕はそれに頷くことができなかった。

 兄上を目指しているのも騎士になりたいのも変わらない。

 ただ僕は兄上を裏切った彼らを守りたいと思えなかった。


「……僕は騎士にはなれるかもしれないが兄上のようにはなれないと思う」

「そう落ち込むことはないさ、ネザーにもいつか守りたいものができる。ネザーはそれを守っていけばいい、ネザーがいつか何かを守りたいと思う生き方を見つけてくれたなら私はそれを否定しない」

「……それが邪の道であってもか?」

「当然だろう?否定はしないが私はそれを全力で阻止するだろうね、私の守りたいものを守るために」

「……兄上が全力で戦ってくれるのならそれも一考の余地はあるな」


 兄上は阿呆と言いながら僕の頭を手刀で軽く叩いた。

 2人で街を歩きながら軽く冗談を言い合ったり、兄上の話を聞いていた。

 普段なら街の者たちが次々と話しかけてくるからこんな風に話すことはできなかったのだが今日はそれができた。


 僕ですらそれに気付いたのだ、兄上がそれに気付かないわけがない。

 しかし兄上はそれを表情にも態度にも出すことはなかった。


 それから街の者たちの兄上への態度はすぐに豹変した。

 兄上が街に行っても話しかけることをしなくなった。

 兄上が街を襲った魔物を倒した時や野盗を退治した時だけ兄上に礼を言っていた。

 僕もその街の者たちの態度が嫌になり少しずつ兄上と街に行く回数は減っていきその時間を城で訓練する時間に当てた。


 それでも兄上は毎日街に見回りに行った。

 前の見えないほどの雨の日も、足を進める度に痛みが走る横殴りの雪の日も、暴風で目も開けていられないような風の日も。


 きっと僕がバンディットと共に悪の道を選んで進んでいる今日も兄上は1人で街を守っているのだろう。

 僕は今でも兄上を尊敬している、子供ながらに見た守るものを決めたあの大きな背中を今でも追いかけている。


 一応勘違いのないように言っておくが僕は決して勇者のパーティーを恨んではいない。

 彼らは何も悪くないのだから。

 というより悪いものなどあの場にはいなかったのだろう。

 あの日僕から見た街の者たちは確かに残酷で冷酷な人間に見えたがあれも決して悪ではなかったのだろう。


 それでも僕の考えはあの日に変わったのだ。

 なんということもない、間違えたのは兄上だったのだろう。

 守るものを間違えた、そして生き方を間違えたのだ。

 そしてそれと同じように僕も間違えているのだろう。


 ……なるほど、今になってようやく分かった。

 守るものを間違えていたとしてもそれに気付くのは難しいものなのだろうな。

 これだけはっきり悪の道にいる僕ですらこれが間違いだとは思わない。


 そして何の因果か今僕の隣にはロッドがいる。

 勇者を裏切り悪の道を選んだ聖女がいる。

 そして今もバンディットによって1人の人間が悪の道に堕ちようとしている。

 ナーガも恐らくこちらに来ることだろう。


 自分の選んだ道がどれだけ間違っていてもそこに欲しいものがあるならそれに抗うことは難しいのだろうな。

 さて僕もそろそろロッドの奴を鍛えてやらねばな。

 次の戦いに勝つために、その次の戦いに勝つために、そしていつか必ず来る兄上と戦う日のために。

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